「持つべきものは萬屋やってるダチだな、安全運転助かるぜ。一郎さんよォ」
「……左馬刻、酔い潰れてるのか?話聞こえてなさそうだな」
後部座席で左馬刻の上体を支える空却はからから笑っている。問いかけには雑にそーだな、酒臭ェ、ときた。
聞けば飯屋でファンのおっさん達から酒を差し入れられたという話だ。酒タバコに興味が薄い空却の代わりに左馬刻が飲んで潰れた、と。話の細かな流れは不明だが、空却が俺をわざわざ呼んだ意味は推し量れる。
「ヨコハマの人……入間さんとか呼ばなかったんだな」
「三徹してる、っつってたからやめたわ」
左馬刻がたまにうんうん唸る。何が面白いのか空却はその度笑っている。左馬刻の銀髪を撫でて喜んでる姿は、どちらが年上かわからない。酒臭いと言う割に、密着されるのを嫌がらない親友の顔は穏やかに見えた。
同じくミラーで見える範囲内で、左馬刻は空却の腹に顔を埋めるように寝ていた。
「番の匂い嗅いで大人しいうちにマンション着くと助かるぜ」
「おう、もーちょいだぜ。マンションで組の人待ってんだろ?連絡してあるのか?」
「してるしてる。今頃ワカガシラ様を待ち構えてるだろーよ」
行き先がヤクザのマンションで、左馬刻を乗せるとなれば一般のタクシーは嫌がるだろう。そもそもいつ吐くかわからない酔客をタクシーは歓迎しない。
出張料金込みの依頼料で呼ばれているから文句もない。帰りに何かヨコハマ土産を弟たちへ買っていこうと思うくらいだ。
「よし、着いたぜ」
「おー。左馬刻、左馬刻。ほら降りるぞー」
番というか、親みたいだ。俺が知る限り一番静かな空却を見て複雑な気分になる。
空却が左馬刻を降ろす間、後部ドアを手で押さえた。慣れた様子だし変に手を出さない方が早い。
ふわふわと甘い匂いが強く、左馬刻が酔っているのはよく伝わってきた。他のαがいたら夜気に溶けるフェロモンにつられて寄ってきてしまいそうだ。
俺は番がいるせいか、そういったデリケートな面も気にされない。気が楽で助かる。
「カシラ、お疲れ様です」
「波羅夷の兄さんもお疲れ様です。エレベーター呼んでおきます」
「エレベーターはまだ大丈夫だぜ。左馬刻がさかさか歩くよーにゃ見えねェしよ、もうちょっとしたら呼んでくれっか?」
夜中だからか舎弟の人も叫ばないし、空却も抑えめに話している。
舎弟さんらはその間も下手に左馬刻を支えようとしない。弁えてるなと思った。
空却は執着をあまり見せないタイプだ。ただ左馬刻に触ろうとする誰かを快く思わない。
左馬刻の方も同じように空却にちょっかいかける誰かをよく思わない。その現場を過去何度も見た。だけど、空却と比べるとわかりやすい分可愛いと思うレベルだった印象がある。
気付いたらガードが固められていて左馬刻に近寄りにくくなっていた。そんなことこれまで何度もあった。
「一郎、助かったぜ。んじゃ拙僧らは部屋戻っからよ。いつもの口座に料金振り込みしとくわ」
「部屋までじゃなくて大丈夫か?空却」
きょとんとした空却が、大丈夫、と答えた。
「いくらお前の番が寛容だっつってもよ、他のΩの匂いべったりつけて帰ったらへそ曲げちまうぜ。…あと」
舎弟の人が呼んだエレベーターへ、空却は迷いなく乗り込む。その足取りは左馬刻だけがふらふらだ。泥酔って感じだろうか。ぐにゃぐにゃの身体を支えるのが大変なのは、依頼をたくさんこなしてきた経験からわかる。
「あと?」
「左馬刻がさっきから耳元でキスしろって言ってるんでよ。さっさと二人にならねーと押し倒されちまう」
「……部屋でにしろよ」
おう!空却は元気に答えてくるが、そんな溌剌とした内容じゃない、と思う。
外から階数ボタンと閉まるボタンを押し、空却へ軽く手を振った。匂いの心配をされるだけあって、左馬刻のΩのフェロモンはかなり濃くなっていた。これは早めに部屋に帰ってもらわないと大変そうだ。
「気をつけてな、んじゃまた」
「さんきゅ、また、」
返事をする空却に覆い被さるみたいに左馬刻が顔を寄せてたところまでで、あとはエレベーターの扉に隠された。
「…ま、エレベーターの中は二人だしな」
いつも年上ぶりたがる左馬刻が終始赤ん坊扱いされてたな。
なんかスゲェものを見た気分だ。番の影響力も空却自身も、本当にすごい。
舎弟の人たちがまだいるのが見える。この辺りで何か美味いもの売っている場所を聞いてみよう。土産もの、何があるかな。弟たちが起きている時間に帰宅できるよう安全運転で帰ろう。