ジェ監("愛してはいけない") ここは賢者の島の街外れの丘の上、ぽつんと一軒だけある小さな古書店だ。
今日も店主は注文品を発送する作業に没頭していた。
「あちゃー、郵便局しまっちゃうな」
梱包作業と伝票記入で大幅に時間を食ってしまった。
「走れば間に合うか。よし」
一人呟きつつカウンターのデスクに積んだ小包みの山をリュックサックに入れた。一気に体内のエンジン音が上がる。
「読書中すみません」
出入り口付近の窓際に置いてある小さなテーブル席へ声をかけた。
「先輩、ちょっと外出しますね。三十分で戻ってきます」
一冊の古びた本を読み込んでいたジェイドが面を上げた。
「お出かけですか」
「はい」と、小走りで出入り口へ寄る。「うっかり郵便局行くの忘れてて。少しだけ留守番お願いします。対価は──」
「いりませんよ、対価。迎えまでまだ時間もありますし、この本を読了させて頂ければ充分です」
「助かります。ああそうだ、カウンターにポットとインスタントの飲み物もあるので必要あれば使ってください」
「ありがとうございます。ところで監督生さん」
「ん? なんでしょう」と、扉のノブに手をかけて開いた。
「学生時代、僕のこと好きでしたよね?」
思わず鼻と口から同時に息が噴出した。むせ込んでいると、全く悪気のない、歳を食ってなお可愛らしさも滲み出るジェイドが真顔でこちらを見上げている。
「藪から棒にどうしたんですか……」
「さあ。で、どうなんでしょう?」
なぜ、急いでる今この時に限ってそんな返答に詰まる問いかけをするのか。邪魔とはいかないものの、突っぱねたい衝動がこみ上げた。
しかしそれでは彼の思う壺である。
「そうですね。今から思えば、とても好きでした」
おや、と声に出さないまでもジェイドが表情を変えた。
「素直ですね、気持ち悪い」
「先輩ひと言余計です」
「失礼、悪い癖が出ました」
「いえいえ。急いでるので行ってきますね」
「あと一つだけ。今は?」
てやんでいこの野郎と江戸っ子節で突っかかってやりたいところを我慢する。「今、ですか」
「はい」
早ければお互いにお爺さんお婆さんといっても差し支えない年齢だのに、こちらを見る双眸はまるで幼子のようで。
「今も好きですよ。学生の頃とは違う感覚で」
言葉に嘘偽りはない。
学生時代から何十年と過ぎた今、若い頃のように惚れた腫れたと騒げるような情熱的な感情はなかった。
「では、行ってきます」
真鍮のベルがコロンと鳴って扉が閉まった。彼女の身に付けている香りが、ふわりと舞い広がった。
ジェイドは持っていた本をテーブルへ置き、小走りで去る小さな背中を見つめる。
「違う感覚で、ですか」
どんな違いがあるのか問い詰めてしまえたら良かったのに。
「僕も」
学生時代のあの時とは違う。
「……まあ、そういうもんですかね」
深く息を吐く。
空を朱く染める陽の光の中、無数の灯火が煌めく影の街へと吸い込まれていく彼女の背中に、ひとつだけ、微笑みを送った。