永遠の階段 このクソ暑い中、冷房が壊れた。修理屋は明後日までこれないらしい。扇風機の前に2人で座って、アイスを咥えて少しでも冷を取る。
暑さで頭がおかしくなっていた、としか思えない。ふと、気になった事を何も考えず口にした。
「なあ、永遠ってあると思うか?」
「永遠?んなもんあるか」
熱気に当てられて、イカれた頭から出た言葉。そりゃそうか。俺だって永遠を信じるほど純粋じゃねえ。でも、この時何かが胸につかえた感じがした。
それから、永遠について考える事が多くなった。永遠はない。俺とヒル魔の関係だって、永遠とは言い切れない。俺はヒル魔に、「俺たちは永遠だ」などと言って欲しかったのだろうか?言うわけねぇだろ、あいつが。
じゃあなぜこんなにも引っかかるのか。
フラッシュバックするのは、中学の時の頃。俺とヒル魔が連んでたあの時。永遠だと思ってた日々が、静かに、そして残酷に終わってゆく。
俺は、永遠にヒル魔の横に立ってられるのか?いつまで続く?また、ぶっ壊しちまうんじゃねぇの?
心の柔らかい部分が俺に囁く。それは中学の時の俺の姿をしていた
それからというもの、俺はボーッとしている時間が多くなった。幸せだった毎日に、今は不安を感じる。毎朝、隣で眠るヒル魔を見てホッとするようになった。隣にいる。まだ俺たちは大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
失いたくない。俺たち、こんなに上手くいってんだ。終わるはずがない。終わって良いはずがない。
でも、何かの拍子にボタンを掛け違えたら?ちょっとした思い違いがあったら?それは突然訪れるかもしれないし、緩やかに終わりを迎えるかもしれない。
未来をこんなにも恐れたのは初めての事で、どうして良いか分からない。永遠に続く階段を下から見上げて、不備がないか必死に探している気分だ。そうこうしているうちに、今すら疎かになるのを感じる。ああ、駄目だ。これじゃ駄目だ。本当に永遠を失ってしまうかもしれない。
「なあ、テメー、最近変じゃね?」
「……そうか?」
「ああ、そうだ。冷房ぶっ壊れた日からおかしい。暑さで頭やられたか?」
「そんなやわじゃねえ」
「だよな。じゃあなんだよ」
俺の不調はすぐにヒル魔にバレた。「永遠について考えてた」なんておセンチな事言いたくなくて、誤魔化せないか言葉を探す。だが何も思いつかない。痺れを切らしたヒル魔が、核心に迫ってきた。
「まさかとは思うが、永遠について考えてんのか?」
「……」
「やっぱりな。あの話してから、テメーおかしいいもん」
「分かってんなら聞くなよ」
悪魔の称されるヒル魔だが、人の心の機微には敏感だった。そりゃそうだ。そういう所につけ込んで、ハッタリかましてくのがこいつだから。
分かっている事をわざわざ聞くヒル魔にイラッとした。そして、そんな感情を抱いた事にゾッとする。これが、不和の始まりになっちまうかもって。
「テメーは何で永遠が欲しいんだよ」
「俺が聞きてぇよ。何かが引っ掛かってるけど、その何かが分からねぇ」
ヒル魔はこれ見よがしにハァ、とため息をついた。
「阿含、テメーは今何を見てる?」
「はぁ?何って、ヒル魔だろ」
「そうだ、俺だ。目の前にいる俺を、今を、見もしねぇで永遠だ未来だって言ってんじゃねえ」
ヒル魔の言う通りだった。未来とは今の積み重ねだ。その今を蔑ろにして、永遠なんて手に入るわけがない。
「永遠が欲しいなら祈るんじゃない。掴み取んだよ。今を精一杯生きてな。なあ、テメーはどうしたい?阿含」
「ヒル魔」
ヒル魔の頬をペタリと触る。心地よい温もりが、今を感じさせてくれた。それから耳や瞼、首筋、肩を、ヒル魔の存在を確かめるように触れていった。
「俺は、ヒル魔の隣に並んで、同じ道を走っていきたい。今を、精一杯生きながら」
「ケケケ、良い答えだ」
ヒル魔は肩に添えられた俺の手に自身の手を重ねて、握った。俺も手を裏返して、強く握り返す。
永遠の階段を眺めて、立ち止まる日々はもう終わりだ。ヒル魔と手を繋いで、前を向いて歩いて行くんだから。