Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    ms_teftef

    @ms_teftef

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 9

    ms_teftef

    ☆quiet follow

    n年後のヒスファウ(片思い)
    n年後のミチファウ(片思い)要素あり
    フィガファウ前提

    訪問者 空高く浮遊しているにも関わらず、近づくにつれて方向感覚がどことなく怪しくなる現象に、ヒースクリフは慣れて久しい。地上に降り立つ前から、真っすぐに箒の先を見つめているつもりで、ぐらりと先が揺らいでふとした瞬間に見えない力に引きずられて落下しそうになる。人を拒絶しながら人を求めている。
     降下地点の目星をつけて、高度を下げていくと、嵐の谷は来訪者を認識し、さわさわと梢を揺らしてヒースクリフの来訪を歓迎してくれた。
    「また来たの、ずっといたっていいのに」
     精霊からの熱い歓迎を受ける。頬に受ける風がほの温かく、まるでまろやかな接吻をされているようだった。
     しかし、今日の嵐の谷はどこかぎこちない印象を受けた。
     どこが、と言われるとあまりきちんと説明できるわけではない。ただ、肌で感じる空気が、例えば緑の空気の中に埃っぽいというか土っぽいというかざらりとした感触が混じるような、風が強く吹くから土も一緒に舞い上がったんだろうと言われてしまえばそれまでの、些細なこと。それでも気配に敏感なヒースクリフだからこそ、降り立った足のざらついた感じ、特に鼻腔をくすぐるにおいがいつもと違うことに気付いた。
    ――フィガロがいる気配に似ている。
     ヒースクリフも、いつの間にか精霊たちの機微を少しだけ感じられるようになっていた。そのくらい、嵐の谷に通う頻度が高いということだ。
     訝しみながらも、シャーウッドの森に咲いている花を束ねたブーケを抱えて、ヒースクリフは目的の一軒家まで迷うことなく向かった。
     常ならば道中で白と黒の猫が出迎えてくれるはずが、一向に姿を現さない。ますます先生に何かあったのでは、とヒースクリフは不安になった。
     歳を重ねてヒースクリフの美貌は輪をかけて磨かれていった。魔法使いとしての経験や自信がついただけでなく、変わらない心優しい性格ゆえに、貴族としての勤めや、未だ解決されない魔法使いと人間の問題に、長い睫毛を伏せ、眉根を寄せ、苦悩に喘ぐ姿は、この世のものとは思えない色気に溢れていて、気付けば誰しもが思わず卒倒してしまうほどのものとなっていた。
     植物が繁茂しては荒廃を絶え間なく繰り返し、一度覚えたはずの道は新たな植物の息吹によって上書きされていく。川音だけが変わらない。そんな中で、若い迷子の牡鹿が一匹、ヒースクリフの跡をついていく。迷途中から鹿が迷っているのか、ヒースクリフが迷っているのか。緑の迷宮に導かれるようにして一人と一匹は道を共にする。
     きみに加護がありますように、と帰り際に必ず守護の魔法をかけてくれる存在が、今回もヒースクリフを正しく導く。魅入られやすいから、これも、と渡された黒い数珠のブレスレットのつるりとした表面を撫でた。
     偶然見つけた大きな木の瘤から落ちていかずとも、ヒースクリフは尊敬する師のもとへ辿り着ける。牡鹿はすでにどこかへ消えていた。
     コンコン、と軽くノックして声をかけた。訪ねることは予め手紙で知らせている。
    「先生、お久しぶりです」
     誰だと問われることはない。ヒースクリフが名乗らずともドア越しに声をかけるだけで扉は自然と開かれた。
    「ヒースクリフ。よく来たな」
     家主、ファウストは教え子を柔らかな笑顔で歓迎した。
     目を細めて笑うあの頃と変わらないファウストの顔を見るたびに、ヒースはほっとした。あの頃と変わらない先生がここにいる。突き詰めて考えると、とても子供っぽい考えだと自覚はしている。けれど、ここには今いない男のことを考えて、どうにも嫉妬してしまう。
    「ファウストをよろしく頼むね」
     爵位を継いだヒースクリフは常に多忙だった。貴族同士のコネクション、国同士の水面下の探り合い、あちらこちらの晩餐会に出かけては、慣れることのない社交に疲弊していた。
     ある日の晩、中央の貴族に招かれた屋敷で、ヒースクリフはよく知った顔と出会った。「やあ」と掛けられる声に驚きを隠せずにいると、久しぶりに顔を合わせたフィガロは少し細くなってやつれたような気がした。
    「少し風に当たろう」
     ぱちぱちと弾ける淡い金色のアルコールを流し込み、やや滑らかになった口も疲れてきた頃合いに、旧知の仲と出会ったのは幸か不幸か。
     フィガロはスマートに近くにいたウェイターにグラスを返すと、するりと誰にも悟られないような素早く、しかし自然な動きでバルコニーに出た。
    「それにしても、ここの星はいまいちだね」
     思い出したのは、泡沫の夢のような夜のこと。魔法使いだけが参加できる宴の夜。気高さを示すような高い天に、瞬く満点の星は、手の届かないほど高価なアクセサリーをふんだんに散りばめた贅沢な夜に、もう名前も思い出せないけれど大切なひととヒースクリフとフィガロは三人で散歩をした。
     口数は多くなかった。ぽつりぽつりと、星たちの囁きに紛れて近況を伝え合う。
     フィガロはこのところ、あちらこちらの貴族の会合のみならず、あらゆる魔法使いの集まりに何故か出席しているらしかった。
     それで、先生との逢瀬の時間が短くなっているんですか、という言葉は飲み込んだ。時折開催される東の国の魔法使い四人のお茶会、ルチルからの手紙、フィガロの近況について耳にした忙しいらしい話は本当だったのだ。大切な人と過ごす時間をもっと長く取った方がいいのでは、というのはヒースクリフ個人としての意見で、ブランシェットの名前を抱くヒースクリフは、フィガロの顔の広さと有能さに舌を巻く。
     ヒースクリフはまるで出会った頃のように妙に緊張した。フィガロは何か自分に伝えたいことがあるのではないか、そういう予感があった。それが的中した時、その一言でひどく傷付いた心があった。カッとなったのを抑えられたのは、ここが自分の国の城ではないこと、中央の国でかの国が招いた客人と東の国の貴族が揉めるわけにはいかない。
     きっとフィガロはそれを見越して、この晩のヒースクリフに伝えたに違いなかった。
    「きみだから頼むんだよ」
     咄嗟に何と答えたか、怒りのあまりヒースクリフには記憶がない。なぜ自分がこんなにも憤りを感じるのか、それすらもよく分からなかった。帰って様子がおかしいと追及するシノにさえ何があったかを伝えることができなかった。
     だって、先生は、もともと俺たちの先生だったのに。そんなことをはっきり口にして、フィガロは鼻で笑うだろうか、それとも困ったように笑うだろうか。 
     記憶の中のフィガロは、とてもちぐはぐな人だった。優しくて冷たい大人。何も分からないまま。
    「どうかしたのか? 疲れているんじゃないか」
     時間にしては短い間、うっかり記憶に足を取られたヒースクリフの思考を元に戻したのは、ファウストの言葉だった。
    「いいえ、何でもありません。先生、これは俺とシノから」
     ブーケを差し出す。ファウストは案外こういうのに弱いぞ、と初めて一人で嵐の谷を訪れることになったヒースクリフに、シノは言った。
    「別にそういうつもりじゃ……」
    「じゃあ、どういうつもりなんだ」
     ヒースクリフの幼馴染は容赦がない。
    「ただ先生が、心配なだけだよ」
     シノと一緒に行くつもりだった。急ぎではなく、ヒースクリフ自身が誘っているのだから、仕事はどうにでも都合が付けられる。それでも頑なにお前に任されている仕事が抜けられないとシノがきっぱりと断るものだから、それ以上口を挟めなかった。その後もさりげなく、シノは嵐の谷への同行を躱してしまう。では、シノは嵐の谷を避けているのかと言えば、近くまで行ったついでにファウストの顔を見に行ってやってきたと報告したり、今でも東の国の魔法使い四人で行うお茶会には積極的に参加する。
    「お前なら大丈夫だ」という謎の励ましと共に送り出される。ブーケを選ぶのはシノの仕事だ。ヒースが選んだ方がいいと口酸っぱく言われるものの、こういったさりげない贈り物のセンスは、今ではシノの方が粋で良い。シノの助言なく、大振りで香りも良い、ヒースクリフが温室で栽培している百合を束ねて持って行ったときは、目を丸くして「少し派手じゃないか」と言ってファウストは困惑した。
     浮かない様子で帰ったヒースクリフにシノがあいつは贅沢すぎるぞと憤慨して文句を言いに行きかねない勢いを収めるのも一苦労だった。
     せっかくヒースが選んだのに、パッとするから派手な方がいいに決まっているというのはシノの主張だったが、それはそれとして、シャーウッドの森を気に入っている自分の師に、自分の領域で摘まれた香りのいいハーブやら小ぶりで可憐な花を喜んで飾ったり煎じたりして活用されるのは、誇らしいことのようで、結局次の時はいつものようにシノと二人で考えて束ねた手土産が大成功の成果報告を受けると満更でもなく、シノの愚痴は止んだ。
    「ありがとう、ヒース。今回もいい香りだ。シノにも礼を」
    「お変わりなさそうで良かったです」
    「君たちは相変わらず心配性だな。呪い屋との付き合いがあるなんて、よほどのリスクだろうに」
    「先生、そんなこと、また……」
    「ふふ、冗談だよ」
     半分くらいはね、と鼻歌を唄うように小さく付け加えたのをヒースクリフは聞き逃さなかった。
    「お茶にしよう。喉が渇いただろう」
     疲労回復のハーブティーに、たっぷりのドライフルーツにブランデーが染みたパウンドケーキ。大抵二人きりのお茶の時間は静かに晴れ渡り、キッチンには零れ日が差し込んでいる。穏やかで幸せで満ち足りた時間をヒースクリフはファウストから与えられている。ヒースクリフが様子伺いをしているのではなく、ファウストがヒースクリフに回復の時間を与えているかのようだった。
     食卓には、贈ったブーケがさっそく飾られる、はずだった。
    「あれ、あれは……?」
     既に活けられている花がある。ヒースクリフは、東の国ではあまり見かけない、花びらが下向きに開いたくるりと丸い淡い紫色の花の名前を知らない。香りは特にしないが、これが恐らく何某かの薬になる植物なのだろうということはすぐに分かった。レノックスですかとすぐに口にしようとして、嵐の谷を訪れたときの違和感の正体に気付いた。レノックスではない。魔力の強くない彼の気配はこんなにも色濃く残らない。
     新しい花瓶を用意しながら、ファウストは言った。
    「ああ。全く。君たちはみんな僕のところに来る時に、植物を携えてくるな。気を遣わなくてもいいのに」
     ヒースクリフは別に特別気を遣っているわけではなかった。きっと、あの子もそうだろうと思った。
    「ミチルもここへ来るんですね、知らなかった」
     何気なさを装う声がきちんと出て、ほっとした。
    「相変わらず向学心の旺盛な子だ。未だに分からないことがあると言っては僕のところにやってくる」
     強くなりたい一心の強い眼差しの、利発な子ども。今はもう、ヒースクリフ同様、とうに成人している。いつだって、あの頃の面影を探してしまう。
     このテーブルの活けられた花に掛けられた防腐の魔法のざらつきが異質だった。ファウストが魔法に気付いていないわけではない。絶妙な加減で掛けられている魔法は、しばらくしたら解けるだろう。だからファウストもミチルが気を利かせて長く花を楽しめるようにしている純粋な好意だと受け取っている。果たして、ミチルの意図はどうだろうか。
     魔法使いとしてのミチルを、フィガロが、ブラッドリーやミスラが育てたといっても過言ではない。南のあらゆる人々が家族一体となる大らかで優しい傲慢と、ひとつの物事に執心強くいられるだけの力を持つ北の魔法使いたちに連なる魔法使い。
     優しくあること強くあることの境で彷徨っていた魔法使いを教え導く魔法使いに、どうしようもなく救いを求め、子どもが親の気を引くように自分だけを見ていてほしいと願ってしまう。
     ヒースクリフは、自らの邪な気持ちをようやく認めた。
     それだけではないとしても、花を贈るのは、花を見て、自分を思い出してほしいから。
    「先生は、相変わらず人気者ですね」
     皮肉に聞こえないよう言葉がつるりと滑り落ちたのを、人は成長と言うべきか。
    「馬鹿を言うな」
     ファウストは本気で顔を顰めた。
    「みんなどうして僕のところに来るんだか。若いんだから、もっと楽しいところに行くとか」
    「俺は先生とお茶するのが一番楽しいです」
    「奇特な趣味だ」
     ファウストは、いつごろかお茶を淹れるのに魔法を使わなくなった。湯を沸かし、丁寧にポットとカップを温める。ざっと茶葉を量り入れ、お湯を注ぎ、砂時計をひっくり返して
     柔らかく爽やかなレモンに似た香りが広がって、辺りはファウストのお茶で満たされる。
     窓からふわりと風が吹いた。まるで知らぬ気配に警戒して息を潜めていた精霊たちが、息を吹き返したようだった。
     小さくほっと息を吐きだしたヒースクリフに、ファウストは
    「いつもの君らしい表情に戻ったな」
     と言った。
    「お気を遣わせてすみません」
    「僕はいいけど、多忙ならやっぱり無理はしない方がいい。必要なら今日は泊まっていきなさい」
     ヒースクリフは首を振った。
    「そこまで先生にお世話になるわけにはいきません。それに、明日は用事があるので、手紙の通り、お茶をしたら失礼します」
     そして、ふと疑問に思った。
    「ひょっとして、ミチルは泊まって行ったりするんですか?」
    「あの子は泊まったことはないな」
     ヒースクリフの質問が意味するところに気付かないままファウストが答えると、ヒースクリフは、あからさまに安堵した。安堵のあまり、脈絡なく言うつもりのない言葉が自然と出てきたことにびっくりした。
    「ブランシェットにおいでになりませんか」
     つまらない独占欲だ。
    「実は、シノにもシャーウッドの森に来ないかと誘われている」
    「えっ!?」
    「もっとブランシェット領のようなパッとしたところで暮らせ。自然があった方がいいならシャーウッドでも歓迎してやる。だとさ」
    「あいつ!」
    「まあ、あの子なりに僕を心配してくれているんだろう」
     自分の従者が勝手に先手を打っていることに驚き呆れて、ヒースクリフは短時間で赤くなったり青くなったりした。
    「僕はここで大丈夫だよ」
     一時は、ファウストが東の国から出て行ってしまうのではと、ヒースクリフは内心気が気ではなかったが、出会った頃と変わらず、どんなことがあっても嵐の谷に居を構え、自らの足で立つファウストが、ヒースクリフは好きだった。
    「ヒース。君は優しい子だな」
     猫にするように頭を撫でながら困ったように眉を下げて言うファウストに、ヒースクリフは二の句が継げなくなった。
    「次はシノも連れておいで」
    「はい」
     ヒースクリフはファウストに、また次があることを許されている。
     
     日が沈む前に、ヒースクリフは別れの挨拶をして、また来た道を辿った。
    「でも、たまにはブランシェット城まで遊びに来てください」
    「じゃあ、シェフも呼んで、またみんなでお茶でもしようか」
    「そうですね」
     ヒースクリフは、ファウストが強いひとだと知らなかったわけではない。それでも、小さく手を振って見送るファウストに自分勝手な寂しさを覚えた。きっとこれは差し出がましい感情だ。一体、いつになったら自分は自分の感情に平気でいられるようになるのだろう。
     ヒースクリフは、箒に跨り、小さくなっていく谷を見下ろしながら魔法使いの長い一生を思った。


    「あの男から花を贈られたことなんてないのにな」
     教え子が空の彼方に消えていくまで見送ったファウストは、ひとりきりの家の中、花を見ながらぽつりと言った。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭👏💖💖💖💖💖💖💖💖🙏💖💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💗❤😭💖❤💖👏😭💖❤💖👏👏👏💐
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    ms_teftef

    PROGRESSn年後のフィガファウ前提ミチファウ
    かなり荒いので、雰囲気で読んでほしい~~
    これは作業進捗なので……
    本にするときは、もっとちゃんと整えて、その他の話ともちゃんと整合性を整えたりします。
    先生 ミチルが大人になってから初めて嵐の谷にやってきたとき、精霊たちの歓迎は散々だった。
     箒に乗って近くまで行くのに、風に乗れず、まるで箒に乗りたてのほやほやの魔法使いみたいに、あちらこちらめちゃくちゃな軌道を描き、箒に乗られているような操縦になった。そこから、谷の入り口で降りると、濃い霧が立ち込めていた。足元はぬかるんだ土と草でぐちゃぐちゃになり、時折木の根に足を取られそうになる。服は目に見えないほどの細かい水の粒が纏わりついて、ぐっしょりと重たくなり、身体が冷えていった。
     風は吹かず、空気が淀んでじっと停滞しているように思えた。教わった通りの道筋を進んでいるのに、先ほどと同じ道に戻ってきているような気がする。もうすぐ大きな瘤のある木が見えるはず。見慣れない細長い草があちらこちら好き放題伸びて、目印を隠蔽している。植物が意志を持って生えるはずもないのに、まるで故意にミチルを迷わせようとしているようだった。
    7959

    recommended works