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    ms_teftef

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    ms_teftef

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    n年後のフィガファウ前提ミチファウ
    かなり荒いので、雰囲気で読んでほしい~~
    これは作業進捗なので……
    本にするときは、もっとちゃんと整えて、その他の話ともちゃんと整合性を整えたりします。

    先生 ミチルが大人になってから初めて嵐の谷にやってきたとき、精霊たちの歓迎は散々だった。
     箒に乗って近くまで行くのに、風に乗れず、まるで箒に乗りたてのほやほやの魔法使いみたいに、あちらこちらめちゃくちゃな軌道を描き、箒に乗られているような操縦になった。そこから、谷の入り口で降りると、濃い霧が立ち込めていた。足元はぬかるんだ土と草でぐちゃぐちゃになり、時折木の根に足を取られそうになる。服は目に見えないほどの細かい水の粒が纏わりついて、ぐっしょりと重たくなり、身体が冷えていった。
     風は吹かず、空気が淀んでじっと停滞しているように思えた。教わった通りの道筋を進んでいるのに、先ほどと同じ道に戻ってきているような気がする。もうすぐ大きな瘤のある木が見えるはず。見慣れない細長い草があちらこちら好き放題伸びて、目印を隠蔽している。植物が意志を持って生えるはずもないのに、まるで故意にミチルを迷わせようとしているようだった。
     何者かに見張られているような緊張感が漂っている。ひとりではない。嵐の谷の中にミチルには見えない目は複数あり、敵か味方か、品定めをされているようで、居心地がひたすら悪かった。
     子どもの頃に遊びに行ったファウストの家は、もっと明るく朗らかな印象だった。日は温かすぎず、秋の日のような湿度と温度の低いさらっとしたものであったものの、白く可憐な花や黄色い鞠のような花があちらこちらに咲いていて、南の国の植生とはまったく違う、小柄な花々を眺めてると、ファウストが「気になるなら摘んでいきなさい。どんな薬効があるか分かったら、答え合わせをしよう」と、ミチルの興味の赴くまま、存分に戯れを許してもらえた。今ここでミチルが物珍しいと思った植物の落ちた種一つでも採取をしようものなら、この無作法に、谷は怒ってミチルを永遠に閉じ込めてしまうだろう。
    「ボクはファウストさんは会うんだ」
     ミチルは小さく呟いた。手紙もきちんと出している。会わせてもらわなくちゃ困る。その気持ちだけで進んでいた。
    「うわっ」
     薄暗くて前も足元も良く見えない中、突然湿った落ち葉に足を滑らせたミチルは、尻餅をついたまま、突然現れたように思える斜面を滑って落ちていった。
    「いたたた……」
    「大丈夫か」
     よく知った声にミチルが顔を上げると、左手にランタンを持って明かりを灯して、転がったミチルを覗き込むファウストがいた。
    「きみの気配がしたから、迎えに来たんだ」
    「ボ、ボクは大丈夫です」
     いい歳をして転んで登場した自分が恥ずかしくて、お尻が痛いのも忘れて、ミチルは慌てて立ち上がった。
    「ファウストさん、こんにちは」
    「こんにちは」
     ファウストは手を伸ばして、ミチルの頬についた泥を払いながら、少し遠い目をした。
    「懐かしいな。あの男が初めてここに来た時みたいだ」
     ミチルに聞かせるというよりも、ただ口からぽろりと零れた独り言のようで、ミチルはなんと答えるべきか分からなかった。
    「ファウストさんはどうでした?」
    「うん?いつも通りだったよ」
    「もう、他にも何かあるでしょう」
    「今度はこっちにも遊びに来てくれるって」
    「本当ですか?」
    「ほんと、ほんと。嵐の谷に俺もようやく馴染んできたけどさぁ。やっぱりどうしてものところがあるんだよなぁ」
    「はあ……」
    「今のミチルはひょっとすると俺と同じかもな」
    「何のことですか?」
     フィガロがぼやぼやとミチルのよく分からないことを呟くのは、そうそう珍しいことではなかった。ミチルは、また子どもだと馬鹿にして、と腹を立てていたが、続くと次第に諦める方がいいと学習していった。細かいことを気にすると、この人とはやっていけない。日々に埋もれていく何気ない会話が、ここにきてようやく繋がった。
     もっとちゃんと教えてくれたらよかったのに。
     ミチルの僅かにむっとした拗ねた表情を見て、ファウストは勝手に照れ隠しと勘違いしたのか、くすくす笑って、ミチルに魔法をかけた。泥だけけの服はあっという間に乾いて綺麗になり、身体もぽかぽかしている。
     カーテンのように重くのしかかっていた霧は、気付けば薄い膜ほどに晴れはじめ、すぐ目の前には赤い屋根の家があった。
    「どうぞ、いらっしゃい」
     ファウストは赤い屋根の家の扉を開けて、ミチルを招いた。
    「疲れただろう。お茶を淹れよう」
     温かい湯の靄が立って、リンゴのような甘い香りが部屋に充満する。ぽつりぽつりとミチルが聞きたかった北の国に出かけた際の見知らぬ枯れ枝がどうやら生きている植物で、それが何かという話、最近ミスラが妙な呪術をミチルに教えた話、あらゆるミチルの疑問を、ファウストは懇切丁寧に解いてくれる。
     時折二匹の猫に見える精霊が、様子を伺いに来るくらいで、誰にも、何にも邪魔されない穏やかな時間だった。精霊は、ミチルを遠くから見ているものの、手を伸ばしても決して近寄りはしなかった。
    「きみももう少しすれば、寄ってきてもらえるよ」
    「も」というのが、誰を示しているのか、優秀な生徒のミチルにはすぐに分かった。フィガロも流れる時間から切り離されたような場所でのんびり過ごしたのだと思うと、胸がざわついて、急に落ち着かなくなった。
    「また来ますね」
     不自然にならないタイミングで、ミチルは立ち上がった。
     ぱさりと何かが落ちた。ミチルがしまったと気付くよりも早くファウストが拾い上げたものは、くしゃくしゃに萎れたマーガレットの小さなブーケで、ぱちりとファウストは目を瞬かせた。
    「あ、えっと、それは……」
     せっかく手土産に持ってきた南の国でミチルが育てた花を束ねたブーケは、転んだ拍子にポケットの中でぐちゃぐちゃになって到底渡せるものではなくなって、ミチルは持ってきたことすら秘めていようと思っていた。何を言って誤魔化そうか咄嗟に嘘もつけないミチルに
    「ひょっとして僕に?」
     ファウストは正解を導いた。
     迷惑ではなかっただろうかと、上目遣いに伺おうとして、ミチルはもうファウストよりも背が高い。
    「ありがとう」
     ミチルが弾かれたようにファウストを見ると、ファウストは真っすぐにミチルを見ていた。どうしてこんなものをと一切笑ったり揶揄ったりしなかった。
     ミチルはあまりにも自分は単純だ、まるで馬鹿みたいだと自覚しながら、熱に浮かされたようにふらふらと箒に跨った。行きの向かい風は、早く帰れというように、帰りは追い風となりミチルの箒を押し流した。
     それから、馬鹿の一つ覚えみたいにミチルは自分で育てた花やハーブを土産にファウストの家を訪ねて行った。
     ファウストさんに教えてほしいことがある。ようようと出かけていくミチルに、それは手紙ではダメなのかと聞く人はいなかった。ブラッドリーは野菜を目の前にしたときのように「げぇ」という顔をしていたが、ミチルには特に何も言わなかった。
    「蛙の子ってやつか」
     唯一ブラッドリーの独り言を拾ったのはミスラで「はあ?なんです?ミチルは蛙じゃありませんよ。あなた目が見えてないんですか」と話が一切通じなかった。
     ブラッドリーが蛙と差したのは誰か。ミチルが聞けば、蛙という言葉にも蛙の子という言葉のどちらにも、繊細な心から火花のように怒りが弾けたかもしれない。
     フィガロはミチルの父ではない。師匠でもない。限りなく近しいものだが、決定的に違う。フィガロがミチルやルチルのことを決して自分の弟子だと言わないことに、聡いミチルは早々に気付いていた。フィガロは二人を「大事な生徒だよ」と言う。ミチルは、それではフィガロに全く認められていないような気がして、物足りない気持ちがした。
     やはり自分が弱い魔法使いだから、高度な魔法を教える気がないのは、フィガロはミチルを諦めているのだと思った時、落ち込んだ幼いミチルの傍で、ミチルらしくあればいいといつでも見守ってくれた恩と嬉しさを凌駕するほどの怒りと同時に、自分が悔しくてやり切れなかった。
     石を食べたら強くなる。北の国の魔法使いはそうやって強くなっていったと聞いたからボクだってとミチルが言った時、フィガロは悲しそうな顔をした。
    「ファウストさんが、そんなに大切ですか」
     あまりにも幼い子どもみたいな拗ねた言い方だと、ミチルは口にしてから気付いた。魔法舎で会った頃は、フィガロはファウストに冷たくあしらわれていた。ファウストは陰気で冷たくて暗い魔法使いだと本気で思い込んでいた。いつしか二人でよく話している姿を見るようになった。
     大人はよく子どもに隠し事をする。フィガロとファウストが夜な夜な連れ立ってどこかへ行くことにミチルも気付いていた。
     こっそり話したルチルは、ひょっとしてデートかもと無邪気に喜んでいたけれど、ミチルには帰ってきた二人の空気が、甘いだけではないことに気付いていて、合同訓練をすれば、フィガロとファウストの教え方だけれなく、魔法の使い方がこれまで以上に似通ってきたことにも気付いた。ヒースクリフも時折首を傾げていたので、恐らく彼もミチルと同じく、二人の関係にうっすらと勘づいていたのだろう。
     具体的に何をしていたのかまでは語れずとも、ミチルやヒースクリフのおおよその予想は間違っていないはずだ。
    「ミチル、どうしたの?ミチルやルチルだって、俺にとっては大切な子だよ」
     そういうことを聞いたわけではない。けれど、そう答えるのがフィガロだった。いっそ、関係に上下を付けてくれた方が、よほどミチルの気持ちは楽になれただろう。中途半端な優しさが辛い。ミチルはファウストのことだって、もう好きになっていた。嫌いだったらすべてを憎めて良かったのに――。
    「もういいです」
     と目の前が真っ暗になったミチルに光を差したのは、ミチルが羨んだひとそのものなのだから、不思議なことだった。
     子どものミチルと一緒に真夜中に薬草を摘みに行った東の国の魔法使い。ミチルの周りにはいないタイプのひとだった。星空の下で危ないからと差し出された掌は思ったよりも温かくて安心した。ぴたりと肩を寄せ合った隣でお香のかおりがするというのは、初めてでドキドキした。南の国のひとたちは、良くも悪く飾り気がない。だらしのないフィガロと比べて、いつもきちんと背筋を伸ばして、一人で凛と立つ姿が美しくて、近寄りがたいと思っていたのに、言葉少ないながら落ち着いていて、弱音を吐くミチルにホットミルクを淹れて「僕にもその気持ちに覚えがあるよと」同情ではなく、共感で話を聞いてくれた。雨が一粒一粒大地に吸い込まれて栄養になっていくように、ミチルの心に、その優しさが沁み込んだ。
    「結局は、できることを地道にやるしかないんだ。その積み重ねだから。僕にはそれしかできない。生憎、僕に天性というものはないからね」
     憎み切れずに救われるなんて――。ミチルは、反対に何一つ線を引かないフィガロに苛立ちを感じた。フィガロの弟子にも、何にもなれない。何も超えられない。いつか、あっと言わせてみたい。
    「じゃあ、僕がきみに付き合おう。きみにはきみの力の伸ばし方がある」
     苦しみを吐露したミチルに当然のように言い放つファウストの力強さが、頼もしく、導かれるまま、ミチルがファウストと過ごす時間が増えていった。
     くしゃみで飛んできては、茶々を入れるブラッドリーがいたり、呪術友達ですと平然とした顔で、暇なので遊んでくださいとファウストのところにやってきて、いい心がけですねと、知ることになったミチルの特訓に頷いていた。
     フィガロは知っていたはずなのに、何食わぬ顔をして、ミチルにへらへらとしていた。
    「ファウストはさすがだよね」
    「ボクの方が、ファウストさんがすごいってこと、いっぱい知っていると思います」
     反射的にムキになって言い返したミチルは、自分から出た言葉の、自分の心境の変化に無自覚だった。
     
     自覚のない方が、知らない方が幸せだったことがたくさんある。知って苦しむくらいなら、と思わないこともない。ミチルは、大人になった今もなお、むしろ大人になったからこそ、いばらの道を歩んでいる。
     ミチルは嵐の谷に行くようになってから、知らなくていいことを、本当は知りたくないフィガロの名残りを隈なく探している。どうしたってミチルの前に立ちはだかる、いまだ超えられない男。
     会話の端々から感じる男の話は、自傷行為に変わりない。
    「あの男よりきみのほうがよほど立派だな」
     花を花瓶に差しながらファウストが言った。
     ある日、ミチルはとうとう、どうにも我慢ならなくなった。何がきっかけ、というよりも重なった気持ちの積み木の崩壊、あるいは最初は小さな風が、ぐるぐるするうちに威力をまして竜巻のように巻き上がって、激情が、ミチルの理性をとうとう吹き飛ばしていった。
    「どうした、ミチル」
     ファウストは急に無言になったミチルを訝しんだ。
     ミチルは椅子をガタンと音を鳴らして乱暴に立ち上がって、ぎゅ、とファウストの手を掴んでそのまま床に押し倒した。怪我をしないよう、咄嗟に魔法を使うことすら思いつかなかった。テーブルの上には、勢いで倒された花と花瓶が転がっているだろう。
    「ねえ、ファウストさん。フィガロ先生には、どんな風に抱かれたんですか」
    「ミチル……」
    「答えてください」
    「本当に知りたいの?」
     意外にもファウストは冷静だった。顔色ひとつ変えない。ミチルは明確な意思を持って、ファウストを傷付ける言葉を言ったと思った。けれど、ファウストは感情の読めない目でミチルを見ている。
    「きみの方が傷付いているみたいだ」
     ミチルは「そんなことありません」と言いたくて、しかし喉が震えて誤魔化すようにファウストの唇に勢いよく噛みついた。
     血の味がした。魔法使いはおいそれと他人に媒介となるようなもの、髪の毛一本ですら他人に渡したらいけないよ、とかつてミチルに教えたフィガロの言葉を思い出した。
     力の強くないミチルになら問題ないと思ったのだろうか。カッとなったミチルは、小さな咥内に無理やり舌をねじ込み、味わうことも忘れて、ただただ舐めて吸って噛んで荒らして、唾液を啜って、啜らせて、どうやったら自分の存在を認めてもらえるのか分からないまま、荒いを零した。
     それでもファウストは静かだった。
     家の外から枝が大きくしなり、風が強く荒れ狂ったように吹く音が聞こえてきた。精霊たちが異質な気配に騒めき立っている。
    「ファウストさん」
     ミチルは震える手でファウストの上着のボタンを外そうとした。そっとファウストの手がミチルの手に重なり、子どもに服の脱ぎ方を教えるように、ボタンをひとつ、ふたつと外す手伝いをする。
     今さら怖気づいてもたもたしてしまう自分がもどかしくて、ミチルはファウストの手を払うと、下から服を捲り上げた。
     ミチルはごくりと唾をのんだ。
     骨の浮くなま白い痩躯には、フィガロの跡ひとつ残っておらず、残滓すら感じられない。新雪のようだった。
     ミチルはファウストの身体にフィガロに愛された痕跡が残っていることをどこかで期待していた。そうすれば、自分のこの止まらない勢いにブレーキが掛けられる気がしたのだ。二人が想い合っていた証さえ見ることができれば、この二人の間にミチルが付け入る余地はなく、ミチルは身を引くことができると思っていた。
     現実は、残っているはずなどなかった。ちょっとだらしなくて頼りない大人が、実はずるくてどうしようもない人だというのをミチルは嫌というほど思い知らされる。
     自分はここからどうしたらいいのだろう。こんなことは虚しいと、理性ではきちんとミチルも分かっていた。でも、勢いが止まらなかった。
     骨の浮き出た身体をなぞってみても、ファウストは特に反応もしなかった。何となく冷たそうに見えて、思ったよりも身体は温かかった。思い返せば、ミチルはこの温かさを知っていたはずだった。
     恋人同士が睦み合う密やかな仕草ではなく、ミチルが舌を出して一生懸命ファウストに吸い付く仕草は、赤ん坊が母親の乳を吸う仕草に似ている。
     ファウストは、そのくすぐったさにこらえきれずに「ふふ」と息を零した。
    「ボクは子どもじゃありません!」
     ミチルはバッと身体を起こし、憤慨した。
    「分かっているよ」
     ミチルのスラックスに手を伸ばし、ファウストは、子猫をくすぐる手付きと大差ない手付きで、その軽く熱を持った中心部を細い指でなぞった。
    「あっ」
     素直な反応をしたミチルに、ファウストは目を細めて言った。
    「いい子だ」
     房事をまさに今始めようとする瞬間の台詞としては、相応しくない声色だった。
     ファウストが、課題を完璧にこなしたミチルに「きみは真面目で努力家で、いい子だ」と言った、それと同じ声色は、睦言にはほど遠かった。
    「きみは自分で思うよりずっと強い魔法使いで、ずっといい子だよ。まぁ、呪い屋の言うことがどのくらい信用できるかは分からないけれど」
     ミチルはそれまでの胸の高鳴りが一変して、さあっと氷水を浴びせられてぎゅっと心臓が縮んだように感じた。
     唇が戦慄いて、酸素を求める魚のようにはくはくと数度苦しそうな息をする。
     ファウストが上半身を起こして、ミチルをそっと胸に抱き寄せると、とうとうミチルは我慢が決壊したように、滂沱の涙を流し始めた。
     とん、とん、と一定のリズムで
    「ごめんなさい。ごめんなさい」
     ミチルはひとしきり泣いた。
     ファウストはずっとミチルをあやし続けた。
     渦巻いて洪水を起こしてた心が落ち着いた頃、ミチルはファウストの香りを吸いこんだ。いつまでの変わらない香りがする。
     嵐の谷から帰ると、フィガロからはいつもファウストの香りがした。
     ミチルが落ち着いた頃合いを見計らってファウストは
    「きみに祝福がありますように」
     と言った。呪い屋なんてものよりも、お似合いのものが見つかりますように。
     優しくて、残酷な言葉だった。最後にぽろりと零れた涙の一滴を、ミチルは飲み込んで「ありがとうございます」と言った。
     ファウストからフィガロは離れていかないし、フィガロからもファウストは離れない。若い魔法使いの短くはない時間をかけて、ミチルはやっと認めることができた。

    「もう遅いけど、帰ってしまうの?」
    「あんなことをしたボクに泊まれって言うんですか?」
     ミチルは呆れてしまった。フィガロは苦労したに違いないと、思わず同情した。若い身体に滾った熱が完全に冷めきったわけではない。燻る熱を持て余して、しかしなんとか理性で抑えつけたところだというのに。
     外はいつの間にか雨が降って止んでいたらしい。地面が湿っていて、草いきれのむわっとしたにおいがミチルの鼻をつんと刺激した。
     ミチルは、今すぐにでも、リケに会いたくなった。清く正しい友達がたまらなく恋しかった。無性に怒って叱って、そして赦してほしかった。きっぱりとミチルを断罪した友達の潔白さを思い出していた。
     ミチルは二人が羨ましかった。
     幼いこのぬかるんだ泥のようにぐちゃぐちゃな気持ちが、正しく恋なのか、どこに何に対する嫉妬なのかどうなのか判断が付かないまま、好きな人たちが結婚式を挙げて、幸せそうにしていた。
     気付いたらすべてが終わっていて、ミチルのほしかったものは、手に入らなかった。
     本当にほしかったのかさえ、今もよく分かっていなかった。
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    ms_teftef

    PROGRESSn年後のフィガファウ前提ミチファウ
    かなり荒いので、雰囲気で読んでほしい~~
    これは作業進捗なので……
    本にするときは、もっとちゃんと整えて、その他の話ともちゃんと整合性を整えたりします。
    先生 ミチルが大人になってから初めて嵐の谷にやってきたとき、精霊たちの歓迎は散々だった。
     箒に乗って近くまで行くのに、風に乗れず、まるで箒に乗りたてのほやほやの魔法使いみたいに、あちらこちらめちゃくちゃな軌道を描き、箒に乗られているような操縦になった。そこから、谷の入り口で降りると、濃い霧が立ち込めていた。足元はぬかるんだ土と草でぐちゃぐちゃになり、時折木の根に足を取られそうになる。服は目に見えないほどの細かい水の粒が纏わりついて、ぐっしょりと重たくなり、身体が冷えていった。
     風は吹かず、空気が淀んでじっと停滞しているように思えた。教わった通りの道筋を進んでいるのに、先ほどと同じ道に戻ってきているような気がする。もうすぐ大きな瘤のある木が見えるはず。見慣れない細長い草があちらこちら好き放題伸びて、目印を隠蔽している。植物が意志を持って生えるはずもないのに、まるで故意にミチルを迷わせようとしているようだった。
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