まっすぐ見ないで 高校生活最後の夏休みに入った。ワンダーランズ×ショウタイムの活動だけではなく、勉強にも力を入れなければいけない時期。根は真面目と言われるオレは、出された課題を早く終わらせるため、類を勉強に誘った。……少し、少しだけ、はじめてできた恋人である類と一緒に過ごしたいという気持ちも含めて。
「オレの家で一緒に勉強しないか? お菓子もあるぞ!」と誘うのに必死なオレを電話越しで楽しそうに笑った類は、「いいね、行きたいな」と誘いに応じてくれた。
咲希に類が来ることを伝えると、飛び跳ねる勢いで喜び、お菓子作りの時もそばで応援してくれていた。類と付き合うことになった、と伝えた時も嬉しそうにしていたし、本当にいい妹を持ったとしみじみ思う。
お菓子を作り終えた後、こそっと「るいさんとお兄ちゃんの邪魔しないように、アタシ明日はいっちゃんのとこ遊びに行ってくるからね!」とニコニコ笑顔で耳打ちしてきた咲希には、感謝の気持ちと羞恥心で顔を真っ赤にしてしまったのは内緒だ。
そうして迎えた当日。「本当に広い家だねぇ」と感心している類を招き入れて、エアコンの効いた広いリビングで勉強を始めたのだが。
(さっきからめちゃくちゃ視線を感じる……)
類に見られている、すごく。
普段人の視線を居心地悪く感じたことはあまりないが、さすがのオレでも勉強中にこんなまじまじと見られると気まずい。勉強開始早々にペンを置き、「課題? 終わったよ」と言ってのけた人間にとっては、この時間は相当暇だろう。そばにいすぎて、類が天才なことをすっかり忘れていた。
(申し訳ない……怒っているだろうか)
おそるおそる隣にいる類を盗み見ると、予想していたものとは真逆の顔をした恋人がいた。頬杖をつきながらゆるく口元に笑みを浮かべ、優しい目でオレを見ている。視線がばちりと合うと、類はさらに目尻をやわらかく下げてオレに問いかけた。
「分からないところでもあったかい?」
「……大丈夫だ」
動揺のあまり、思わずそっけない返事をしてしまった。ばくばくと心臓がうるさい。今思うと、類は付き合いはじめてからああいう表情をよくするようになった気がする。
まるで愛おしいものを見るような、〝好き〟を隠そうともしない顔。恋人になっているぐらいだから、類に好かれているのは分かっている。けれど、恋愛初心者のオレにとっては色々キャパオーバーだ。糖度が高すぎるからほどほどにしてほしい。
高い熱の温度に気づかないふりをして、オレは勉強に集中するためペンを力強く握った。
◇
外から聞こえる元気なセミの鳴き声と、シャーペンの芯が削れる音が静かなリビングに響く。思ったより早く課題が終わってしまい暇を持て余している類は、あれからもずっと真面目に勉強している司を見つめていた。
司を見ていると飽きない。普段はコロコロ表情が変わるのに、こういう時は驚くほど静かだ。頬に汗を浮かばせ、ウンウンと問題に頭を悩ませている。
(……かわいいなぁ)
何事にも一生懸命な司が好きだ。たとえそれが上手くいかなかったとしても、めげずに前向きな姿勢を崩さない。そんな司だから類は幾度もなく彼に救われたし、好きになったんだろう。
先程からちらりと見え隠れする耳を全部見たくなってしまって、無意識のうちに手を伸ばす。熱を帯びた肌に微かに指が触れると、司はびくりと肩を震わせた。金色の髪の毛をそっと耳にかけてあげると、真っ赤に染まった耳があらわになった。動いていたはずの司の手元はぴたりと止まっている。
(ああ、だめだ)
可愛すぎて、襲ってしまいそうになる。
さっきだって僕の顔を見た途端、熟れたりんごのように赤くなって。今だって、普段あんなにも大きくて元気な声を響かせている口がきゅっと閉じられている。誰のせいかなんて言うまでもなく、類はたまらなくなって司の後頭部に手を添えた。
「司くん」
「なん——」
なんだ、と言いながらこちらを向いた司の小さな口をふさいだ。ただでさえ大きな瞳がまんまるに見開かれる。
大丈夫。舌はまだ入れないし、長くするつもりもないから。僕が今まで出さないようにしてた、司くんへの想いが滲んだ表情を見てしまうだけで顔を赤くしてしまう君に、無理を強いたくない。
――でも、もしあまりにも僕に長い間『まて』をさせるようなら。その時は分からないかもしれない。
司の口を解放すると、わなわなと唇が震えた。
「なっ、なななな……!」
「……好きだよ、司くん」
(僕の理性がなくなる前に、早く慣れてね)
そんな含みを持たせた愛の言葉を司に囁いて、類は微笑んだ。