両片思いの話(督白)「向こうで高杉が娘に告白されていたぞ」
顔を見るなりそう告げてきた幼なじみに、銀時は眉をしかめた。
「あー、そう。今月に入ってもう三回目?先月は七回だったか?」
「明日にはこの拠点を立つからな。いわゆる告白ラッシュというやつだ」
「ケッ!鬼兵隊総督様は随分とおモテになるようで」
「で、貴様はいつになったらアイツに告白するんだ?」
「はあ?」
露骨に不機嫌そうに、銀時は吐き捨てる。同時にキシッと傷んだ縁側の板が鳴った。ここしばらく拠点としている古寺には雨戸もなく、野ざらしの縁側は少し力を入れただけで五月蝿く軋んだ。
「俺が?あいつに?んなことするかよ、気色悪いこと言うんじゃねぇよ、ヅラ」
「なぜだ?惚れているのだろう?高杉に」
銀時は舌打ちをする。何度も繰り返されてきた問答。
否定はするだけ無駄だ。
必死に押し隠している銀時の気持ちはどういうわけかこの訳知り顔の幼なじみには筒抜けで、とっくに知られているからだ。知った上で、しつこく絡んでくる。
「なぜあの娘のように勇気を出さない」
「勇気じゃなくて無謀なの。俺の場合は」
手で追い払う仕草をしつつ、銀時は言う。
「アイツが俺にどうのなんて、そんなことある訳ないし」
「それに、あいつは色恋なんてーーそれどころじゃねェだろ。松陽もまだ取り戻せていないし、戦だってずっとジリ貧だ」
「そうやって言い訳ばかりしていると、いつか他のやつに高杉をかっ攫われるぞ」
「いいんじゃねぇの、別に。どんな女があの剣術バカの朴念仁をかっ攫っていけるのか見物だね」
投げやりな言葉を返す銀時に、桂はため息を吐いて嗜めた。
「いいか、銀時。恋愛とはまずはアタックからはじめるのだ。人の心を芯から動かすのは、情熱だ」
「さすが人妻ばかり口説いてるやつは言うことが違うぜ」
「人聞きの悪いことを言うな!好きになった人が人妻だったのではない!人妻だから好きになったのだあ、間違えた。逆」
「どっちにしろろくでもないんだよ!」
昼間から大声でとんでもないことを言う阿呆の顔面に拳を叩き込む。
「だいたいこんなん思春期男子特有の勘違いってやつだし、明日には忘れてるし!」
「お前、そう言ってもう何年だ?」
「うるせぇ!うるせぇ!」
「テメェがうるせぇ」
銀時が耳を塞ぎながら頭を振っていると、背中に強い衝撃を受けて前のめりによろめく。
「何騒いでんだテメェは」
「何しやがるチビ!」
いつの間にか背後に立っていた渦中の人物は、銀時と桂を一瞥して、再び銀時の顔を見て口角を上げる。
「そんなに元気が有り余ってんなら、飯の前に俺と一勝負しろ」
「女に告白されてたんじゃねーの?」
「断った」
「ケッ!テメェに無下にされた女の子たちの無念、俺が今払ってやらぁ!ボコボコにしてやる」
「意味わかんねェが、上等だ」
いつものじゃれ合いに興じながら、銀時がこっそりと胸をなで下ろしたことにーー桂だけが気がついていた。
◾︎
日中にそんなことがあっただからだろうか。
夜中になっても銀時は寝付けずにいた。
「夜風にでもあたるか」
布団から起き上がり、襖を開ける。
夜の静かな風が吹いて、しんみりとした空気が体を冷やした。思考が落ち着いて、無性に寂しくなるような夜だった。
「少しだけ散歩しよう」
草履を履いて、庭に降りる。月明かりのない夜だったが、夜目は効くほうだ。少しすれば目は慣れた。
「なんであんなチビがモテるんだろうな……なんて、俺が言っても説得力ねェよな」
真っ直ぐな男なのだ。涼し気な顔に騙されてクールだなんだと持て囃す連中もいるが、とんでもない。
直情的で、愚直で、負けず嫌いでーーそんなところに、惹かれてしまう。ひたすらに前を見据えるその視線の先に自分などいないと、分かっているのに、惹かれてしまう。不毛なこと、この上ない。
そんなことを考えながら歩いていると、門の方に人影が見えた。
ーー銀時と同じく夜風にあたりにきた仲間か、それとも敵襲か。
銀時は息を殺して近づく。雲が厚いせいか、顔が暗くて見えない。
刀は無い。いざとなったらこの身一つでなんとかしなくてはいけないのだ。
気配を消しながら声が聞こえるほどの距離まで近づくと、雲が薄れてようやく人影の顔が月明かりに照らされる。
見知った顔が、そこにあった。
銀時は警戒を解くと同時に、違う緊張感から生唾を飲み込む。
高杉が女といる。
銀時は思わず物陰に隠れたままその様子を盗み見る。
「アンタの気持ちには答えられない」
娘の顔に落胆の色が浮かんでいる。どうやら、娘が高杉に告白して、そして振られたらしい。昼間といい、女泣かせも大概にしろと、銀魂は心の中で舌を出す。
いっそのこと、高杉に相手ができれば、この気持ちにも区切りがつくかもしれないのに。そう思いながら、相手の娘の顔を見る。
銀時も知っている娘だ。町にある団子屋の娘で、銀時も高杉もその店の味を気に入っていた。
高杉がよく買ってきたものを強奪したり、勝負に賭けたりして食べていたのを思い出す。
それでも娘は諦めきれぬようで、一縷の望みにかけて声を震わす。
「それは、高杉様がまだ戦の途中……志半ばであるからですか?私……私待ちます!いつまでも……高杉様が目的を果たすまで……待てます!」
健気な娘だ。それに対しての高杉の返事は至極単純であり、そして決定的だった。
「好きな相手がいるんだ」
娘は目を見開いたあと、伸ばそうとした手を下ろし、握り締めた。物分りのいい娘だ。無駄だと悟ったのだろう。
「そのお方は……どういう方かだけ、教えていただいても?」
それは、傷ついた娘のちょっとした意地だった。
高杉には娘にそれを教える義理などない。
それでも、高杉はきまぐれに口を開いた。
「悔しいが……とんでもなく強くて、俺はいつもその背中を追いかけている。俺の世界を変えちまったーーそんな相手だ……気に入らねぇけどな」
銀時はそれを聞くと、近づいたときと同じように息を殺してその場を離れる。
これ以上ここにいることは、もうできなかった。
足早に銀時は自分の部屋を通り過ぎ、ひとつ、ふたつ、みっつと先の部屋に襖を開けると、盛り上がった布団の上にそのまま飛び込んだ。
「ぬーぬー、ぐ、うぐっ!なんだ敵襲か!?ん?なんだ銀時か!?こんな夜更けになんだ!夜這いをかける相手は俺ではないぞ!」
「ヅラ、高杉……好きなヤツがいるんだって」
衝撃に飛び起きた桂の腹の上に顔を埋めながら、銀時は拳を握りしめる。
「アイツ、やっぱり松陽が好きなんだな」
「は?」
「とんでもなく強いやつで、高杉がいつも背中を追いかけてて、あいつの世界を変えちまったーーそんな相手、松陽しかいねぇじゃん」
「……あのなぁ」
「どうしよう。高杉が松陽とくっついて俺の義父になったら」
「……家庭内NTRは厄介だな」
桂は呆れ果てたようにそれだけ言うと、顔をあげない銀時の頭をくしゃりと撫でる。
「馬鹿なことを言ってないで早く寝ろ。明日は朝から移動だ」
「ん」
「銀時」
「ここで寝る」
「布団は貸さないぞ」
◾︎
高杉が部屋に戻ろうとすると、すっと横の襖が開いた。
「こんな夜更けにどうした高杉。さては明日ここから移動するから最後にと女子に呼び出されて告白でもされて、それを断ったあとに、自分の恋心についても悩んでモヤモヤとした気持ちになってとりあえず素振りを千本ほど決めて、汗くさくなったので水浴びしてきた帰りだな」
「……」
「おいこら待て無視をするな!お前に用があるからわざわざ声をかけたんだ」
「用?」
桂が指さした部屋の中には、柱に背中を預けて丸まるような体勢で寝ている銀時がいた。
「お前ばかりがモテモテでいつも告白されるのが気にいらないと拗ねて、あそこでふて寝してそのままだ」
「昼間のか?ったく、くだらねぇ。それで?」
「自分の部屋に帰るついでに、アレを自分の部屋に放り込んで来てくれ」
「テメェでやればいいだろうが」
「貴様の隣の部屋だろう。いいじゃんそれくらいついでにやってくれたって高杉くんのケチ」
「うざい喋り方すんじゃねェ」
面倒臭い絡み方をしてくるときの桂はしつこい。どのくらいしつこいかと言うと、高杉が舌打ちしながらしぶしぶ従うくらいにはしつこいのだ。
「それにしても、こいつは、テメェにはよくなつくな」
「なんだ、嫉妬か?」
銀時を抱えたまま高杉はギロリと桂を睨みつけるが、それを物ともせず桂は鼻で笑う。
「持って帰りたければ持って帰れ」
「俺のじゃねェよ」
「堅いやつだ。辰馬なら喜んで連れ込むというのに」
からかえば、高杉はまた桂を睨んだ。
「そんなに銀時を盗られたくなければ、とっとと告白すればいいだろう」
「……しつけェな、テメェも。だから、そういうんじゃねェだろ。俺とコイツは……」
「意地っ張りめ。そんなに人を好きになることは照れることか?小学生のような精神年齢をしおって。まだ銀時の方が素直に気持ちを認めてる分、素直で可愛いものだ」
「ふん。まるでコイツに好きなやつでもいるみてーな言い方じゃねェか」
「そう言っているんだが?」
瞬間、ピリッと空気が張り詰める。
「……は?」
「なんだ、知らなかったのか?いつもいつも銀時を穴が空くほど見ている熱心なお前ならとっくに知ってると思っていたが?」
「からってんのか?」
「呆れているんだ」
「……どこのどいつだ」
「本人に聞けばいいだろう」
「テメェ」
「いいからとっとと行け。俺はもう寝る。明日早いと何度も言っているだろうが」
話は終わりだと言うように高杉を銀時ごと部屋の外に追い出すと、桂は襖をピシャリと閉める。
そして少しだけ隙間を開けて、
「そのまま自分の部屋に連れ込んでもいいぞ」
とひそひそと囁いた。
「しねェ」
「おい、それはどっちの『しねェ』だ。しない、のほうか。死ねのほうか後者だった場合、急遽家庭面談をーー」
「死ね。とっとと寝ろ」
桂の顔に蹴りをひとつ入れると、高杉はすっかり眠りに落ちている銀時の体を丁寧に抱き直す。
そしてゆっくりとーー銀時を起こさないように、この時間が名残惜しいかのようにーーゆっくりと足を進めた。
「阿呆どもめが」
その背中を見送りながら、桂はやれやれと思うのだった。