たぬこんとボッキーの日。これはこの世界のどこかにある、とある小さな森のお話です。
その森に暮らす小さな狐の銀時と、小さな狸の高杉はいつも一緒に遊んでいます。
生まれたときから一緒の二匹は、どんなときでもお手手をつないで、ご機嫌です。
さてさて、今日の銀時と高杉は、最近見つけた森の外れにある家に遊びに来ていました。
家の家主は松陽という名前のニンゲンで、銀時や高杉を我が子のように可愛がっています。
いつものように遊びに来た二匹に、家主は小さな箱を渡しました。
「知っていますか、銀時。今日はボッキーの日なんです」
「ぼっきー?」
「甘いお菓子です」
「おかし!」
銀時は目をキラキラさせて、箱を開けました。
そこには小枝のようなものが数本入っていて、銀時は不思議そうに見つめます。
「これはね、細長いビスケットにチョコレートがかかっているんです」
「びすけっと!ちょこ!」
ビスケットもチョコレートも、前に松陽が食べさせてくれたことがあります。
それまで銀時にとって甘いものとは、木になっている果実や、花の蜜しかありませんでした。
だから、はじめてお菓子という甘くてとっても美味しいものを食べたとき、銀時は興奮して興奮して、夜も眠れなくて、高杉に怒られてしまうほどだったのです。
そのときのことを思い出して、銀時は思わずヨダレが垂れそうになりました。
おそるおそるボッキーをひとくち齧ってみると、サクッとした食感とチョコレートの蕩けるような甘さに、銀時は思わず耳の毛がビビッと逆立ちます。
「おいしい!」
銀時はしっぽをブンブンと振りなが、サクサクとボッキーを食べ進めます。
あっという間にボッキーを一本食べ終わると、二本、三本と食べてしまいます。
夢中になって食べていた銀時でしたが、ふと自分を見つめる高杉の視線に気がつきます。
「たかすぎもたべる?」
そう言ってボッキーを差し出しますが、高杉は首を振ります。
「おまえがくえ」
「でも……」
「おれはあまいのそんなにすきじゃないから、おまえがたべろ」
高杉は銀時が嬉しそうに食べる姿をみるだけで十分でした。だから、本心から全部のボッキーを銀時にあげたいも思ったのです。
けれども、銀時はなぜか耳をしょぼんと垂れさせます。
「おれ、おまえとおいしいもの……きょーゆーしたい」
「ぎんとき」
「しょーよーがいってた。たいせつなひととは、おいしいものとか、すきなものをはんぶんこしたくなるって」
どんどん落ち込んでいく銀時を前に、高杉は慌てふためきます。
けれども、高杉にはどうすればいいのかわかりませんでした。
だって、高杉はどんな甘いお菓子よりも、銀時の笑顔の方が好きなのです。それなのに、銀時が悲しそうにしているのです。
だんだんと高杉も悲しくなってきて、耳をしょぼんと垂れさせます。
「ぎんとき、なくな」
そうして二匹でどこまでもどこまでも落ち込んでいく様子を見ながら、松陽が「あらあら」と、口に手を当てます。
「それじゃあ君にはコレをあげましょう」
そう言って、松陽は高杉に別の箱を渡しました。
「これも、こえだー?」
「ふふ、ブリッツです」
それは、ボッキーのように細長い小枝のようなビスケットでしたが、チョコはかかっていませんでした。
「甘くないお菓子です。これなら、君も食べられますか」
「ありがとう」
高杉はブリッツを受け取って、かじってみます。
カリッとした食感とほんのり優しい塩味に、高杉は目を輝かせます。
「うまい」
「ほんと?」
嬉しそうに銀時が言います。
「ありがとう、しょうよう!」
「ありがとう」
そう言って二匹はお辞儀をして、家主の家を出ていきました。
狐は左手にボッキーを、狸は右手にブリッツを。
もちろん、もう片方の手で互いの手をしっかりと握って。
あとは、たっぷりのお土産も引きずって。
「おい、よくばっていっぱいくちにいれるな。あぶない」
「ふがふが」
二匹は楽しそうに笑いながら、森の中へと帰って行ったのでした。
その背中を見送りながら、松陽は今夜の献立を考えます。
夕方頃にはきっと、お腹を好かせた二匹が夕食をねだりにまた来るのでしょうから。