上京したてのウブなモブくんが失恋する話(高銀)僕の名前はモブ山モブ男。
この春、大学進学のために上京し、アパートで一人暮らしをはじめた。
隣の部屋に住んでる人は坂田さん。引越しの挨拶をしたときに派手な銀髪をした男の人がでてきたときはとても驚いたけれど、気さくないい人で、田舎からでてきて、しかもはじめての一人暮らしで右往左往していた僕に色々なことを教えてくれた。
洗濯機の使い方を教えてもらった時は少し恥ずかしかったけれど、お礼にと作ったお昼のチャーハンを美味しい美味しいと言って食べてくれたときには、なんだかこそばゆい気持ちになった。おかしいな。はじめて母さんに目玉焼きを作ったときよりも嬉しいなんて、ちょっとした親不孝ものだ。
坂田さんはこの街にとても詳しくて、穴場の居酒屋だったり、散歩にいい公園だったり、アタリが出やすい駄菓子屋だったり、パチンコみたいなちょっといけない遊びだとか色々と教えてくれた。
それに坂田さんは友達も多い。一緒に居酒屋にいると色んな人が声をかけてきた。
そのうちのひとりが「坊主、これちょっと吸ってみるか?」とタバコを一本くれた。
興味本位で吸ってみるけれど、うまく吸えなくてむせてしまったし、目に煙も入って散々だった。なにより苦くて舌がおかしくなる。
坂田さんはそんな僕をゲラゲラ笑いながら、自分も一本吸って見せてくれた。
それがあまりに様になっていて、僕は思わず見とれてしまった。
「坂田さんは吸うんですか?」
「いいや?」
坂田さんはまだ吸いかけのタバコを灰皿に押し付けると、「たまにな。よく一緒にいるやつが吸ってるからさ」と、いたずらっぽく笑った。
その人ーー高杉さんは、坂田さんの友人で、決まって毎週坂田さんの家に泊まりに来た。
黒髪で片目に眼帯をつけた男の人で、十人中十人が振り向いて、男すらもうっかり見蕩れてしまうほどのイケメンなのだが、とにかくガラが悪い。
最初に見たときは、借金取りが来たのかと思ったほどだ。(坂田さんはとてもお金にだらしない)
彼はいつも日曜の夜に来ているみたいで、月曜朝のゴミの日には、いつもゴミ袋を持って家を出ている。
親しいというわけではないけれど、顔を合わせれば会釈をする仲だ。高杉さんはいつもゴミ出しの後に、アパートの下でタバコを吸っている。家で吸うと、坂田さんが匂いがつくと怒るのだそうだ。
「自分だってベッドでは吸うくせによォ」
と愚痴っていたので、僕は「寝タバコは火事の元ですよ」とだけ伝えた。
夏に差し掛かったあたり、僕は夏風邪を引いてしまった。
この歳になってとは思うけれども、やはり独りで寝込んでいるととても心細くなってくる。
だから、坂田さんが心配して看病にきてくれたときは、本当に嬉しかった。
坂田さんは、僕のためにタッパーにつめたおかゆを持ってきて、食べさせてくれた。
食後には薬を飲ませてくれて、動けない僕の体の汗をふいて、着替えさせて、(流石に下着は自分で着替えた)そして、冷えピタを僕の額に貼った後に、まるで母親が子どもにするみたいに頭を軽く撫でてくれる。
「大丈夫だから、ゆっくり寝てな」
そう言う声があまりにも優しくて、胸がきゅっと締め付けられた。
ああ、優しいなぁ。
嬉しいなぁ。
朦朧とする意識の中。
坂田さんが髪を撫でてくれる手を感じながら。
好きだなぁ。
と、思わずーーそう思ってしまった。
「残りの粥も冷蔵庫に入れて置いたから、起きたら食べるんだぞ」
そう言って、坂田さんの手が離れていく。
それがどうしようもなく寂しくて悲しくて、それでも僕は遠ざかっていく坂田さんの背中を見つめることしかできなかった。
目が覚めると、僕の熱はすっかり下がってい
た。
時計を見ると、夜の9時。
僕はベッドから起き上がると、台所に行って坂田さんがもってきてくれたタッパーのお粥を食べる。
さっきは味がよくわからなかったけれど、優しい塩味が聞いていて美味しかった。
しばらくぼぉっとしていると、隣の部屋ーー坂田さんの部屋のドアが開いて閉まる音がした。
出かけていて、帰ってきたのだろうか。
僕は食べ終わったタッパーを急いで洗って拭くと、それを適当なビニール袋にいれて部屋を出た。
治った報告と、タッパーを返しに行くーーなんてものは口実だ。
坂田さんに会いたかった。
坂田さんの顔が見たかった。
インターホンを押そうとしてーードアの向こうから音が聞こえた。
「?」
思わず耳を押し当てる。
「ーーすぎ」
かぼそい声が聞こえてくる。
それがーー坂田さんの声だと気がついた。
「たかすぎ、だめ、こんなところ、でっ」
「満更でもねェくせに。こんなに俺のを美味そうに咥えやがって」
「あ、せめ、てベッドに……あ、やあっ、んん、はあ、あ、だめ、気持ちいいっ」
「くっ、銀時っ!」
「あ、好きっ!高杉好きっ!あっ、やっ、あぁ」
僕は扉から体を話すと、ドアノブにタッパーの入ったビニール袋をかける。
部屋に戻る気にはなれなかった。
僕はアパートの近くにあるコンビニに行って、そこで生まれて初めてタバコとライターを買った。
誰もいない深夜の公園で、タバコに火をつけて、吸い込む。
「苦……っ」
タバコは苦くて不味かった。
思わずこぼれてくる嗚咽は、すべてこの苦いタバコのせいだった。