あんはっぴーバレンタイン心中(高銀)気持ちが悪い。お腹がぐるぐるする。吐き気がするし、悪寒がする。でも、すごく眠たい。
あーあ、自業自得だ。バチが当たったんだ。
一人暮らしの部屋で、制服も脱がずにベッドの上にうずくまる。
床には受け取って貰えなかったチョコが転がっている。
「あーあ、やっぱり、ダメだったか」
誰にでもなく呟く。自分でもびっくりするくるい掠れた声。
泣き疲れた声だ。目元は真っ赤で、もう一滴だって涙は出ない。
「おまじないもしたのになぁ」
包帯を巻いた手首を見る。痛かったけど、我慢したのに。結構多めに「入れた」のになぁ。
アイツも「食べて」くれたのに。
美味しいって言ってくれたのに。
そこまではよかったのに。
「ずっと好きだった」
放課後に呼び出して、その一言で全部台無しになった。
言わなきゃよかった。
でも、言おう言おうって、ずっとためらってて、ようやく決心したのに。
「ふ、ふふふ、はは」
乾いた笑いが漏れる。
馬鹿みたいだ。なにがバレンタインだ、アホらしい。
悲しくなって悔しくなって。
それからずっと顔合わせられなくて。
俺は起き上がって床を見る。転がっているのは、俺を振ったアイツからこっそりと盗んだチョコ。
アイツーー高杉宛の差出人不明の殺虫剤入りのチョコ。
ちょっと前に高杉に振られた女が、こっそりカバンに入れていたチョコ。俺はそれを偶然見ていてーーアイツが気がつく前に抜き取った。
だから、「受け取って貰えなかったチョコ」。
手に取って、その愛らしいラッピングを解けば、実に美味しそうで、黒くてテカテカしていて、甘い香り中に鼻をつくような異臭がある。
口の中に入れた瞬間、甘い味とピリッとした
苦味がして、強い吐き気に襲われる。
脳が、体が、舌が、これを食べるなと訴えかける。
でも、俺はそれを飲み込む。無理やり体内に受け入れる。
ビービービーと、危険信号が耳鳴りする。目眩もする。ぐらぐらする。
このチョコに混ざっているのは、敵意。殺意。悪意。そして、好意。
それが、なんだか可哀想だと思った。
こんなに強い思いが込められているのに、きっと高杉はこれに気がついても食べずに捨ててしまう。
誰にも知られずに捨てられてしまうことが、なんだか可哀想で、それが自分と重なってしまってーーそれなら俺がその思いを知ってやろうと思った。
または、失恋したヤケ食い。あほらしい。
もう気持ちも意識もグチャグチャで、分からなくて、混ざりあっていく。呼吸が苦しい。心臓が痛い。
痛い痛い痛い。苦しい。
けほっと咳き込むと同時に、俺の体に影が落ちた。霞んだ目で見れば、そこには、いるはずのない男が立っていた。
「高杉……?」
どうして、いまさら、こんなところにいるのか。部屋には鍵だってかけていたはずなのに。
それなのに、高杉は意地悪そうに俺を見下ろしていて、口元を歪めて笑っていた。
「俺に振られて、死にたくなったのか?」
「……」
そうだよ、とは答えなかった。なんだか悔しかった。
「死にたくなるほど、俺のことが好きか?」
高杉が顔を近づける。なんだか、すこし生臭い。獣のような、匂いがした。
「賭けをしようぜ、銀時」
そう言って、高杉が残りの殺虫剤入りのチョコを手に取る。
「こいつを食べて、俺がまた目覚めたらテメェと付き合ってやるよ」
「目覚めなかったら?」
「テメェと一緒に死んでやる」
なんだよそれ。なんで?
なんで、お前がそんなことするの?
だって、そんなの俺に都合が良すぎるだろ。
さっき、俺のこと振ったくせに。こっぴどく、振ったくせに。
ああ、なるほど。
わかったぞ、こいつは夢か。
夢ならば、夢ならばーー。
「嬉しい」
そう言って、俺は笑う。高杉は愛おしそうに俺を見つめて頭を撫でてから、チョコを自分の口のなかに放り込んだ。
ああ、なんて幸せな夢。
電話の着信音がけたたましく鳴っている。
そのまま、インターホンがしきりに押され、玄関のドアノブが外からガチャガチャと回されている。
「銀時!銀時!銀時!」
ドアを拳で叩きつけながら、片目の少年が叫んでいた。
「銀時!いるんだろ!ここを開けろ、銀時!」
いつから叫んでいたのだろうか。少年の声は枯れている。
少年の名前は、高杉といった。
悲痛な声色で読んでいるのは、幼なじみの名前だ。ついさきほど、自分に想いを告げてくれた、愛しい愛しい男の名前。
自分の片割れのように大切で、ずっと秘めた気持ちを抱いていた。
だから告白されたとき、高杉はまさに天にも昇る気分だった。その場ですぐに体を抱きしめてキスをしてやりたいぐらいだった。
だが、あのときはダメだった。
あのときはーーあの「女」が銀時を見ていた。
警告音が頭の中で鳴っていた。
あの「女」は危険だ。
もし、自分が色良い返事をしたら、あの「女」はきっと銀時に危害を加える。
だから、あのときは拒絶するしかなかった。
銀時の傷ついた顔に、高杉の胸も張り裂けるようだった。
嫌われたかもしれない。憎まれたかもしれない。それでも、銀時を守るためにほかにどうすればいいのか、分からなかった。
「女」にチョコを入れられたことには気がついていた。その場で処理をしなかったのは、あの「女」の考えていることが、読めなかったからだ。滅多に人怖じしない高杉でさえ、あの「女」のぞっとする目には、耐えられなかった。
鞄の中からチョコが消えているのを気がついたとき、高杉は真っ青になった。
犯人は、一人しか思い当たらなかった。
「銀時!ぎんとっーー!」
突然ガチャリとドアが開き、高杉の体が前のめりになる。
閉まっていたはずの鍵が開いたのだ。高杉はその理由を考える暇もなく、部屋の中に駆け込んでいく。
だから、その足元を何かが抜けたことには気が付かなかった。
銀時はベッドの上でぐったりとしていて、口元には明らかに異常な泡がこびりついていた。
「銀時!」
高杉は血相を変えてその体を抱き上げる。
息苦しそうにうめく姿に、まだ生きていると安堵して、高杉はすぐに救急車を呼ぼうと携帯を取り出す。
「高杉、だぁ」
銀時がうっすらと目を開き、弱々しく高杉の腕をつかむ。
「め、さめた……?」
「銀時!」
「やくそく……おれとつきあって……くれる?」
「……ああ、好きだ……!好きだ銀時、俺も好きだ!」
その体を抱きしめながら、高杉は必死に愛を囁く。銀時は定まらない視線で天井を見ながら「嬉しい」と言葉を零した。
一匹の白い蛇が、道端で死んでいた。
その無惨な死骸の前に、一人の「女」が立っている。
「あはっ」
その口を大きく開けて「女」が笑う。
「惚れた相手の恋のキューピットになって死ぬさんざ、百年生きた蛇神モドキにしては随分と情けない最期じゃん」
ケタケタと笑いながら、「女」の体がサラサラと崩れていく。
影がグニャリグニャリと歪んでいき、やがて「ソレ」は、一匹の狐の姿になった。
「健気だなぁ。そんなに惚れてたの?なあ、蛟?」
蛇の死骸をつまみ上げながら問いかける。
しかし、返事は返ってこなかった。
「あーあ、しんど」
狐はそう呟くと、毒の詰まった蛇の死骸をパクリとひと飲みにしてしまった。
謎すぎる裏設定
銀時
高校生。ちょいヤンデレ。高杉のことが好き。毒チョコ食べるけど致死量にならなかったので生還。このあと胃洗浄されて泣く。
高杉
高校生。銀時のことが好きだが、ストーカー的な女に悩まされていた。片思いしてた銀時と付き合えて超絶𝚑𝚊𝚙𝚙𝚒𝚗𝚎𝚜𝚜໒꒱· ゚
きゅびたん(女)
高杉に告白して振られた女の正体。狐の妖怪で蛟のことが好きだったが、蛟は銀時に惚れていたので、銀時をいじめようと高杉に近づいた。こいつもヤンデレ風味。最後に毒入り蛟たん食べたの多分、死ぬ。心中???
蛟たん
銀時に惚れていた蛇の妖怪。銀時が毒チョコ食べたときに、高杉に化けてくれた。自分も毒チョコ食べる。人間より体が小さいので致死量になって死ぬ(分かってて食べた)(妖怪だけど多分死ぬ)。