ねこの日の話(高銀?)隣のじいさんが飼ってた黒猫が死んだらしい。
いやに目つきの悪い黒猫で、ボサボサの荒れた毛並みをした猫だった。きちんと手入れしてやれば、それなりに艶やかな毛並みになるだろうにとも思ったが、俺の猫でもないので、そう思っただけだった。
家には家の世話をしなければいけない犬が居るのだ。その白い毛並みにブラッシングしてやりながら黒猫の毛並みのことを考えていると、飼い主の浮気な心を咎めるように、定春が軽く爪を立ててきた。ケモノっていうのは、どうにも嫉妬深いようだ。
そういえば、一度だけあの黒猫を膝のうえに乗せてやったことがある。
いつものように飲んだくれて、道端で寝ていたときのことだ。
ふと気配を感じて目を開ければ、散歩中だったのであろう黒猫が人の膝の上に乗っていた。もぞもぞとポジション取りをしていたかと思えば、「にゃあ」と掠れた声で一度だけ鳴いて、満足そうに目を閉じて眠りについた。
「俺みたいなのになついてどうするんだよ」
ひとつため息をついて、黒猫の体を撫でてやる。ろくにブラッシングされていない毛並みはやはり野良のようにゴワゴワしていて、とても撫で心地がよいものではなかったが、なんとなくそのまま撫で続けた。
黒猫はときどき目を覚ましてはグルグルグルと喉を鳴らしていたが、朝が来る頃にはいつの間にか膝の上から去ってしまっていた。
なにかの気配がして、目を覚ます。
暗闇のなかで自分を見下ろしている男が、そこにいた。
艶やかな着物を纏ったその男からは、微かに甘い花の香りがした。
艶やかな黒髪は闇に溶けるように昏く、垂らした前髪の奥には、潰れた片目が空洞を作っている。
「お前、死んだんじゃなかったの?」
「テメェのことが忘れられなくて、化けて出てきちまったのさ」
男はそう言って、膝をついて俺に顔を寄せる。妙に色気のある整った顔で、甘えたような掠れ声を出す。
「銀時……」
男が俺の名前を呼びながら、するりと俺の頬に手のひらを這わせた。そしてそのまま髪に指を潜り込ませる。
「銀時……綺麗な髪だな。ずっと触ってみたかったんだ」
「そいつは嬉しいねぇ。どうだい?触り心地はさ」
「ふわふわしてる。なかなかいい毛並みじゃねェか」
男は嬉しそうに口角を上げながら、俺に体を重ねてくる。口元が触れ合いそうなほど近づきーー俺はその唇をそっと抑えた。
「銀時……」
「おっと、それ以上はダメだぜ」
「あんたの惚れた男じゃなかったか?」
「俺の惚れた男は地獄にいるんだ」
そう言うと、男は困ったように眉尻を下げた。
「そうかい。そいつは野暮なことをしちまったな」
落ち込んだように伏せられたまつ毛が、男の顔に影を落とす。そして、切なそうに鼻先を鳴らした。
「ただ、アンタを喜ばせたかっただけなんだ」
「分かってるよ」
俺がその頭を撫でてやると、男は嬉しそうに目を細めた。
「相変わらずボサボサだなぁ、お前」
「にゃあ」
男はそうひと鳴きして俺の胸に顔埋めたので、その頭を撫でてやる。
ゴワゴワとしたその感触に、俺はなんだか懐かしい気持ちになった。
朝、目が覚めたら布団には俺だけが眠っていた。布団から体を起こすと、いつの間にかそばに定春がいた。その大きな目で拗ねたような目でじっと見つめてくるので、その顔をわしわしと撫でてやった。