尿酸値高杉くんの話(高銀)「ちょっとね、尿酸値が高いんですよね」
ターミナルでの決戦の後、なんやかんやでアルタナの力で高杉が蘇り、さらになんやかんやとあって早数年。
アルタナの力を身に宿したーーといってもいいのであろう高杉の肉体はやはり特殊で、わずか数年足らずで赤子から成人男性の姿にまで成長したのだ。
今でこそ当初の凄まじい成長スピードが落ち着き、普通の人間と変わらないがやはり、未知の力によって生かされている肉体であることには変わりはない。
そのため、なにか異変があればすぐに発見できるようにと、年に一回鬼兵隊の息のかかった医者による定期的検診を受けているのだ。
といっても、まあつまりは健康診断のようなもので、せっかくだからと俺も一緒に行って受けているのだった(タダだし)。
というのも、今の俺と高杉は紆余曲折あって居を同じくしており、なんとか折り合いをつけて一緒に暮らしているのである。
互いに検査を受けて、終われば合流して飯でも食って帰る。それが定期検診の日の流れだった。
しかし、今回は違った。
検査を終え、待合室で高杉を待っていた俺は「高杉の体に気になることがある」と、呼び出されたのだ。
案内された診察室では、カルテを眺める医師と、その前に渋い顔で座る高杉がいて、突然現れた俺の姿に高杉自身も困惑しているようだった。
高杉の体の異変ーーそれがいったどの程度のものなのか。小さな異変なのか。それともすぐにでも対処が必要なほど深刻なものなのか。
高杉の横の椅子に座り、不安に思わず固唾を飲む。
そんな俺たちに対して発せられたのが、冒頭のセリフである。
「えっと」
「坂田さんが普段の食事を作られているとのことだったので、一緒に聞いていただこうかと思いまして」
「はあ……、え?」
「だからね、尿酸値が高いんですよ、高杉さん。まあ、今すぐに……てレベルではないんですけれど、このまま放っておくとね、痛風になる可能性があるので」
痛風。
痛い風とかいて「つうふう」と読む。
その名のとおり、風に当たった程度の刺激で激痛が走るという症状だ。
血液中に「尿酸」が増えすぎることで、関節などに尿酸の結晶である尿酸塩がたまって炎症が起こり、痛みを引き起こすという。
「でも、高杉さん肥満でもないし運動も良くしてるみたいだし……なんでこんなに尿酸値高いんだろうね。アルタナの影響なのかな」
アルタナの影響で尿酸値が高くなるってなんだ。
「でもまあ、とりあえず暫くはプリン体が多く含まれてる食べ物は控えて下さいね」
「たとえば、どんな食べ物が駄目なんすか?」
「そうだねぇ。レバー、モツ、白子、えび、かにみそとかは禁止ね。牛肉とかは茹でてから食べるようにして……。あ、あとお酒もダメね。アルコールはプリン体を増やすから。とくにビールはダメ。焼酎とかだったら、少しだけ。でも少しだけだよ」
医師の口からは、見事に高杉の好きな食べ物ばかりが羅列されていく。
真面目な顔をしている高杉の眉尻が、どんどんと下がっていくのがわかった。
「あと、野菜をしっかり食べて、水も飲んでもらって。詳しくはこの冊子を読んでね。分からないところがあったら聞いてくれていいから」
帰り道、心なしか少し落ち込んでいるように見える背中に、俺は思わず声をかける。
「あー、うん、つまり、尿酸値高杉くんになっちまったってことか。アルタナの力もプリン体には勝てなかったってことだな」
軽口を叩いてみるも、乾いた笑いしか漏れない。
ずっと項垂れている高杉の背中を見つめていると、どうにもいたたまれない気持ちになってくる。
「あ、でも俺も血糖値高いしさ。おそろいというか」
「アホか。んなお揃いいらねぇ」
ズバリとツッコミを入れられ、ぐうの音も出ない。
「まあ、俺らも三十路超えるし……そろそろ、なあ?体をいたわる必要があるのかもな」
ははは、と乾いた笑いが虚しく風にさらわれる。高杉の背中から哀愁が漂っていて、いたたまれない。
ルールルと音楽すら流れてくる。
ーー決めた。
健康的でーーそれで、ちゃんと高杉が満足できるご飯を作ってやろう。
俺は密かにそう決意して、拳を握りしめたのだ。
なによりも、まずは敵を知ることが大切だ。
家に帰ると、俺は医者からもらった冊子を開いてみた。
『尿酸を排出するために、水分をしっかり摂りましょう。ジュースやお酒でなく、水やお茶を飲むようにしてください。一日二リットル以上飲むのが好ましいです。』
なるほど。俺なんかは甘いものが欲しくなるとすぐにいちご牛乳を飲んでしまうが、高杉は俺が声をかけてやるまでなかなか水分をとらないきらいがある。
慢性的な水不足感は否めない。
「高杉、茶淹れたけど飲む?」
「……今日やけに多くねぇか?もう3回目だぞ」
「飲む? 飲まない?」
「……飲む」
訝しげにしつつも、高杉は素直に頷いて卓に座る。
俺も茶をすすりつつ、冊子をめくる。
『また、コーヒーは尿酸値を減らす効果があることが知られています。砂糖やミルクはいれないで飲むとよいでしょう。』
コーヒー……、コーヒーか。
こいつコーヒー飲むのか?
「高杉ってコーヒー飲む?」
「お前が淹れたもんなら……」
「じゃあ、次はコーヒーにするか」
「……まだ飲むのか」
『バランスのよい食事が大切です。野菜や海藻類、きのこ類に含まれる食物繊維はプリン体の吸収を阻止する効果があります。』
野菜か。そりゃ大事だよな、野菜。
サラダ増やすか?でもあいつ、生の野菜好きじゃないからなぁ。
茹でたり煮たりと火が通ってるもんなら食うのに。刺身とかの生魚あんまり好きじゃないし……ヒラメくらいしか食べないしな。
まあ、気持ちはわかる。一種のトラウマのようなものだ。
攘夷戦争のときは物資もろくになくて傷んだ食べ物ばかりだし、衛生状態だってよくない。火を通さないものは食べない、という考えが今でもどこかで染み付いているのであろう。
食べられないのではなく、好まない程度だが……できれば食事はおいしく感じるものを食べさせたい。
火を通して野菜を食うとなると、やっぱり鍋だよな。
でも鍋一択っていうのも飽きるしな。
でも、野菜炒めは最近、油が少し気になるんだよな。
あいつが好きなものっていったら、煮物やおひたしだけど、大量に食べるもんでもないし。塩分も気になるし……。
あ!蒸しサラダ!そうだ、蒸してやればいいんじゃねぇか。キノコもいっしょに食べられるし。俺って天才じゃん。
「蒸し器さがさねぇとな」
「……あ?」
呟やく俺に高杉がうろんげな視線を寄越す。
『また、乳製品にはアルカリ性食品であるため、意識して摂取するようにしましょう。』
でも、こいつ牛飲むとすぐに腹を壊すんだよな。沸騰させてシチューにするか?野菜も食えるし……。あとは、チーズとか……え、高杉ってチーズ食うのか?
「高杉ってチーズ食う?」
「……あれば食う」
「そっか」
あとでアソパソマソチーズを買ってやろう。
「ヨーグルトは?」
「出されれば食うが……」
「なるほど」
「おい、銀時。さっきからなに眉間にしわよせて考え込んでるんだ」
「アルカリ性の食卓についてだよ」
「は?」
「ブロッコリーは……プリン体が多いのか。でも栄養あるしな。なになにプリンリッチ野菜……?」
「よく分からねェが、俺はブロッコリーは食わねェぞ」
「いや、食えよ」
「森だろ」
「森じゃねェよ、ふざけてんのか。」
『肥満予防の運動はしっかりしましょう。有酸素運動が肝心です』
運動……。医者は高杉は運動しっかりしてるって言ってたけど……でも、いつも鍛錬やら稽古はしているけれど、これはどちらかというと無酸素運動ってやつな気がする。
「なあ、高杉。夜の運動って有酸素運動になると思う?」
「……なるんじゃねェか?」
「じゃあ、今夜はスローで頼むわ」
頭に疑問符をいっぱい浮かべている高杉の空いた湯のみにお代わりを淹れてやると、俺はとりあえず蒸し器を探すために立ち上がったのだ。