(土井先生の今の生活に踏み込みすぎてはならない)
互いを大切に想う気持ちが形を変えたことを確かめ合ったが、暇ができ会いに行こうと思ってもそのような考えがよぎってしまう。
(恋仲になる前の方が気軽に会いに行けていた)
思わずため息が口をついて出る。
そもそも頻繁に会えるほど互いに時間は取れないし、生徒たち…なによりもきり丸との時間を大切にしてほしい。
血は繋がらずともあの2人は紛うことなき家族だ。
自身が寂しい思いをした経験をした分、余計にそう思う。
ただ今日は父である伝蔵の洗濯物を渡す用事があるのでタイミングが合えば会えはするだろう。
密かに心躍らせながら忍術学園へと向かった。
「あれ利吉さんじゃないすか」
忍術学園に入ると早速馴染みのある声に呼び止められる。
「やあきり丸」
「今日はどうしたんすか?土井先生なら部屋にいますよ」
そこで半助の名が出てくることはやや疑問であったが用件を伝える。
「父上に洗濯物を届けに。ちょうど忍務が明けて少し長めに休めるから実家に帰ったついでに預かってきたんだ」
そう告げるときり丸の顔がパアッと明るくなる。
「ええっ珍しい!利吉さんいつも忙しいっすもんねえ。お疲れ様です」
自分ごとのように喜んでくれる。
たまにイライラしたりもするがかわいい良い子だ。
「お休みは何かするんですか?」
「そういえば何も考えていなかったな…久しぶりに買い物でもしようかな」
「いいじゃないすか〜。あ、そうだ。土井先生は休み中特に用事ないって言ってましたよ」
きり丸がニカッと笑う。
「…そうなんだね。きり丸はアルバイトかい?」
きり丸の言葉に嫌な汗が出る。
どこまでバレているかは分からないがこれ以上深掘りされてはたまらないので矛先を変えた。
「俺は乱太郎としんベヱの家にお泊まりに行きます。家の手伝いをするとお駄賃くれるんすよお!」
銭マークに変えた瞳をキラキラと輝かせながら笑うきり丸に苦笑する。
「っとそうだ土井先生に休みの間掃除を忘れないでって鍵刺しておかないと…」
がめついが本当にしっかりしている子だ。
「一緒に行くか?」
「荷造り途中なんでまた後で行きます」
「そうか、では私はひと足先に部屋に向かおう」
きり丸と別れ学園内の父と半助の部屋に向かうと、部屋にいたのは半助だけだった。
「ご無沙汰しております、土井先生」
「本当に久しぶりだね!今日はどうしたの?」
利吉は戸を閉め半助の元へ向かう。
半助も利吉を迎えようと立ち上がる。
「父上の洗濯物を渡しに参りました。お帰りになって母上に顔を見せてくださるのが一番良いのですが…父上はご不在ですか」
「ははは…。山田先生は野暮用で戻るのが少し遅くなるとのことなのでここで待つといいよ」
「ありがとうございます。そうさせていただきま…わっ」
と、突然半助に手を引っ張られそのまま抱き込まれてしまった。
───どくんどくん。
静寂の中に跳ねる心音が心地よい。
利吉も腕を半助の背に回す。
「利吉くん、以前家に来てくれた時、明日から少し長めの休みだと言っていたよね。…私も休みだし宿を取ってゆっくりしないかい?」
しばらく抱き合った後、半助からの誘いに思わず目を輝かせ半助の顔を見上げる。
愛おしそうに己を見つめる彼に心臓が大きく跳ねる。
しかし半助が休日ということは当然一年は組の良い子たちも…きり丸も同じく休日である。
親子水入らずで過ごしてほしい気持ちの方が勝った。
「……申し訳ありません、実は急な忍務が入りましてこの後すぐ発たねばならないのです。色々と準備が必要なので時間がかかりますし夜明け前には忍務先に着いていなければならないので、父上も早く戻られると良いのですが…」
つらつらとそれっぽい言い訳を並べていつもより饒舌になる。
「そうか…残念だけれども仕方がない。またどこかでお互い時間が合う時にでも、ね」
そう言って利吉の額に口づけを落とす。
本当に残念そうな顔をしている半助に申し訳なさと案外すんなり信じてくれたことに少し安堵する。
「急ぎということであれば洗濯物は私が渡しておこう。本当にいつ戻られるかわからないんだ」
「あっ、はい。ありがとうございます…それでは私はこれで」
しまった…。
父が来るまでは共にいたかったのに誤魔化しの言葉で墓穴を掘るとは。
貴重な休みを過ぎればまた忙しい日々が待ち受けている。
しかし言ってしまったことはもう戻らない。
利吉は足早に忍術学園から去って行った。
恐らく忍務は嘘だ。
しかし言わないということは聞いたところで本当のことは言わないだろう。
急ぎなのは本当かもしれないので伝蔵の荷物は預かることにしたが、早急に欲を出しすぎたか。
不快な思いをさせたかもしれないと思うと胃がキリキリと痛み出す。
「土井先生ーいますか?」
と、そこに戸の奥から聞き馴染みのある少年の声がした。
「きり丸か。いるよ、入りなさい」
「失礼しまー…って利吉さんは?」
戸を開けるなりきょろきょろと室内を見回すきり丸。
「急ぎの忍務があるからとつい先ほど出て行ったよ」
「え、さっき会った時は久しぶりに長めの休みだって言ってましたけど…」
「な、なんだって!?」
ショックでがっくりと肩を落とす。
やはり事を急ぎすぎたか、進展の度合いとしてはまだ口吸いを数回重ねた程度なのだ。
「…ね〜土井先生、利吉さんに愛想尽かされてません?大丈夫なの?恋人なんでしょ?」
「い、いやそんなことは……今なんだって?」
「だーかーらー付き合ってんでしょ?お二人。バレバレなんすけどお」
呆れたように言うきり丸に慌てて弁明をする。
「いや利吉くんとはけしてそういった仲では」
「いいですって誤魔化さなくても。他の奴らは知らないけど少なくとも俺にはバレバレ!それに」
俺にぐらい話してくれたっていいじゃないですかと口を尖らせていじけた顔をするきり丸。
互いに口にしたことは無いが家族も同然の仲。
山田夫妻もそうだ。
恋仲であることを明かしたところで今までと何か変わるだろうか。
「……すまないきり丸、利吉くんの意思も尊重したいので今は一旦知らないこととして収めてくれないか」
「…わかりました。俺は2人が恋人同士になって嬉しいんですからね」
いまだぶすくれた顔をしているが一旦は納得してくれた。
「ありがとう。あ〜…それからきり丸」
「明日利吉くんがどうするか聞いてないか!?」
10歳の子どもに泣きつく25歳男性の姿がそこにはあった。
休日にはうってつけな晴れ模様。
今日ばかりは街の賑わいに耳をすませる必要も目を凝らす必要もない。
気持ちよく買い物ができそうだ、と思っていたのだが。
「利吉さぁん!」
聞き覚えのあるような無いような女性の声に足を止める。
が、警戒態勢に入ろうとした瞬間振り返る間も無く間合いを詰められた。
(くっ…腕を掴まれた!)
「誰だっ…て、土井せん、半子さん!?」
腕を掴んできたのは女装をした半助、半子だった。
「利吉さん、ひどいじゃない!お仕事だと仰っていたのにこんなところでぶらぶらしちゃって…私に嘘を吐いていたのね!」
真に迫る演技に思わずたじろいでしまう。
「急ぎのお仕事だと仰るから泣く泣くお見送りしましたのに!まさか…他に好い人がいるの!?」
半子が言っていることは本当に利吉に聞きたいことなのだろう。
段々とこちらに向く人の視線の数が増えてきた。
「わ、わかったわかった。ここでは騒ぎになってしまう。せめてそこの小径に入ろう、ね?」
女装をしている真意は不明だが、ひとまず落ち着いて話がしたい。
半子はむくれた顔をしつつもおとなしく利吉の言葉に従った。
互いに無言で歩みを進める。
大変気まずい中、人目のつかなさそうなところまで移動ができた。
「それで、あの、これは一体どういうことなんです?」
「それは私のセリフだよ、利吉くん」
困惑する利吉に女装を解いてずいっと顔を寄せる半助。
怒りとも悲しみとも取れる表情をしている。
貴重な2人の時間を嘘を吐いておじゃんにしようとしたのだからそれも当然だ。
だが本心を伝えるのも憚られ上手く言い逃れをしようと思うが何も思い浮かばない。
沈黙が続く。
「私が事を急いたからかな。なかなか2人の時間を作れないから少しでも長くいられたらと思ったんだ。その…関係を進めたいという欲がないわけではないが、無理強いはしたくない。だがそう取られてもおかしくない発言だったと思う。軽率だったね、本当に申し訳ない」
沈黙を破ったのは半助だった。
「!!頭を上げてください土井先生、私の問題なのです」
あまり言いたくはなかったが、黙秘して半助が傷付くのも関係を拗らせるのも本意ではない。
「…昨夜は嘘を吐いてしまい申し訳ありませんでした。忍務はなく少し長めの休みに入っています。
ですが、あなたには今一番側にいてあげなければならない存在がいる。
あなたにはもっと大切なものがある。
私はこうしてたまにあなたの恋人としての時間を頂けるだけで十分幸せなのです」
深々と頭を下げその場を立ち去ろうとした瞬間、背後から抱きしめられる。
「君はいつもそうだね、すぐ目の前からいなくなってしまう。
君のことを想わない日はないよ、利吉くん。
きり丸のことも大切だけど君のことも大切で、そこに上下も大小もないんだ。どうか私からも君自身の気持ちからも逃げないで」
半助の利吉を抱き締める腕にグッと力がこもる。
「私には会いたくなかった?一刻でも長く共に過ごすのは嫌?もっと会いたいと願っているのは私だけ?君とこうしてたくさん触れ合いたい、抱き締めたい」
「…あ………」
耳元で囁かれ小さく声が漏れる。
身体を駆け巡るなんとも言えない感覚に身を捩り半助と真正面に向き合う。
「…そんなのっ!私だって同じに決まってるじゃないですか…!」
言ってしまった。
口から出たものは戻らない、嘘を吐いたときと同じ。
「私は、あなたたちの時間を邪魔したくない。
だから最低限の時間だけでも幸せだったはずなんです!
でも本当はもっとあなたと一緒にいたい…。
お兄ちゃんはずるい、こんな方法で本音を引きずり出して…ずるい」
グリグリと半助の胸に顔を押し付ける。
「今の私はとてもプロの忍者とは思えない…ああぁ…」
自己嫌悪にまで陥ってしまったが利吉の全てがいじらしくかわいい。
「しかし今日はこのまま帰りましょう。きり丸もそろそろ帰ってくるのではないですか?」
「今回の休みはきり丸はしんベヱのご実家に遊びに行っているよ。部屋に来る前にきり丸から聞いただろう?」
「あっ…」
何故忘れていたのか…。
いろんなことに気が逸れてすっかり失念していたのだった。
「本当に申し訳ありません…土井先生に嘘まで吐いて余計な心労をおかけしてしまった…」
また胸に顔を埋め深いため息をつく利吉の頭部にすりと顔を寄せる。
「いや、いいんだ。こうして早々に誤解も解けたし、ね?結果オーライだよ」
「はい…」
「ねえ、昨夜のリベンジをしたいのだけど良いかな?
利吉くんの気持ちも尊重したいが、私たち2人の一緒にいたいという気持ちも大切にしたい。
宿を取ってゆっくり休んで、これからのことを話そう」
「…はい!」
「ちなみにきり丸にはもうバレていたし何故教えてくれないんだと怒っていたよ」
「ああ…やはりそうだったのですね…今度改めてきり丸にはご挨拶させてください」
「うん。君のお父上と母上への御報告もしなければね」
「ええ、そうですね…ところで何故女装して来られたんですか?」
「痴話喧嘩に見せた方が君も逃げにくいかなと思って」
「なるほど…?」