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    tenni_idol

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    tenni_idol

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    現パロ雑利で利が雑の手首を掴む話

    「はっ…はっ…」

    衝動のままに走り出していた。
    バイトの出勤時刻が迫ってきているがそんなことも忘れて無我夢中で。

    「はあっ、はあっ……つっ…」

    苦しい。もう走りたくない。
    だが、会えないだろうと探すことすらしなかった愛しい人の姿を見てしまった以上この足を止めるわけにはいかなかった。


    『前世の記憶があり、前世では忍者として室町時代を生きていました』
    人に言えば笑われるか正気を疑われるであろう秘密を山田利吉は抱えていた。
    記憶を取り戻したのは12の頃で、さすがにその年齢ともなると周囲に言いふらすような迂闊なことはしなかった。
    加えて、両親は前世と変わらない大切な人たちで、当時とは境遇が変わった兄のように慕った人とも12の頃に再会したために前世への未練も特にはなかった。
    ある一点を除いて。
    それは前世の恋人とは再会できなかったこと。
    過去形としているのは、彼と出会ったのは当時18の時で、今の自分はもう20歳と出会いの時を逃しているからだった。
    今世では縁がなかったのだろうと忘れようとしていたのだが。

    いつも通りバイト先に向かう道中、遠くを歩く通行人たちの中に一際目を引く男がいた。
    遠目で見てもガタイがよく身長も随分と高い。
    利吉はその男のことが気になって仕方がなかった。
    その男に近付こうと利吉は歩くスピードを上げた。
    しかし男とは随分距離がある上に、身長が高い分一歩も大きいため中々距離を詰めることができない。
    もどかしい思いをしていると直進していた男が道を左に曲がる。
    一瞬横顔が見え、利吉はハッと息を呑む。
    男の左目には眼帯、口元を覆う白い不織物マスク。
    次の瞬間には駆け出していた。

    (雑渡さん…雑渡さんっ!!)

    前世の恋人、雑渡昆奈門。
    組織に所属する彼とフリーの自分では思うように共に過ごす時間は取れなかったけど、時間の許す限りあの人と過ごし、たくさん触れた。
    だから、間違えるはずがない。

    (絶対あの人は俺が愛した人だ…)

    軍師騒動で彼と対峙したあの森の木々のように通行人や信号が行手を阻む。
    タイミング悪く赤に変わった信号の前でたたらを踏む。

    (待ってくれ、どうか行かないで)

    信号が変わりすぐさま走り出すと、全力疾走の甲斐あって徐々に距離が縮んできた。
    男が目的地に入る前に捕まえなければならない。
    前方を見ればいつも自分も利用している駅が近付いている。
    男は駅構内へと入って行った。
    駅ならばホームで話しかけるか、最悪同じ電車に乗ってしまえばいい。
    なんとか速度を上げて駅構内へと雪崩れ込み、改札をくぐると一段飛ばしでホームへの階段を駆け上がる。

    『3番ホームに電車が参ります』

    電車がホームへと入っていく音がする。

    「くっ…はあっ、はあっ」

    階段を登り切ると電車は停車しており、既に列の人々が吸い込まれていっていた。
    階段を登ったすぐ先の列は他の乗り口に比べて列が長い。
    最後尾を見れば、追いかけてきた男がいた。

    がしっ!

    間一髪、彼が電車に乗り込む前に捕まえることができた。

    「はあーっ…はあーっ…」

    なんとか呼吸を落ち着かせようと深く息を吸いながら、顔を見上げると男が驚いたように目を見開いている。
    それもそのはず、彼は突然背後から大きく息を荒げた見知らぬ男に手首を掴まれたのだから。
    この雑渡と思しき男の顔に見えるのは突然手を掴まれたことへの驚きのみ。

    「あ…」

    記憶があるとどこか期待していた。
    よしんばなかったとて、顔を見ればわかるのではないかと。

    (そんな…)

    とにかく彼と接触することしか考えていなかった。
    彼に記憶がないのであれば今の自分はどう考えても不審者。
    全力疾走で酸素の足りない頭では碌な言い訳も思い浮かばない。
    せめて話しかけていればまだやりようはあっただろう。
    ぼやっと視界がかすみ、耳鳴りと共に遠くなる耳。
    酸欠だ。
    体中から力が抜け手首を掴んでいた手がするりと離れてしまった。

    (くそ、こんな距離程度で酸欠とは…)

    すっかり現代っ子になってしまった己に涙が滲む。
    倒れ込みそうになった瞬間、ぎゅっと身体が拘束される。

    「…山田利吉くん。私が言うのもなんだけど今の君、相当不審者だよ」
    「…えっ?」

    目の前の電車が二人を置いて走り去って行った。


    「はい、水」
    「ありがとうございます…」

    利吉の酸欠の症状を落ち着けるため、二人はホームの待合室に入った。
    雑渡は利吉の肩を抱き、すりと頭に顔を寄せる。

    「雑渡さん絶対記憶なかったんじゃないかと思うんですけど」
    「なかったよ。けど、必死の形相で私の手首を掴んだ君の顔を見たら思い出した。私たちが初めて対峙したあの時を」

    利吉は苦虫を噛み潰したような顔をする。

    「……たしかにあの時の再現のようになっていましたね」
    「ああ、相変わらず無茶をする。だけど、また私を引き留めてくれたね。ありがとう」

    雑渡がマスクを下ろし利吉の頭に唇を寄せる。

    「それにしてもこんなになりふり構わず追いかけて来るとはね。愛されてるねえ私」

    揶揄うような言い様に利吉はむすっとしてぷいとそっぽを向いてしまった。

    「揶揄わないでください。貴方本当にそういうところですよ」
    「揶揄ってないよ。本当に嬉しい」

    真剣な眼差しで利吉を見る雑渡に溜飲が下がる。
    だがこれまで記憶がなかった雑渡に一つ懸念がある。

    「雑渡さん、不躾な質問をしますが恋人や配偶者はいらっしゃいますか」
    「数年前に離婚して今は独り身」

    懸念が杞憂だと分かり利吉はほっとしたように小さく笑った。

    「心配なら独身証明書も出すよ」
    「そ、そこまで心配していません!」
    「私からもひとつ聞きたいんだけど今いくつ?」
    「20歳です」
    「へえ…」

    それを聞いて、利吉の肩を抱いていた雑渡の手が利吉の首筋をつつとなぞる。
    利吉はびくっと反応してしまい、さすがに雑渡を嗜めた。

    「ちょ、雑渡さんここ駅ですひゃっ!?」

    雑渡は利吉の耳に唇を寄せる。
    耳に息がかかりこそばゆい。

    「なにをっ…」
    「この後予定は?」
    「耳元で喋らないでくださいっ!20時までバイトです!」

    雑渡はふむと呟く。

    「その後と明日の予定は?」
    「なにもないです…」

    雑渡は利吉の耳元から離れるとスマホを取り出した。

    「積もる話もあるし今夜食事でも行こう。連絡先くれる?」
    「あ、はい…」

    利吉もスマホを取り出しチャットツールと電話番号の交換をする。

    「それじゃあ、またあとで」

    雑渡はマスクを上げて待合室を出て行った。

    「再会して10分も経ってないぞ…手が早すぎる」

    雑渡の手の早さに呆れながら耳を触る。
    と同時に、諦めていた前世の恋人との邂逅に数百年ぶりにときめいた。
    のだが。

    『ホ、ホテル…?今日帰す気ないでしょう!』
    『ルームサービス美味しいよ。ガッツリ食べられるし』
    『俺は普通の飲食店がいいんですが!こんな露骨なことします?呆れました。ヤりたいだけじゃないですか』
    『来ないの?』
    『行きますけど!!』

    数分後に送られてきた食事の場が高級ホテルの部屋だったために利吉は激怒のチャットを連投するのであった。
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