未来ifアクドル卒業未来ifアクドル
貴族会場に設置されたプロジェクターが起動する。
入口から最も遠く、少し段差をつけた場所に設置された装飾された椅子。そこに入間は座っていた。
パッと映し出されたのは、トップアクドルのくろむだ。
これは映像記録ではない、生配信だ。
貴族故にアクドル好きを隠す悪魔は少なからずいるだろう、と入間は身近な貴族から聞き及んでいた。プライドが邪魔するのは悪魔も同じなのかと。
これは、少なからず悪周期が近いだろう貴族達へのプレゼントでもあった。そこに下心は当然とはいえないが、なくもなく。
孫養子として迎えられ、また貴族でもある入間が作った借り。他貴族悪魔達への。
断ることなど、させはしないという右腕からの助言だ。
「借りを返していただきたいんです」
くろむーーケロリが執務室へ入るやいなやそう言った。
「えっ」
突然のことに入間は目を丸くする。
「確かに配信許可はしました。でもそれは個人的なお願いでしたよね?」
生配信をするのは貴族会のみーー中継はその場所だけで、一般家庭では見ることはできなかった。
「クロケル、それが条件で受けたのだろう。貴族達はお前を認めてるんだぞ」
アスモデウスが淡々と言った。
「トップアクドルのライブ中継……普段テレビを見ない者たちも関心していた。今後のチケットもグッズも売上が伸びているときいたが?」
「それは重々承知してるわ。でも、それとこれとは別。承った命は貴族会で私が歌う姿を見せること。生で歌うのは難しいと言えば、配信してほしいと『個人的意見でお願い』されたからね。その借りを返して欲しいだけ」
「屁理屈ではないのか」
「魔王の命令には従ったわ。入間さんのお願いも聞いたからよ」
ああ言えばこう言う、氷の家庭出身の真は熱い女性悪魔にアスモデウスは手で顔を覆って天井を仰いだ。
「それで僕は何をしたらいいのかな」
2人の会話が一段落したと見、苦笑しながら入間はケロリに問う。
キラリと彼女の小さな認識阻害メガネが光る。
「イルミとゆかいな仲間たちの卒業ライブよ!!」
「は、はぁああああああ!?」
執務室にトップアクドルと魔王にその右腕の叫びが木霊した。
「えぇ……それ事務所の意向なの……?」
困惑した顔で入間が尋ねればケロリは淡々と
「そうよ。あとは私のケジメかしら。マルさんとも相談して決めたからね」
そう言った。
「むしろまだ所属していたことに驚いているんだが。なぜそうなっている?」
アスモデウスが問う。
「もしかしたらまたヘルプを頼むかもしれないって席だけ置かしてもらっていたの」
「入間様の許可を取ってからにしろ!! ……というか、仲間たち……」
これまた即答され、なぜ学生時代の手助けした状態が報告されていなかったのかとつっこむ。だが、そのチーム名に含まれているのは。
「それって、アズくんとクララもアクドルで出るってことだよね?」
「ええ」
「待て待て待て。確かにイルミ様の横にはアリスがいなくてはならないが、さすがに今の私では無理があるぞ……」
「え、アズくん出るの?」
「体格的に無理だと言ってるんですが、魔王様」
「それは僕もじゃない……?」
今や立派な成人男性。サブノックほどではないにしろ、アスモデウスも入間も体術中心の術を使うため、平均よりも筋肉があり体躯は男性そのものだ。こと入間はさらに身長も伸び、魔術とはいえ弓を使うために肩と腕周り、足腰はどっしりとしている。もちもちと言われていた学生時代とはうってかわり、スカートから足が出ても女子には見えないだろう。ましてや、女装したところでそれは果たして「アクドル・イルミ」なのだろうか。
同時に、入間よりも背が高いままのアスモデウスもさらに筋肉がつき、より体躯がしっかりしている。学生時代でも肩周りは男のそれで近くで見れば丸わかりだった。声もそこそこ無理して高くしていたのだ。
想像してーー男二人は頭を振った。
「だから卒業ライブなのよ」
ふぅ、とケロリが息を吐く。
「限定配信していた当時の映像が転載されていたみたいでね、それを見た視聴者や当時を思い出したファン達が事務所に問い合わせてきてね。ああ、無断転載していた犯人はアロケルさんがツテを辿って捕まえてくれたからそこは安心して。問題は問い合わせがまだ続いてるという事」
大事にはしたくなかったんだけど、と彼女は継ぎ足した。
ハッキングされてしまうのは仕方がない。そういった能力を持つものもいるだろうし、悪魔にとってそれは遊びの一種とも言えるだろう。だが問題は限定公開されていた謎に包まれたアクドルだと言う事。
「それ……大運動会のも……?」
「あれは中継だけだったから……でも録画されていたのを流されてたら……」
入間は頭を抱えた。ブスと言われ、見返したくて、役に立ちたくて、悪周期へと入ったための振る舞いで恥ずかしかったというのに。彼にとってあれは黒歴史に近い。
ちらりと右隣に控える側近を見れば、思い出していたのか顔を覆って震えていた。それは歓喜の震えであると当時は素晴らしくとてもカッコよくやはり風格が現れるのですねと舌がよく回っていたので分かった。褒めすぎではとも思う。
「もう彼女を出して、テレビから見ることはできない、と分からせないといけないんじゃないのかっていう意見が出たの」
「借りどころじゃなかった。……ケロリさん、それ僕に普通に頼めばよかったんじゃないの?」
すっ、と真面目な顔に戻り入間は彼女を見つめる。
「……あなたは、今でも頼んだら断れないでしょ?」
拳を握り、少しだけ視線を逸らして彼女は呟いた。
「無茶苦茶なのとか、理不尽なこととか、どうしても外せない用事があったらさすがに断るよ」
だから、ね。と椅子に座る青年は言うように促す。側近も今はただ傍に控えているだけだ。
「デビムスの騒動を抑えるために、イルミとゆかいな仲間たちとして、卒業ライブをしてくれないかしら」
「うん。いいよーーチーム名だけはしまらないなぁ」
こればかりは仕方がないわ、とケロリは言った。
「アズくんもごめんね。クララに連絡しないと」
「私は入間様のご意向に沿うだけです。あとあのアホには先程連絡を入れました。そろそろ来る頃かとーー」
アスモデウスが言い終わる前に、廊下から音がひびき、執務室へと緑の塊が転がりこんできた。びくりとケロリの体が跳ねる。
「ちっす、ケロりん! アクドル・くらりんさんじょーだよ!!」
「魔王様の御前でなんだその入室は!!」
「ここの廊下回りやすいから、つい」
「いつまで学生気分なんだ貴様は!!」
「アズアズ声おっきーい」
「誰のせいだ、誰の」
くすくすとアスモデウスとクララのやりとりに入間は笑った。学生の頃から変わらないのはある意味、良いことでもある。
「入間ち、立って」
「え、こう?」
じーっと魔王をまっすぐ見ていたクララに促され、ガタリと椅子を後ろへと押し、左側へと立つ。
くるくる、ぐるぐると入間とアスモデウスの周りを回り、時折抱きついては背伸びをしたりしてクララは忙しなく動く。
親友とはいえ、立派な成人女性となった彼女からのボディタッチに男2人は赤くなりつつ焦る。その様子にケロリは呆れていた。
「うんうん、大体分かった。ん〜、しょっと」
ぽんぽん、とスカートの両サイドに縫い付けられた表情のあるポケットを叩けば煌びやかな衣装が出現する。
「イルミちとアリアリの大人バージョン衣装だよ〜!!」
クララの家系能力・トイトイの応用編だ。
彼女自身が把握すれば、衣装や小物などは大きさを変えられるようになった。おもちゃ箱とは逆になるそれは今、実に有用であった。
「やっぱりクララは凄いね」
「本当に……」
にこやかに笑う入間と、なぜ能力者がこいつなんだと頭を抱えるアスモデウス。
1度見たものはほとんどなんでも出せる能力は、魔力がつきない限り無尽蔵すぎて便利だ。ふだんおちゃらけていても、6人姉弟の長女で責任感があり努力家の彼女には2人もなんどか助けられた。
今はだいぶ落ち着き、他者の名前も正確に覚えられるようになっているのだが。
「それで、いつやるの? 明日?」
こてん、と首をかしげながらクララはケロリに尋ねる。
「そんな訳があるか、アホウ」
ぺす、とアスモデウスの人差し指が緑の頭へ置かれた。異性には優しくしろと教わった彼なりの叱り方だ。
「えーだって早くやっておいた方がいいじゃんよ」
「同意だが、入間様のスケジュールの調整がある」
「魔王ち忙しいそがし?」
「結構ね」
バラバラっ、と手帳をめくっていく右腕に、クララが入間に抱きつきながら問うた。
「さすがに恐れ多いから空いてる日を教えてほしい、とは言っていたわ」
「それでなぜ出演する流れになるんだ……」
はあ、と魔王の右腕は頭を抱える。事務所はイルミ達の正体を知っている。これきりだとしていたはずが、あれよこれよと理由づけて出演したのだから、どこか期待しているのかもしれない。
「アズくん」
「……早い方がいいのは確かです。1週間後、貴族大会議の翌日ならば空いておりますが……さすがに」
その後というのは厳しいかと。と手帳をめくっていた手をとめ、眉を下げてアスモデウスは言いよどんだ。
貴族大会議は昔参加した。厳粛なる場所に、祖父とSDと共に出たし、その後もなんどか参加している。これは確かに疲れるし、出たがらない右腕にも納得した。
その会議翌日。疲労困憊なのは目に見えているし、きっちりやりとげられはしないだろう。
「……デビュラム欠席しちゃだめ?」
「私含め13冠全員が参加するものですので」
「それは出なきゃだよね〜……」
ずああ〜、と再び椅子に座った入間は両腕を伸ばして机に突っ伏す。
「途中で抜けちゃダメなの?」
ふよふよとしっぽを遊ばせながら、クララが首を傾げる。それに男2人、目を丸くした。
参加は必然。しかし退席してはならないというルールはない。何しろ入間は魔王。視察に行くなり、休むなり、理由さえあれば咎められることなどありはしないだろう。
側近であるアスモデウスもまた、彼のサポートだと言えば離れられる。魔王とその右腕が常に一緒なのは周知の事実。
「さっすがクララ……ありがと……」
「どうしても出席せねばという先入観が……そうか途中退席……」
嫡男としてたまにとはいえアスモデウスも大貴族会にはなんどか出席していた。ほぼ母親に連れられて、だが貴族たしなみとして身に染み付いてる。体調不良でもない限り、ありえないと思ってしまっていたのだ。
「では昼食後、我々は遠征が入って準備をしなければならない、という体で抜け出しましょう」
「いいけど、アズくん……楽しんでない?」
「いいえ?」
「んもー、すーぐ忘れるんだからぁー。あのね、入間ち。私達は悪魔なんだよ?」
ぶぅ、と頬を膨らませるクララに、ケロリが眼鏡を光らせ
「楽しい事には全力を出しますよ」
と高らかに宣言した。
3人の悪魔達はその目をぎらつかせている。
「ああ、もう! 僕魔王で良かったよ!」
食べられる心配がない、と入間は笑いながらそう言った。