大事にしたくて ブラッドリーは憤慨していた。眉を吊り上げて呆れてもいた。派手好きなわりに節度のある照明に照らされるのは宝石でも銃でもない。死に際の呪詛を食らった俺の、見るも無惨な手だ。
「……痛いか?」
「全然」
「ははっ重症だな」
軽く笑い飛ばしたくせに、眼光は鋭い。存外きれいななりをした指先が塗り薬を取った。筋張った俺の手の甲へと滑らせると、ぐっと練り込むように力を入れる。手首から先は錘が吊り下がるみたいに、ぶらんと揺れ動いた。
「てめえの武器を大事にしねえって、どういう了見だ」
「うわ」
分厚い鱗のようにぽろぽろ浮き上がる肌から、煙が上がった。烟る先からチーズみたいに皮膚がこそげ落ちていく。痛みこそなかったが、正真正銘、俺の肌が硬くなったものらしい。剥がれる先から肉が覗き、すかさずブラッドリーは呪文を唱える。軟膏をたっぷり掬った手に包まれて、薬効に混ざった魔力ごと浸透していく。
「何とか言ったらどうだ」
「こ……こまで大ごとになるとは思わねえだろ」
ふん、と鼻を鳴らされた。
こんな大ごとにするとは、を危うく呑み込んだつもりだったのに。
「魔法使いが呪い舐めてんじゃねえぞ」
「うす……」
「……」
「……」
機嫌は悪いのに、いつになく慎重な手つきはちぐはぐで、こそばゆい。
「サフィが生きてりゃな」
「ああ?」
「あんたの手間かけさせなかったのかなって」
「…………」
「呪いを解くのはあいつが上手かったじゃん」
「まあ、そうだな」
卑怯な照れ隠しだった。ガキの頃でもあるまいし、ふたりっきりの部屋で、膝がくっつくほどの距離で。肩を抱いて酒飲んでつまみをかっくらうでもなく、気持ちよく酔っ払って手を繋ぐのでもなく、膝の上で眠りこけるでもなく、シラフのまんま——五日間月明かりにさらしたナントカの葉だとか、百五十年実をつけていない凍塊樹の表皮だとか、手間のかかったものを用意したのも、本当なら全身に及ぶはずの呪いを手首までに押し留めたのもブラッドリーで——
「言いてえことはそれだけか?」
「は? 他に何が……」
「あるだろ」
相棒と、向き合っている。
皮膚が裂けて滲む血が堰き止められた。分厚い皮を剥がされて生肉同然だった手は人のそれらしい形を取り戻す。短い爪の形も見えてくる。ひくりと人指し指が折れ曲がった。俺の意思はたしかに伝わるようになった。
あかぎれと酷似した手に、ブラッドリーの手が這わされた。小指から薬指、中指と人差し指と、一本ずつ撫でて、曲げて。見るからにぼろぼろの指が、陶器で作られた人形みてえに思えてくる。
労りと慈しみを滲ませるそいつの手は、何度かお目にかかったことがあった。手にしたお宝や愛用の銃をバラして手入れをする時なんかは、華奢な首飾りの留め具を外す時より繊細で、神聖に見えた。ブラッドリーはそれらを等しく愛していて、俺の腕を同じように買っていることは誇らしくあったが。
たぶん、そういうことじゃない。
「……ありがとな」
「おう」
分かっていて、またしても俺は逃げた。それなのに、ブラッドリーはお構いなしに、無防備に笑ってくるから堪らない。こいつの相棒になったことが嬉しくて、まだブラッドって呼べないでいる。