V.D 風呂から出てリビングに戻ってみると、ソファには水色頭。そしてテーブルの上には水色の袋が乗っていた。
「ただいま」
「おう」
冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、愛染の反対側に座る。風呂上がりの身体は水分を欲していて、一気に半分ほどを飲み干してしまった。
ふーっ、と息を吐いたオレに、愛染は「オジサンみたいだよ」なんて言いやがった。うるせぇ、お前の方がオレより一つオジサンだろうが。そう思って軽く睨んでやったけれど、愛染は妙に機嫌が良さそうにニコニコしている。気持ち悪いヤツだなおい。
「はいこれ、剛士の分」
怪訝な顔のオレにはお構いなしに、愛染はテーブル上の袋をこっちへと押しやってくる。誕生日でもないのに、一体何だというのか。さっぱり意図が分からない。
「……何だ、コレ」
「え、剛士まさか、バレンタイン知らないの?」
「うるせぇ!知らないわけねえだろ!」
馬鹿にしたような言い方に、つい声を荒げて言い返す。……あ?ちょっと待て、今バレンタインって言ったか?
「バレンタインって、女が男にチョコ渡す日じゃなかったか?」
いくら興味が無いといっても、オレだってそれくらいの常識はある。男のコイツが男のオレに渡すのはおかしいのではないだろうか。
「今時、男とか女とか関係ないでしょ」
そう言われればそうかもしれないが、呆れたような顔をするので、そういう態度はやっぱりちょっと腹立たしい。
「まあとにかく、剛士でも嫌いじゃなさそうなヤツだから」
オレの目の前に移動してきた紙袋をあらためて眺める。小さいけれどもしっかりとした作りと光沢感。書かれているブランド名は知らないけれど、きっと高級なものなのだろう。
袋から小箱を取り出すと、微かにチョコレートの香りがした。箱の表面にも、凝った飾りが施されている。
「コーヒー、淹れてくる」
愛染がじっと見ていることに居心地の悪さを感じて、オレは席を立った。
コーヒーメーカーの音だけが響く空間は、沈黙を際立たせる。
「お前も何か飲むか?」
「ううん、いらない」
たった一往復で、会話も途切れてしまう。それ以上話すことなんて思いつかないまま、熱いコーヒーの入ったマグカップを持ってソファへと戻った。
いつもならあれこれ鬱陶しく話しかけてくる愛染は、スマホをいじっているけれど、ちらちらと視線をオレに向けているのがわかる。チョコレートの感想を聞きたいのだろうということは、想像がついた。
繊細な作りの箱を乱暴に開けるのは躊躇われて、丁寧にシールを剥がす。蓋を開けてみると、甘みの少なそうな色のチョコレートが入っていた。一つつまんで、口に運ぶ。思った通りの、ビターチョコレート。そのまま齧ったら、カリ、と固い食感。これはアーモンドだろうか。
「……うまい」
小さく呟くと、スマホから顔を上げた愛染は、嬉しそうに笑った。