Bad choice 健十が左手をそっと添えると、剛士は少しだけ頬を寄せてくれた、気がする。瞳を覗き込んで、視線でこの先の伺いをたてる。ぱち、とひとつ瞬きをしてから、剛士は静かに目を閉じた。
触れるだけのキスを繰り返しながら、空いている右手を、剛士のシャツのボタンにかける。首元のそれは思ったよりもきつくて、外そうとする健十の爪が当たる度に、カチ、と固い音が鳴った。
「ふ、」
突然、剛士がくすくすと笑い出す。
「……なに?」
せっかくのいい雰囲気を壊されて、むっとしたように健十は言った。
「いや、やっぱ不器用だなと思って」
「っ!」
細かいことが苦手な自覚はあるが、何も今、この場面で指摘しなくたっていいのに。愉快そうに笑みを浮かべる剛士とは裏腹に、健十の機嫌は急降下だ。思い通りに動いてくれない指先が恨めしい。
「うるさいな。俺の手で扱うには、このボタンが小さすぎるんだよ」
ぶつぶつと文句を口にするが、剛士にはすぐに反論される。
「これを着ろって押し付けてきたのはオマエだろ」
「そうだけど……!」
正論過ぎてぐうの音も出ない。今日の剛士の服装は、健十が見立てたものだった。ラフな格好ばかりの剛士に、普段と違う系統の服を着せてみたいと思ったのだ。観劇デートだからと、劇場の雰囲気に合わせてややフォーマルなコーディネートにしたのが仇となった。
「剛士がいつも、Tシャツとかばっかりだから! ボタン付きのシャツなんて脱がせる機会ないんだから、仕方ないだろ」
八つ当たりのような言い訳に、剛士はやや呆れ顔だ。
「そんなんで自分のシャツはどうしてるんだよ」
「普通に両手でやれば問題ない!」
健十のその言い分に、いよいよ剛士は本格的に笑い出した。
「かっこつけようとするからだ、バーカ」
そう健十を貶しながら、剛士は襟元に右手をやった。そして、あっさりと片手で、一番上のボタンを外す。
「で、どーすんだ?」
挑発的な態度と言葉に、乗ってやるのも癪ではある。しかし、忙しい日々の合間、久しぶりの夜を逃したくはない。少しの文句は飲み込んで、健十は剛士のシャツに両手を伸ばした。