What do you want? 可愛いなぁ。
口に出したつもりはなかったんだけど、目の前のちっちゃい甲洋が顔を赤くしてるから多分言葉にしてたんだと思う。別にいいよね、ほんとにそう思ったわけだし。
「甲洋」
俺の記憶にあるより小さな手を取って首元に誘導する。スカーフに触れた手がひくっと跳ねた。
《この人ほんと何考えてるんだ…!?》
戸惑う声が聞こえてくる。俺の甲洋と違って心に壁なんて作れないから駄々漏れだ。それがまた可愛くて笑ったら後ろから不機嫌そうな咳払いが聞こえた。余裕ぶってるけどいつもよりちょっとぴりぴりしてる。変なの。誘ってみたらって言ったの、甲洋なのに。
俺がそんなこと考えてる間もちっちゃい甲洋はずっと混乱してて、何とか逃げようと引いた小さな手がスカーフに引っ掛かった。
「ぅわっ!」
バランスを崩してちっちゃい甲洋に倒れ込む。至近距離で見た顔はさっきより真っ赤になってる。ほんとに可愛いな。
《……かわいい……》
俺が思ったのとおんなじタイミングでそんな声が聞こえた。嬉しい。俺のこと可愛いって思ってくれるんだ?
「君の方が可愛いよ、甲洋」
だから、欲しいな。
耳元で彼にしか聞こえないように言うと細い肩がびくっと跳ねた。一度は離れた小さい手がそろそろと俺のスカーフに伸びて来て、ぎこちなくそれを抜き去る。そのままシャツのボタンに触れて、
「はい、時間切れ」
不意にちっちゃい甲洋から離された。顔だけで後ろを見ると、いじわるな顔をした甲洋と目が合う。
「来主、甘やかし過ぎ」
「ええ? 何処が?」
「これまでの全部かな」
俺にはそんな風にしない癖に、って心の声が聞こえた。あ、もしかしてちょっと拗ねてる? めんどくさいなもう。
「欲しいならそれ相応の努力をさせないといけないんだよ。……お前もそれくらい分かってるだろ?」
視界の端でちっちゃい甲洋がひくりと跳ねた。そろそろと顔を上げた彼は困惑した表情で視界に捉えた俺と甲洋を見比べる。
「そんな顔したって無駄だよ」
笑ってるのになんだか冷たく聞こえる声で甲洋が言う。ああほら、ちっちゃい甲洋がまた俯いちゃった。昔の自分なんだからもう少し優しくしてあげなよ。
呆れながら心に直接声を掛けたら「だからだよ」って返された。言いたいことがよくわかんない。みんなと同じ言語を使ってるはずの甲洋の言葉は、たまにすごく難しい。
「……お、れは……」
ちっちゃい甲洋がぽそぽそと何か呟いた。よく聞こえなくて耳を近づけようとしたのに大きな手で肩を抱き寄せられる。
「聞こえない。言いたいことがあるならちゃんと言って。……言えるならの話だけど」
「……っ!」
ちっちゃい甲洋が俺越しに甲洋を睨んだ。なんで君たちそんなに仲悪いの?
「……俺が、する、から……邪魔、しないで……!」
「へぇ……」
愉しそうに、挑むように、甲洋は笑った。
「いいよ。やってごらん」
甲洋が俺から離れる。よく知ったぬくもりが離れていくのが心細くて反射的に伸ばそうとした手を、小さい手に掴まれた。
「今は…俺のこと見て、ください…」
縋るような灰色の瞳にどきっと心臓が跳ねる。安心させるように頷けば、微笑んだちっちゃい甲洋がそっと顔を寄せてくる。
触れるだけの控えめなキスは、とても懐かしかった。