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    minato18_

    一時的な格納庫

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    minato18_

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    かずこそ/びよ

    びよ5話から何事もなくこそちゃんが海神島で過ごしていたら…みたいな感じの馴れ初め話その3。
    何でも許せる人向けになってきた。まだ続きます。
    便宜上こそちゃんのことを「そうし」と表記しています。

    ##かずこそ
    ##ぽや壁

    つなぐ 傾いた太陽がオレンジ色に染め上げた公園のベンチ。僕はそこに今、真壁一騎と隣り合って座っている。触れ合った肩と繋がれた手から確かに伝わってくる体温をどうするべきか、いくら考えても答えは出そうになかった。

     そもそもどうしてこんなことになっているのか。時はほんの数十分遡る。
     
     事の発端は昨夜日野美羽に見せられたアーカイブだ。楽しげに歌う真壁一騎の姿が理解できなくて、あいつが働いている喫茶店に行った。そうしたら昼食を食べることになって、僕のリクエストで真壁一騎が作ったシチューを食べたあと、デザートを出されたんだ。

    「はい、そうし」
     ことん、と陶磁器に入ったプリンが目の前に置かれる。プリンって、容器に入って出てくるものだったか……? 皿の上に乗ってるんじゃなくて……?
    「遠見も食べ終わってるな」
    「いいの? ありがとう、一騎くん」
     遠見さんの前にも僕のと同じものが置かれた。容器に入っている以外は普通のプリンに見える。
    「……何が出てくると思ったの?」
    「いや、別に……」
     まじまじとプリンを見つめていたら遠見さんに笑われた。そんなにおかしな反応をしていたのかと思うとなんだか気恥ずかしくて、誤魔化すようにスプーンを手にした時だった。
    「あ、待て、そうし」
    「え?」
     僕を制止した真壁一騎がプリンの表面に何かを降らせる。かと思えば、片手に持っていたガスバーナーで先程の何かを炙りはじめた。何かは液体になり、ぐつぐつと音を立てて焦茶色へと変わっていく。なんだこれ、面白いぞ。
    「まだ熱いから、少し冷まそうな」
     言いながら遠見さんのも炙っていく。かけているのは砂糖かな。こんな風になるのか……。ぷつぷつと小さな泡が出来ては弾けるのを不思議な気持ちで眺めていると、隣からパシャッという音がした。まだしまってなかったのか、そのカメラ。
    「だからなんで撮るんですか……!」
    「いい笑顔だったから」
    「え……?」
     笑顔? 僕は今、笑っているのか……?
    「素敵な笑顔だよ。一騎くんもそう思わない?」
    「あぁ。そうしの笑顔、久しぶりに見た。嬉しいよ」
     遠見さんの問い掛けに真壁一騎が微笑む。さっき見た笑みよりは控えめだけど、それでもこれまで見たどの表情よりも人間らしくて、綺麗で……。顔が熱くなるのを自覚して、大きくため息を吐いてから机に突っ伏した。ほんと、なんなんだよ。こいつといると調子が狂う。
    「そうし? 食べないのか?」
    「たっ、食べる……!」
     がばっと顔を上げたら、未だに微笑んでる真壁一騎と目が合った。一体何がそんなに嬉しいんだか。よく分からない奴だ。
     視線を感じながらもスプーンをプリンに沈める。焦茶色の表面が微かにパリッと音を立てた。柔らかい部分と固まった部分を一緒に掬い上げ、一応ふぅふぅと息を吹きかけてから口に含む。熱くないのを確認してからもぐ、と咀嚼した。……美味しい。味もだけど、滑らかな食感の中に混ざったカリカリの破片がアクセントになっていて、噛む度に口の中で楽しげな音を奏でるのが楽しい。
     夢中で一口、もう一口と食べていたけど、ふと感じる視線が増えた気がして横を向いた。遠見さんが僕に向かって無言でカメラを構えていた。また撮ってるのかと内心ため息を吐いてプリンにスプーンを刺したところで、シャッター音が聞こえないことに気付く。
    「動画撮らないでくださいっ!!」
    「遠見、そのデータあとで俺にもくれるか?」
    「もちろん」
    「やめろおおおおお」
     しれっと動画を撮る遠見さんも、それを欲しがる真壁一騎も訳がわからない。というか自由過ぎるだろこの人たち。僕のことを何だと思ってるんだ。
     僕は今でも、この人たちとの距離を測りかねているのに。
    「甲洋と来主にも見せないと。きっと喜ぶ」
    「はぁ!?!?」
     データを確認しながら真壁一騎がとんでもないことを口にした。ああもう、悩む隙も与えてくれないなこいつは……! あとなんでここで他のエレメントの名前が出てくるんだ。
     問い詰めるために発した言葉は、控えめに開いた扉の音に掻き消された。
    「えっと……ただいま」
    「そうし~! 僕にもあーんさせてよ~!」
    「もうバレてるううううう!!」
     困ったように笑うこの店のマスターと騒がしいバイトを見て頭を抱える。何だかんだと親切にしてくれる春日井さんはまだいいとして、来主操は顔を会わせるたびに真壁一騎とは別の意味で調子を狂わせてくるから苦手だった。だから会う前にさっさと帰るつもりだったのに、ついまったりしてしまった。
     ……いや、なんで真壁一騎と同じ空間にいてまったりしてたんだ僕は……?
    「あ、一騎シチューだ! いいな~! そうしがいなくなってから全然作ってくれなかったんだよ~。えっ、一騎プリンもあるー! そうしっ、あーんして?」
    「やーめーろー! まとわりつくなあああ!!」
     買い出しの袋を置くやいなや、来主操は僕の元に駆け寄って来て隣に座り、馴れ馴れしくスプーンで掬ったプリンを差し出してくる。どうして大して親しくもない僕がそれに応じると思うんだろう。断固拒否の姿勢を崩さずにいると、カウンター内にいる真壁一騎の隣に来た春日井さんが苦笑しながら「そのくらいしてあげればいいじゃないか」と言った。この人、来主操に甘くないか?
    「ねーえーそうしー!」
    「お、お前らと馴れ合うつもりはないっ!」
     ぐいーっと押しのけるとやっと諦めたらしく、来主操はいつの間にか自分の前に置かれていたプリンを笑顔で食べ始めた。つい一瞬前まで不満そうに頬を膨らませていたくせに、単純なヤツだ。人間ではないと頭では理解していても、ついつい真実なのか疑ってしまう。だってこんな人間みたいな、それも子どもっぽいフェストゥムなんていないだろう。
    「……俺は、またお前と一緒に暮らしたいよ」
     ようやく落ち着いて食べられるとスプーンを手に取った僕の耳に、そんな言葉が入ってきた。顔を上げると、変わらず微笑みを浮かべている真壁一騎と目が合う。微笑んではいるけど眉が下がっていて、こう、なんだ……放っておけない気になってしまう。本当に、その顔は卑怯だ。
    「ぼ……僕はお断りだ」
     ふんっと顔を背ける。このまま絆されてたまるか。僕は乙姫のことを許したわけじゃないんだ。今日だって、こいつが人間なんかじゃないことを確かめるためにここまで―――
    「ああ、分かってる」
     それは、とても静かな声だった。寂しそうで、泣きそうな、そんな声。
     逸らしていた視線をそろりと戻す。真壁一騎はもう、僕を見ていなかった。どこか遠くを見つめながら目を細めている。時には硝子玉にすら見える琥珀色の瞳が、揺れている気がした。
    「今日は楽しかった。気を付けて帰れよ。遠見、そうしのこと頼む」
    「う、うん……」
     遠見さんも真壁一騎の様子がおかしいことに気付いているらしく、頷いたもののその場から動こうとしない。僕も、このまま帰るのは寝覚めが悪い。でも、どうしたらいいのだろう。こいつの機嫌の取り方なんてわからないぞ。
     必死に思考を巡らせていると、隣から「はいはい!」と元気な声が上がった。
    「お泊り会しよーよ! 美羽たちも呼んでさ!」
    「え」
    「いいね、それ」
     来主操の思いがけない提案にすぐさま春日井さんが同意する。やっぱこの人甘やかしてるな。じゃなくて。お泊り会ってなんだ……? みんなで泊まるのか? どこに……? 
    「そしたら、佐喜さんには私から話しておくよ」
    「ま、待て、何勝手に話を進めてるんだ……!」
     混乱してる僕をよそに遠見さんまで賛成するものだから、いよいよまずいと思って待ったをかける。でも、僕が言葉を続けるより先に真壁一騎が口を開いた。
    「……まだ、そうしと一緒にいてもいいのか……?」
    「もちろんだよ! 一騎のご飯食べたいし! ねっ、いいでしょ、そうし!」
    「いいわけな……」
    「いいよね?」
     ずいっと顔を寄せてきた来主操にきっぱり断りを入れようとしたのに、すっと横に立った遠見さんの圧のこもった一言で何も言えなくなった。遠見さんは遠見さんで、真壁一騎に甘いんだ。
    「…………今回だけですよ」
     わざとらしくため息を吐きながら言ったのに、僕の心情を知ってか知らずか、真壁一騎がそれはもう嬉しそうな笑みを浮かべた。さっきまでの危うさが嘘みたいだ。 
    「そうし、何が食べたい? 好きなものなんでも作るよ」
    「お前の施しを受けるつもりはないっ!」
    「じゃあ、そうしが作るの?」
    「………え?」
     流されてはいるが僕まで乗り気だと思われたくなくて提案を突っぱねたら、来主操が不思議そうに顔を覗き込んでくる。思ってもみなかった問いかけに返答に詰まっていると、真壁一騎が目を瞬かせた。
    「そうか、そうしも料理が出来るようになったんだよな。一緒に作ろうな」
    「なんでそうなる!?」
    「あ、だったら買い物に行かないと。遠見、連絡は任せていいか?」
    「うん。買い出しお願い、一騎くん」
    「ありがとう。行こう、そうし」
     また僕を無視して会話が進んでいく。この人たち、僕にも意思があるということを忘れてるんじゃないか? 異議を唱える前に、カウンターから出て来た真壁一騎に当たり前のように手を握られる。何から抗議すればいいんだ……!
    「はーーなーーせーー!!」
    「……手を繋ぐのはダメか?」
    「だっ………………〜〜〜〜〜っ!!」
     まただ。真壁一騎はしょんぼりと眉を下げ、瞳を揺らす。その顔は卑怯だって言ってるだろ。
    「お前、その顔すればなんでも許されると思ってないか!?」
    「え……?」
     あ、こいつ無自覚だ。たちが悪いぞ……。
    「俺、どんな顔してるんだ?」
    「なんか、こう………ひとりぼっちで寂しい子ども、みたいな………?」
    「ひとり………」
     さすがに子どもは言い過ぎだろうか。アーカイブで見た子犬のような、という表現でも良かったかもしれない。どちらにせよ、真壁一騎の精神が見た目相応の成熟さだとは思えないんだよな。
     そんなどうでもいいことを考えていたときだ。視界で何かが光った気がしてそちらに意識を向けたら、真壁一騎の頬を涙が伝っていた。
     ―――まただ。こいつの涙を見ると、胸がざわついて仕方ない。
    「な、なんで泣く!?」
    「あ……悪い、すぐ止める」
     真壁一騎は何故か謝ると、手でぐしぐしと目を擦り出す。もう何から何まで行動理由が理解不能だ。今のは謝るところじゃないだろう。そういうところ、腹が立つ。
    「あーもー擦るな」
     手を掴んでやめさせ、持っていたハンカチで濡れているところをぽんぽんと叩いてやる。大人しくされるがままの真壁一騎に安心してあらかた拭き取ると、目元が赤くなってしまっていた。あれだけ擦れば当然か。
     何となく。本当に何となくだけど、今のこいつを他の人と一緒にいさせたくなくて、さっき繋がれた手を今度は僕の方から握った。
    「着いてこい、真壁一騎」



     そうして近くの公園まで真壁一騎を引きずって来て、水に濡らしたハンカチを目に当てさせたところで冒頭に戻る、というわけだ。
     しばらくの間、僕も真壁一騎も何も言わなかった。本来、共通の楽しい話題なんて僕らの間にはないのだから当然の結果かもしれない。それでも、あの場に居続けるよりはマシな気がした。
     どれくらいそうしてたんだろう。真壁一騎が、小さく呟いた。
    「……そうし、そこにいるか?」
     風にとけそうな程の幽かな声。聞かせる気があるのか、答えを聞く気があるのか、わからない問い掛けだった。
    「………なんだ、真壁一騎。僕はここにいるぞ」
    「そうか……よかった」
     繋がれたままの手に、そっと力が込められる。僕より大きなそれは、乙姫を奪った忌むべきものだ。同時に、美味しいシチューやプリンを作る手でもある。
    「……待つつもりだったんだ。お前が自分で決めるまで。居場所は、誰かに言われて決めるものじゃないから」
     心地の良い、けれど聞いていて胸が締め付けられるような声が鼓膜を揺らす。ハンカチの下の琥珀がまた濡れているんじゃないかと心配になる。
     あんなにも殺してやりたいと思っていたのに。許せない気持ちも、泣くところを見たくない気持ちも、嘘偽り無く僕の中に存在している。とんだ矛盾だ。矛盾だけど、それが今の素直な気持ちだからしょうがない。
    「だけど……もしも、またお前がいなくなるかと思うと、耐えられない。……俺の事を憎んでるのは分かってる。それでも、どうか……そこに、いてくれ、そうし」
     それはまるで、神様に祈るかのような言葉だった。おかしな話だ。こいつが求めているのは今の僕ではないのに。

    『……"総士"も、お前も、俺にとって大切な存在に変わりない』

     真壁一騎の言葉が脳裏を過ぎる。あれが嘘だとは思えない。なら、今こいつが泣きそうなのは、僕のせいなんだろうか。……僕の存在は、真壁一騎の中でそんなにも大きいのだろうか。
     とても人間とは思えない力を行使して、僕から妹を奪った男。そんなヤツが、理由はわからないけど僕の言動や行動で一喜一憂する。それ、心理状態としてちょっと危うくないか。
     ……知ったことではない、のに。どうしてか放っておけない。原因の一端が僕にあるというなら、何とかしたい。
     息を吐いてから、その反動で思い切り吸い込む。
    「………まだ、どうするかなんて決められないけど、とりあえず"今は"ここにいてやる」
     それで、こいつの気が少しでも安らぐのなら。
    「"僕"はここにいる。少し休め、"一騎"」
     息を飲む音がした。少しの沈黙の後、震える声が返ってくる。
    「……ああ……俺も、ここにいるよ、"総士"」
     一騎が体重を預けてきた。諸共倒れないように身体に力を入れ、繋いだままの手をもう一度強く握り直す。しばらくして、穏やかな寝息が聞こえてきた。
     この行為にどれだけ意味があるのかは分からない。まあ、少なくとも今だけでもこいつの痛みを取り除けたようだから、決して無駄じゃないと思いたい。

     ―――なんでそんなことを思うのか、胸の内に生まれ始めた感情が何なのか、今の僕にはまだ分からないけど。繋いだ手から伝わってくるぬくもりは、とても心地よいものだった。
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