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    minato18_

    一時的な格納庫

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    かずこそ/びよ

    びよ5話から何事もなくこそちゃんが海神島で過ごしていたら…みたいな感じの馴れ初め話その2。
    まだつづきます。
    便宜上こそちゃんのことを「そうし」と表記しています。

    ##かずこそ
    ##ぽや壁

    ごはん あたたかい。最初に思ったのはそれだった。ひだまりで昼寝をしてるみたいに気持ちが良い。
     ……昼寝? あれ? 僕は何をしていたんだ?
     確か昨日、アーカイブで真壁一騎の映像を見て、それから…。
    「!!」
     急速に記憶と思考が繋がって飛び起きる。いや、正確には飛び起きたつもりだった。動かそうとした身体は微塵も動かせず、どういうことかと混乱していると耳元で声が聞こえた。
    「おはよう、そうし」
    「真壁一騎!?!?」
     すぐ近くに穏やかな笑みを浮かべる真壁一騎の顔があった。そこでようやく、身体が動かないのがこいつに抱きしめられているせいだと気付く。なんとか腕の中から抜け出そうと藻掻くがびくともしない。ほんとに力が強いな…!
     そんな僕の努力などどこ吹く風で、真壁一騎はあろうことか僕の頭をぽんぽんと撫でてくる。
    「お腹すいてないか?」
    「え、なに…? 腹…?」
     問い掛けを復唱していたら、タイミングが良いのか悪いのか、腹の虫がぐぅと鳴いた。何故か無性に恥ずかしくて頬がかぁっと熱くなる。思わず俯いた僕の頭をもう一度ぽんと撫でた真壁一騎は、立ち上がると僕を椅子におろした。その顔には相変わらず笑みが浮かんでいて、ちょっとだけ人間らしいなと思う。
    「何が食べたい? 作るよ」
    「あ………えっと………し、シチュー。ホワイトシチューが食べたい」
     寝起きで食べたいものなんて急に聞かれたって困る。仕方ないから深く考えずに頭にぽっと思い浮かんだものを口にする。真壁一騎は「わかった」と言うとコートを脱いで僕の肩にかけ、キッチンに入って準備を始めた。その後ろ姿を見つめながらコートがずり落ちないように手繰り寄せる。
    「……あいつの匂いだ……」
     晴れた日に干した布団みたいな、言葉で表すなら、そう―――ひだまりのような匂いだった。





     やることもないからぼーっと真壁一騎を眺めていたけど、その手際は本当に見事なものだった。レシピが頭の中にすっかり入ってるからだろう、手順に一切の無駄がない。野菜を切る手付きも綺麗だし、作り進めながら調理器具を手早く洗ってるし、料理慣れしてるのが分かる。……悔しいけど、遠見さんや日野美羽が褒めるだけのことはあると認めるしかない。
    「はい、そうし」
     そうこうしている内に出来上がったみたいだ。目の前に深皿に盛られたシチューが置かれる。いや量が多いだろこれ。いくら空腹とは言え食べきれるかどうか……。
    「熱いから気を付けろよ」
    「ばっ、子ども扱いするな!」
     優しくかけられた言葉に思わず言い返す。最早条件反射だ。言葉としては不自然ではないし、熱い料理を出す際の当たり前の気遣いだというのは分かっている。実際、遠見さんや日野美羽、彼女達の母親である千鶴さんにだって同じ言葉をかけられたことがある。その時は全く気にならなかったというのに、どうにも真壁一騎に言われるとむずがゆい。ニュアンスの問題だろうか。馬鹿にされている、とは思わないが、こう、必要以上に心配されている気がすると言うか……。
     ぐるぐると思考が巡り始めたところで、また腹の虫が鳴いた。小さく息を吐いて思考を断ち切り、改めて湯気を立ち昇らせているシチューに向き合う。……美味しそうだ。
     そこではたとひとつの可能性が頭に浮かんだ。僕が空腹ということは、こいつも腹が減ってるんじゃないか?
    「……お前の分は?」
     スプーンを持ちながら遠回しに聞いてみる。食べないのか、と素直に言うのは気が引けた。僕の言葉を聞いた真壁一騎が目を瞬かせる。まるでそんなことすっかり忘れていたとでもいうように。 
    「………ああ、そうか」
     ぽつりと零れた言葉からは温度が感じられない。これだ。こういうところが人間じゃないように感じるんだ。少し怖くなって何かを言おうとしたら、真壁一騎の表情が変わった。不安そうな、でも、何かを期待するような、不思議な顔。え、どんな感情なんだそれ。
     首を傾げていたら、不思議な顔のまま真壁一騎が恐る恐る口を開いた。
    「……一緒に、食べてもいいか?」
     それは、まるで否定されることを前提としているかのような声だった。琥珀色の瞳がゆらりと揺れた気がする。
    「…ふんっ。僕に許しを乞う必要はないだろ。食べたいなら、勝手に食べればいいじゃないか!」
     これまで散々好き勝手していた癖に、なんでわざわざそんなことを聞くんだか。理解不能だ。ため息を吐いてスプーンを置く。真壁一騎が首を傾げたから無言で早く座れと促す。
     一緒に食べるなら、いただきますも一緒に言うべきだ。
    「……お前って……」
    「なんだよ」
    「……いや、ありがとう」
     嬉しそうに笑う真壁一騎を見て、ほんの少しだけ感じた恐怖がすっと消えていくのを感じた。こいつの人間らしい面を見たくないはずなのに、人間らしいこいつを見ると安心する。本当にとんだ矛盾だ。
     僕が心の内と格闘している間に自分の分をよそった真壁一騎が、当たり前のように僕の左隣に座った。
    「いただきます」
    「いただきます…って、なんで隣なんだよ!!」
    「? 膝の上がいいか?」
    「おま…っ! 頭おかしいんじゃないのか!?」
     前言撤回。こいつやっぱり普通じゃない。
    「小さい頃は俺の膝の上で食べてたんだぞ?」
    「そんなことないっ! あったとしても知らないっ!」
     にこにことした視線から逃げるようにシチューを見つめる。ちょっと前までは真壁一騎の作ったものを食べるなんて考えられなかったのにな。
    「そうし? 食べないのか?」
    「食べるよ!!」
     一体誰のせいで叫ぶ羽目になったと思ってるのか。やや乱暴に掴んだスプーン一杯にシチューを掬って口に含み、
    「ぁ"っ"つ"!!!」
     思いっきり叫んだ。すごい熱かった。出来たてだもんな、当たり前だ。くそ、気を付けろって言われてたのに。これじゃ本当に子どもみたいじゃないか。
    「そうし…!」
     慌てた様子の真壁一騎がコップに水を注いで差し出してきたので、奪い取って勢いよく飲み干す。熱から解放されほっと息をついた。まだ舌はヒリヒリするけど。
    「だから気を付けろって言っただろ?」
    「うるひゃい……」
     くそ、舌がヒリヒリするせいで上手くしゃべれない。
     そんな僕を見て何を思ったのか、真壁一騎は徐に自分のスプーンで僕の皿からシチューを掬った。ふぅー、ふぅーと息を吹きかけると僕の口元に差し出してくる。
    「はい、そうし」
    「~~~っ! だから子ども扱いするなっ!!」
     いや、そうさせたのは自分の軽率な行いのせいなのだが、この際そういうのは棚上げだ。あからさまに残念そうな顔をする真壁一騎を無視して自分のスプーンを持ち、先程より少量を掬う。
    「そうし、熱いからちゃんとふぅふぅしてから食べないとだめだ」
    「わ、わかってる!」
     これまでより明確に子ども扱いされているのを感じる。なんだ、ふぅふぅしてからって。僕はそんなに幼くはないぞ。
     ……そんなに心配したのだろうか。たったあれだけのことで。
     大袈裟なやつ、と思う気持ちと一緒に言葉にし難い何かが込み上げてくる。それが何なのか答えを出したい気持ちはあるのだが―――その前に。
    「………あの、見られてると食べづらいんだけど………」
     ずっとこちらを見詰めてくること対して控え目に抗議をすると、真壁一騎は残念そうな顔を更にしょんぼりとさせた。さすがにちょっと胸が痛む。
    「そ……んな顔しても駄目だからな! お前も自分の分を食べろ、真壁一騎!」
     絆されそうになるのを何とか堪えて食べはじめれば、観念したのか真壁一騎も自分の分を食べはじめた。一口、二口とスプーンを口に運んでいく。……こいつも普通に食事をするんだな。
     不意に昼寝をする前のことを思い出した。真壁一騎の人間らしい一面を認めたくなくてここへ来たこと、知れば知るほどこいつは人間なんだと認識させられて苦しくなったこと。
     いっそ認めてしまえば、楽になるのだろうか。  
    「そうし?」
     名前を呼ばれてはっと我に返った。真壁一騎が心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。何でもない、と言おうとして、その口元が赤くなっていることに気づいた。え、火傷か? そういえばこいつ、一口目は冷ましてたけどそのあとはパクパク食べてたな。
    「熱くないのか……?」
     問い掛ければ、真壁一騎は二、三度瞬きをしてから自分の皿に目を落とした。立ち昇る湯気を見てから、僕へと視線を戻す。
    「熱い、かもな」
    「熱いんじゃないか!」
     手元にあったコップに水を注いで真壁一騎に押し付けると、きょとんとしながらも「ありがとう」と言って素直に飲みはじめた。その様子が見た目より幼く感じて、どっちが子どもなんだか分からなくなる。
     水を飲み終わった真壁一騎はコップを置くともう一度「ありがとう」と言って微笑んだ。
    「そうしも気を付けろよ」
    「火傷したやつに言われても説得力ないぞ」
    「?」
     なんでそこで首を傾げるんだこいつは……! もしかして何も分かってないんじゃないかと思っていたら、案の定また冷ますこともなく掬い上げたシチューを口に入れようとしたので思わず手首を掴んで止めた。そのままスプーンを取り上げ、熱を奪うために息を吹きかける。何度か繰り返してからスプーンを唇に少し当て、十分に温度が下がったことを確認してから真壁一騎に差し出してやる。
    「ほら、今度は気をつけろよ」
     特に深い考えがあったわけじゃない。また火傷されるのが嫌だった。それだけだ。
     それなのに。
    「………」
     僕を捉えていた真壁一騎の瞳からぽろっと何かが零れた。あまりにも突拍子が無さ過ぎて、それが涙だと気付くのに数秒かかった。
    「ぅえ!? な、なんで泣くんだよ!? あっ、火傷が痛むのか? 大丈夫か?」
     動揺のあまり自分が何を口にしているのかもよく分からない。どうしてこんなに動揺してしまうのかも分からない。
     ただ、胸がざわついて仕方がなかった。こいつが泣いてるところを見ていたくないと、強く思う。
     そんな僕を見て何を思ったのか知らないが、真壁一騎はゆるく首を横に振ってから指で目元を拭い、優しく微笑んだ。
    「大丈夫だよ、そうし」
     そう言って、髪を耳にかけながら僕が差し出したスプーンを口に含む。泣き止んだことにほっと胸を撫で下ろしながらスプーンを引き抜けば、真壁一騎は嬉しそうにもぐもぐと口を動かした。
     今更ながら自覚したけど、僕はこいつといると調子が狂う。やっぱり関わらない方がいいんじゃないかと自問しながら自分の分を口にしたときだった。
    「美味しい。……そうしが食べさせてくれたからかな」
     真壁一騎が、とても穏やかな笑みでとんでもないことを口にした。思わず吹き出しそうになるのを懸命に堪えて何とか口の中のものを飲み込む。シチューでむせるなんて滅多にできない経験だ、なんて現実逃避のように考える。
     そんな僕を真壁一騎は不思議そうな顔で見てきた。そんなことだろうと思ったがやはり無自覚らしい。あんなことを恥ずかしげもなく言うなんて、今までどんな生き方をしてきたんだ。
     はあ、とわざとらしくため息を吐いたら、真壁一騎が何かを閃いた顔でスプーンを構えた。
    「そうし、あーんするか……?」
     なんでそうなる?
    「っ、いらない! 自分で食べられるっ!」
    「そうか……」
    「だからそんな顔……っ!」
     しゅん、と寂しそうに俯く真壁一騎を見てまた胸が痛んだ。
     ああ、自覚したくなかったけど、僕はこいつのこの顔に弱いらしい。
    「……一口だけだからな!」
     開き直って妥協案を提示すれば、真壁一騎が弾かれたように顔を上げた。その表情が明るくなっていることに安堵する。それにしてもなんて単純なんだ、この男は。僕の言葉ひとつでこんなにも一喜一憂するなんて。
     これじゃあまるで、僕のことを―――
    「はい、そうし」
     優しい声と共に口元にスプーンが差し出される。何故か妙にくすぐったい気持ちになって、ついさっきまで考えていたことも忘れて口を開いた。そのままスプーンに顔を近づけて、

    「一騎くん、溝口さんから出前頼まれたん…だけ、ど」

     カラン、という涼やかな音と甘さを含んだ落ち着いた声が聞こえてきて、思考と動きが停止した。
     入ってきたのが誰かなんて分かりきっていて、だからこそこの状況を一刻も早くどうにかしたいと思うのに、どうすればいいのか分からない。
     僕が動きを止めたからだろう、小さく首を傾げた真壁一騎がスプーンを僕の口に入れてきた。反射的に口を閉じ、もぐもぐと咀嚼する。
    「あの……一騎くん? 何してるの…?」
     珍しく困惑した様子の遠見さんがもう一度声を掛けると、真壁一騎はたった今彼女の存在に気付いたかのように入口を振り返った。
    「お疲れ、遠見。そうしとご飯を食べてるんだ。久しぶりにシチューを作ったんだけど、遠見も食べるか?」
    「……それじゃあ、お言葉に甘えようかな」
     遠見さんに頷いて、真壁一騎はキッチンへと入っていく。遠見さんがすぐ近くまで来たのを気配で感じたけど、顔を見られたくなくて無心で口の中のシチューを咀嚼し続けた。
     少しだけ鍋を火にかけてからシチューをよそった真壁一騎は、自分が座っているのとは反対の僕の隣へと皿を置く。
    「遠見、こっち」
    「えっ!?」
    「うん、わかった」
     なんで僕の隣なんだ、自分の隣が空いてるだろう。そう言いたかったけど遠見さんが座ってしまったので諦めた。戻ってきた真壁一騎も座ったので、僕は二人に挟まれる形になった。どういう状況なんだ、これ。
    「熱いから気を付けろよ、遠見」
    「うん。……一騎くんのシチュー、久しぶり。いただきます」
    「……?」
     あれ、と思った。「いただきます」と言う前、一瞬遠見さんが寂しそうな顔をした気がする。……見間違いだろうか。
    「そうし、あーん」
    「って、なんでまだ食べさせようとするんだ! 一口だけって言っただろ!?」
     しれっとスプーンを差し出してくる真壁一騎の手首を掴んで調子に乗るなと下げさせようとしたのにびくともしない。どんだけ食べさせたいんだ……!
     僕が格闘している横でシチューを一口食べた遠見さんがほっと息をついた。
    「……美味しい」
    「よかった。そういえば、何か用事があったのか?」
    「おい! 手をおろせ!」
    「あ、うん。溝口さんがね、出前頼みたいのに電話が繋がらないって言ってたから直接言いに来たの。私アルヴィスに戻るから、そのまま持っていくし」
     二人して僕のことは無視か……!
    「時間は?」
    「夜に持ってきてほしいって。だから急がなくていいよ」
    「わかった。いつも悪いな」
     話が一段落したところで真壁一騎が僕へと意識を戻した。スプーンを近づけてくる。
    「そうし? 食べないのか?」
    「だっ、だから、一口だけだと…!」
     何度もさせてたまるか。ましてや遠見さんがいる前でなんて許容できない。断固として拒否していたら真壁一騎が寂しそうな目をした。胸が、ちくりと痛む。
    「……食べてあげてよ」
     静かな声。遠見さんの方を見れば、少し困ったような顔で笑っていた。……普段何かと世話になっている彼女の言葉を無視するわけにはいかなかった。
    「あーーーもうっ!!」
     半ばやけになって、掴んだままだった真壁一騎の手首をぐいっと引っ張りスプーンを口に含む。
    「こえへさいふぉふぁかあな!」
     あ、しまった。口にものを入れたまま話すのは行儀が悪かったな……。あと、多分何て言ったか伝わらない。再度主張を伝えるためにもぐもぐと咀嚼していたら、真壁一騎がふわっと笑った。
    「ありがとう、そうし」
     不本意ながら見惚れてしまった。花が綻ぶような笑みとはこういうものだろうか。純粋に、綺麗だと思った。どうしてだろう、顔が熱い。
     それ以上真壁一騎の顔を見ていられなくて顔を背けたらパシャっという音が聞こえた。音がした方を見れば遠見さんがカメラを構えていた。いつの間にそんなものを、というかどこから取り出したんだ。
    「何撮ってるんですか!」
    「あ、ごめん。写真撮ってもいい?」
    「もう撮ってるじゃないですか!!」
    「そうし、ついてるぞ」
    「な…っ! だから子ども扱いするな……!」
     声に反応して振り返った僕の口元を真壁一騎の指が拭う。ただでさえ熱かった顔が更に熱くなるのを感じながら抗議の声を上げると、背後からくすくすと楽しげな声が聞こえてきた。
     僕たちのやり取りを見た遠見さんが、笑っていた。
    「なんか、懐かしいなぁ……」
    「そうだな。遠見とこうやって食べるのも、久しぶりだ」
    「……………」
     和やかに笑い合う真壁一騎と遠見さんを見て、何故だか少し、心がざわついた。衝動的に二人から目を逸らしたけど、間に挟まれているせいで俯くしかなかった。
    「そうし?」
     真壁一騎が僕の顔を覗き込む。不自然な態度を取っている自覚はあるが、自分でも気持ちに追い付けなくて混乱しているから止めてほしい。そうして真壁一騎から逃げるように顔を背ければ、自然と遠見さんが視界に入るわけで。
    「もしかして、さびしい?」
     柔らかな笑みを浮かべた遠見さんは、思ってもみなかったことを口にした。
    「べっ、別にそんなことはない!!」
    「さびしいのか?」
    「だから――」
     違う、と面と向かって否定するために真壁一騎の方を向いたら、そっと伸びてきた手が頬に添えられた。
    「俺も、お前も、ここにいるぞ?」
     眉を下げた真壁一騎はゆっくりと親指で僕の頬を撫でる。その感触はくすぐったくて―――どこか懐かしかった。
    「く、くすぐったいから撫でるな……!」
     理由は分からないが心が浮つく。逃れるために身を捩ったらもう片方の頬にも手が添えられた。そのまま正面から真壁一騎と向き合う形になって、目線のやり場に困ってしまった。……いや、なんで困っているんだ僕は。ただ普通に見ればいいだけじゃないか。そう思うのに、どうしてか真壁一騎の顔が直視できなかった。
     そんな僕の混乱なんて知らない真壁一騎は、そっと顔を寄せてくると僕の額に自分のそれをこつん、と当ててきた。
     ―――は?
    「!?!?!?」
     驚きのあまり声にならない声で叫んでしまった。パニック状態になった思考は何の役にも立たず、ただただ間近にある真壁一騎の顔を見つめることしかできない。
     顔が、熱い。
    「大丈夫だぞ、そうし」
     優しい声が、そんな言葉を紡いだ。触れ合っているところから伝わる振動がゆっくりと僕の身体に広がっていく。それに合わせて思考と心が段々と落ち着いていくのを感じた。なんだろう、根拠もないのに安心してしまうこの感じ。不思議だけど、嫌な気はしなかった。
     しばらくそうしていた真壁一騎は、やがてそっと顔を離すと満足そうに微笑んだ。
    「プリンがあるんだ。食べるか?」
     深く考えずに頷けば、嬉しそうに目を細めた真壁一騎はキッチンへと入っていった。その背中を見つめながら額に触れる。……まだ、あいつの感覚が残ってる。
    「なんなんだよ、一体……」
     釈然としないまま呟いた僕は、隣にいる遠見さんが安心したような笑みを浮かべていたことに気付かなかった。
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