「シンデレラの君」教室の窓際、春の陽が降り注ぐ午後。
ルカは頬杖をつきながら、斜め前の席
一際静かな少年の姿に、また目を奪われていた。
黒縁のメガネに前髪がかかっている事により、顔の大半が隠れている彼。それでも、その所作ひとつひとつが、言葉では言い表せないほど、綺麗なものだった。
彼を気にするようになったのは、ほんの1週間前の事だった。
席替えで、斜めの席になったあの日から。
今まで気にも留めていなかったその存在を、初めて見つけてしまったから。
静かで、誰とも関わらなくて、ただ勉強ができるだけのクラスメイトだったはずなのに。
斜め後ろというこの距離だからこそ見える、横顔、指先、仕草が、どうしようもなく目を引くもので。
そんなふうに気づけば目で追ってしまっていた。
そんな事を考えていると、ふと風が吹いた。
彼の髪がわずかに揺れ、メガネの奥からちらりと透き通るような瞳が覗いた。
…綺麗。
宝石みたい、なんて陳腐な言葉しか思いつかないけど、それでもそう思った。
まつ毛は長く、肌は透けるほど白くて、思わず息を呑んでしまうほどの整った顔立ち。
誰もそれに気づいてない。
ここじゃ俺だけが知ってる秘密なのかな、と心の中で優越感に浸る。
話しかけたい。
けど今まで話したことのないやつから急に話しかけられるのって気持ち悪がられるかな…。
そんな想いと葛藤してると、視線を向けた先に思わぬ会話の糸口を見つけた。
「…ねぇ、闇ノくんって、このゲームやってる…?」
休み時間。俺は思い切って話しかけてみた。
そう、先程闇ノくんがゲームアプリを開いていた所を偶然目撃したのだ。
声をかけた時、彼は明らかに驚いた表情を見せた。でも、
「……うん。やってるよ。結構…好き。」
その声は意外にもやわらかくて、思わずルカは目を見開き笑ってしまった。
「まじ?うわー、意外!俺もめっちゃ好き!」
そこからは、案外早かった。
話しかけてみるとシュウは、少しずつ言葉を返してくれるようになった。話していくうちに、好きなゲームも、バンドも同じですぐに意気投合した。
気づけば、昼休みも放課後も、シュウといる時間が増えていた。
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「ねえ、今度さ、うち来る?ゲーム、やろうよ!」
ある日の放課後。
重たいカバンを背負いながら、ルカがそう言うと、シュウは少し戸惑っていたがでも、小さく頷いた。
「……うん。でも…いいの?」
「何が?」
「僕なんかが、ルカくんの隣にいていいわけ、ないのに」
ぽつりと落ちたその言葉に、足が止まった。
振り返ると、シュウはうつむいたまま、少しだけ肩を震わせていた。
「……なんでこんな僕と仲良くしてくれるの…?」
シュウのメガネの奥。
わずかに揺れる瞳は、いつもの静けさとは違って、今にも壊れてしまいそうで。
ルカは、そっと彼の手を取った。
「なんでって、シュウと一緒にいるのが好きだからに決まってるじゃん!」
「え……?」
「もちろん最初は話しかけにくかったよ?だけど趣味も一緒で気も合うし、話してて楽しいし!」
「でも…僕、地味…だし、こんなだし…。」
「そんなの関係ないよ。」
未だに自分に自信が持ててない彼の背中を押してあげたい。照れくさくて、でも絶対に伝えたかった言葉。
「シュウだから、一緒にいたいんだよ。」
ルカは笑った。
瞬間シュウの瞳が見開かれる。そして、
「ありがとう」
微かに響いたその声。でもしっかりと、ルカの胸の奥まで届いていた。
そのまま2人は一緒に校門を出て、駅までの道を並んで歩く。こんな他愛もない会話が、ずっと続けばいいと思った。
話すたびに、笑うたびに、もっと知りたくなってしまう。
「また明日ね〜!」
別れ際、ルカが大きく手を振ると、シュウもほんの少しだけ手を上げて、頷いた。
家に帰ってからも、ルカはなんだか胸がふわふわして落ち着かなかった。宿題も手につかず、スマホの画面を眺めては、何度もため息をついた。
手を取ったあの時。
シュウの手が、少し震えてた。
仮に自分の言葉が、ちゃんと届いていたのだとしたら。明日、また一緒に笑えたら。
それだけで、嬉しいな。
そんなことを考えながらルカはベットに勢いよく飛び込みそのまま夢の世界へと沈んでいった。
その頃、シュウは部屋の鏡の前に立っていた。
机の上には、いつもかけている黒縁メガネ。
隣には、手ぐしで整えられた前髪とまだ慣れない視界。
「……変かな。」
ぽつりと呟く声に、誰も答える者はいない。
でも、思い出すのは放課後に聞いたルカの声。
「シュウだから、一緒にいたいんだよ。」
胸の奥が、まだじんわりとあたたかい。
自分なんかに、そんな言葉をかけてくれる人がいるなんて。
誰かに見てもらえる自分になりたいって、
生まれて初めて、少しだけ思った。
今目の前にある鏡には、誰も知らない僕が映っている。
そして、決めた。
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次の日
教室に入ったルカは思わず息を呑んだ。
いつもの斜め前の席。
そこには、綺麗に髪を整え、メガネを外したシュウが座っていた。
教室のざわめきが止まる。
誰もが驚いた顔をして、声を出せずにいた。
彼がぱらぱらとページをめくる音だけが、静かに教室に落ちる。
綺麗だった。
いつの日か、ほんの一瞬だけ覗いたあの瞳が、今日は隠されることなくまっすぐに光を放っている。儚くて、透明で、それでいてちゃんと、ここに在る。
「…シュウ?」
声に出したつもりはなかったのに、気づけば名前を呼んでいた。
その瞬間、シュウがこちらに気づき、目が合う。ルカの胸が、ぎゅっと音を立てて鳴ったような気がした。
「……おはよう、ルカくん。」
ちょっとだけ照れたようにはにかむその顔が、あまりにも綺麗で、心臓が跳ねた。
「お、おはよう……!」
何がどうなってるのか頭が追いつかなかった。でもとにかく伝えなきゃって、ルカは慌ててシュウの席まで駆け寄った。
「し、シュウ、あの……その……!ど、どうしたの、その……!」
「……変じゃない?」
不安そうに伏せられた睫毛。
でもルカは首をぶんぶんと横に振った。
「ちがう!全然違う!めちゃくちゃ、かっこいい!!綺麗!!!」
思わず大きな声になってしまったけれど、もう止まらなかった。
慌てて手で口を覆いながらも、ルカの瞳はまっすぐシュウを見つめていた。
「でも、急にどうしたの?」
シュウの頬がふわっと赤く染まり、視線が床へと逸らされた。
「ルカくんが、ああ言ってくれたから…。ちょっと、勇気出してみようかなって、思って。」
「勇気?」
「昨日……ルカくんが、僕だからって言ってくれたでしょ、?、。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと熱くなる。
昨日とは打って変わって、ふわっと笑うその顔が、まるで陽だまりの中で微笑む花みたいで。
ルカの中で、確信に変わった。
もっと、この人と一緒にいたい。
この人の世界を、もっと知りたい。
ただのクラスメイトだったはずなのに、気づけばその存在は、もう特別で。
まるで、
教室の片隅にひっそりと咲いていた、ガラスの靴を落としたシンデレラ。
ルカだけが見つけた、誰よりも美しい君。
そんな君に、心から伝えたいことがある。
「ねぇ、シュウ。」
「……なに?」
「俺、シュウのこと……」
続く言葉は、チャイムの音にかき消された。
でも、シュウの耳はほんのり赤く、きっと二人の間にだけ届いていた。
そして顔を見合わせて笑う2人を、魔法使い達は密かに祝福していた。
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まるで魔法がかかったみたいに、
ルカにだけ、見えていたシンデレラの君。
その手を取ったのは、王子様なんかじゃなくてただの斜め後ろの席の俺だけど、
魔法が解けても、この手はきっと離さない。
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