天の川に囁く。7月7日七夕。
それは一年に一度だけ。織姫と彦星。
天の神により引き裂かれた2人が、空を流れる星の川を渡って、ようやく再会できる特別な日。
一筋の願いが、天の川に乗って届くと信じられている、そんな夜。
夜空を見上げれば、数え切れない程の星々がキラキラと散りばめられている。
それはまるで、一年に一度の2人の幸せな空間を祝福しているかのようで。
その夜空を背景に誰もが、胸の奥にしまっていた想いをそっと短冊に託す。
我儘な願いも、恋の予感も、祈るような思いも、すべてが許される魔法の一夜。
だから今夜は、少しだけ、少しだけでもいいから。勇気を出してもいいかもしれない。
だって、そのたった一言で何かが変わるかもしれないから。
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今日もいつものように君と歩く帰り道。
だけど今日は、ちょっとだけ特別な日。
空には星が瞬きはじめてて、道すがらには浴衣を着た人たちの姿。だって今日は
そう、七夕。
諸説あるけど、織姫と彦星が1年の中で唯一出会える日であるらしい。
俺達には到底関係の無い話のように感じるが、近くの商店街で七夕祭りとやらをやっているようだった。そんな大々的ではないが、ちらほらと屋台も見える。
「ねぇ、シュウ!ちょっと寄ってかない?」
いつもの風を装って今隣で歩いてる彼に、思い切って提案してみた。
「もちろん!行こっか。」
そう言って笑ってくれて、ほっとする。
商店街を出てすぐそこにある河川敷には屋台がずらっと並んでいて、風に乗って甘い匂いなどが漂ってくる。
その中で目に入った、おそらくメインを飾っているであろう、大きな大きな笹飾り。
短冊が揺れてて、もう既に願い事が短冊に綴られ、たくさん結ばれていた。
「ね、せっかくだし短冊書こうよ!」
俺がそう声をかけると、シュウは一瞬だけ目を丸くしたあと、ふわりと笑って「うん」と頷いた。
それだけで、胸の奥がきゅっとなる。
風に揺れる笹の葉と、そこに結ばれた色とりどりの短冊。このひとつひとつが誰かの願いで、それぞれに大切な想いが詰まってる。
テーブルの上に並べられていた短冊から、俺は綺麗な薄紫色のそれを手に取った。
ちらっと隣で見えたけど、シュウは黄色の短冊を選んでた。
真剣に短冊とにらめっこしているシュウを見て思わず笑みが零れてしまう。真剣な顔で短冊にペンを走らせるシュウ。
きっと優しい願いごとなんだろうな。
彼のことだから、家族が健康でありますように。とか、そんな感じのやつ。
「なに書いたの?」
冗談まじりに覗き込もうとしたら、シュウは慌てて短冊を胸元に隠した。
「ないしょ!願い事って、言っちゃうと叶わなくなるってよく言うでしょ?」
「え~ずるい~!」
俺は笑いながら、自分の願い事について考える。
書きたいことなんて、本当はもう決まってる。けど、書いていいのかなって。
筆を持った瞬間、手が止まってしまった。
何て書けばいいのか、わからなかった。
君の隣にずっといられますように?
できることなら、好きって伝えられますように?
…それとも、「この気持ちがバレませんように?」
一文字も書けないまま、手が震える。
散々悩んだ末代わりに、こう書いた。
『来年の今日も、同じように君の隣にいられますように』
これはきっと、俺なりの好きの形。
勇気が出ない俺の精一杯。
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それぞれ短冊を結び終えた俺たちは、屋台の灯りの下をのんびり歩く。シュウはチョコバナナを、俺はたこ焼きを買った。お祭りの雰囲気に揺られながらくだらないことで笑い合って、時々肩が触れて、手も触れようと思えばいつでも可能な距離で。
屋台の明かりが河川敷の水面に映って揺れる。
星よりもずっと近い。でも決して届かない、そんな煌めき。
シュウはチョコバナナを半分くらい食べたところで、くるりと俺の方に顔を向けた。
「ルカの願い事、なんだったの?」
「…言ったら叶わないんじゃなかったの??」
「んはは、だって気になるもん。さっき覗こうとしたルカへの仕返し!」
無邪気に笑うその顔に、また切なさが込み上げてくる。
言えたら、全部変わるのかな
そんな言葉が喉まで上ってきて、けれどその先が出てこない。シュウと視線が交わる。逸らしたくても、その瞳から目が離せない。
「シュウ、俺…」
思わず声を出してしまっていた。言葉を選ぶ前に、想いが先に零れた。
シュウがぱちりと瞬きをして、俺を見つめてくる。夜風が笹を揺らし、願い事たちが微かに鳴った。
でも言葉にならなかった。
怖かった。
この時間が、この関係が終わってしまうのが。
だから俺は、笑ってごまかした。
「やっぱ秘密!来年、教えてあげるよ。」
「じゃあまた来年も一緒に来てくれるの?」
「行くに決まってるじゃん!」
「じゃあ、楽しみにしとくね。」
シュウが笑って、俺も笑った。笑った途端心の奥で何かが軋む音がした。ずっとずっと、友達の顔して隠してる俺の恋心。
あと一歩、踏み出せたら。
たった一言「好き」って言えたら、全部変わってたのかな。
でも、言えるわけがない。
ずっと、友達のままでいたいなんて思ってないくせに。まだこの関係を終わらせる勇気なんてないから。
叶わない願いだって分かってる。
だけど、もう少しだけ。
今日だけでいいから。
君の隣は俺だけって、自惚れさせて。
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星が瞬く夜空の下、
短冊の願いが風に揺れる。
その中に紛れて、ひとつだけ。いやふたつ。
声にならなかった気持ちが、静かに天の川へと運ばれていった。