冬至散歩(未完)「なあ、デートしないか」
目の前に現れた逆さまの次兄を、チョロ松はぽかっと口を開けて、寝転んだまま見上げることしかできなかった。
「デートしよう、チョロ松」
チョロ松の枕元に座り、カラ松は身を乗り出すようにしてチョロ松を覗き込んでいた。
もしも今がこんな夜更けではなく昼間で、場所が布団の中ではなく居間とか普通の部屋で、相手が死ぬまで思いは告げるまいと決めた兄ではなく他の誰かだったら。きっといくらでもやりようがあったのに。
「なんで、こんなよるに」
他の兄弟が寝入る布団の一角で、口と目を見開いたまま、チョロ松はそう絞り出すのが精一杯だった。
「夜だからいいんじゃないか」
そこではたと気がついた。逆さまのカラ松の頭から、ゆるく曲線を描く角が生えている。さらによくよく見れば、彼の肩の周りで、透き通るような青い羽衣がふわふわと揺れていた。
六つ子が揃って妖怪に取り憑かれたあの騒動から、今日でやっと半年前。
「誰だと思う?」
「……青行燈?」
「そうさあ! 青行燈さあ!」
嬉しそうに笑った彼の周囲で、青い鬼火がぴかぴかと光る。結構なまぶしさのはずなのに、誰一人起きる様子がない。自分以外、何かの術をかけられているのだろうか。
けれどもそんなことはどうでも良かった。ふ、と知らず詰めていた息を吐いたのは、相手がカラ松ではない別の誰かだったからだ。
この際カラ松でなければ妖怪だろうがなんだろうがなんだっていい。もつれかけていたチョロ松の舌と思考が、いつもの調子を取り戻してくるくると回り始める。
「何しに来たの?」
「ちょっと遊びに来ただけさ」
「わざわざカラ松に取り憑いて? あいつ今どうなってんの?」
「オレの中でぐっすりグンナイスリーピンだぜえ。なあ、それよりデートに行こう」
「こんな夜中に?」
「夜しかこっちにいられないんだ。今日は冬至だから時間もたっぷりある。デートにはいい夜だと思わないか」
逆さまのカラ松が、寝転がるチョロ松にぐっと顔を近づける。
目の前の彼はカラ松ではないのに、声と顔は寸分違わずカラ松なので。至近距離から見つめられて、思わずチョロ松の喉が鳴った。
「いや、でも、」
ほのかに柑橘の匂いがした。今日の銭湯はゆず風呂だったが、だからってこんな匂いがつくほどではなかった。
「外、寒いし」
言葉が文節でぶつぶつと切れる。芳しい香りと近すぎるカラ松の顔に、思考が再び絡まり始めていた。
「もう寝るし、パジャマに着替えちゃったし、外で騒いだら近所迷惑だし、それに……」
「そうか。行かないのか」
視界から逆さまのカラ松が消えた。期待に輝いていた声が、打って変わって驚くほどそっけない。
「だったらいい。夢見のひとときを邪魔してすまなかった」
謝ってはいるものの、いかにも興が削がれたという顔で青行燈は枕元を立ち去った。
そのまま布団に戻ってくれないだろうか。
それとなく期待してみたが、青行燈はトド松と一松の間に戻ろうともせず、すたすた歩いて廊下に出ようとしている。
(中略)
※ここからほぼ下書きです
※なんやかんやで夜の散歩に出かけてます
「そっちのオレとはどうだ? よろしくやっているのか?」
「まさか」
「そういうお前の方はどうなの? 天狗の僕とできてるの?」
「そうだったら良かったんだけどな」
「もしもそうなら、先達としてお前に助言のひとつでもくれてやったのに」
「なんで僕を誘ったの」
「誰か一人とデートに行くなら、お前はきっとこの男を選ぶ」
「でもそんなこと、本人はおろか誰にだって言えやしない。そうだろう?」
「オレもそうさ」
答えになっていなかったけど、要するに代わりなのだ。
この青行燈にとって、チョロ松は誰かの代わりにすぎないのだ。
彼を誰かの代わりと見ているのは、チョロ松だって同じだった。
「もう少しだけ、『代わり』でいてくれないか」
「いいよ。好きなだけいてあげる」
「だから、その間だけでいいから、お前も代わりでいてよ」
虚しい。
心は満たされないけどやめられない。
冬至が終わる。今日を過ぎれば、昼はどんどん長くなって、日の当たる時間が増えていく。
けれどもどうしたってチョロ松には、これから行く先が明るくなっていくとは思えなくて。
長い夜としんと冷えた空気に、もうしばらく浸っていたかった。
(未完)