ベルギクとブレブブの話(未完) レッドバロウの冴えない奴ら パインフィールドの六つ子たち!
うっかり寿命をがっつり取られて もれなく全員悪魔憑き!
びっくりしちゃうよね。知らないうちに悪魔と契約して、知らないうちに寿命が縮んでるんだもん。
これってクーリングオフとかないのかな。悪魔だから無理か。
うっかり寿命を取られた六つ子のブレイン。それが僕、チョロリー・パインフィールド。
契約相手は悪魔だってさ。信じられる? あの悪魔だよ。角と尻尾が生えて、なんか黒っぽい服着てるあの悪魔。
初めて会ったときはもちろん驚いた。悪魔って本当に黒い服着てるんだ、って。
寿命を取られたことについては別に気にしてない。まあ最初はショックだったけど、悪魔が日常にいることにももう慣れた。人間、健やかに生きていくには順応性が大切だよね。
ただ一つ。もっとも一つだけ問題なのは、僕と契約した悪魔のこと。
何かにつけてカーラに付きまとう、色ボケ悪魔のベルフェゴールの存在だ。
「あ」
「あ」
学校から帰るなり悪魔と鉢合わせる。そんな非日常ももう日常になってしまった。
ただし今回は場所が悪い。僕が契約した怠惰の悪魔が、便座の上で堂々と新聞を広げている。
階段へ向かう廊下の途中の、トイレのドアを全開にして、だ。
「ちょっと! 使ってるんならドア閉めろよ!」
「使ってないよ」
「いや使ってるだろ!」
「使ってないってば。新聞読んでただけ。ほら、下も脱いでない」
「用を足してる足してないに関わらずドアは閉めろって言ってんの!」
「だって閉めたらカーラがお母さんに怒られるだろ」
マナーというものは国によって様々だ。「トイレを使ったら開けっ放しにしないの!」と叱られる国もあれば、「トイレを使ったら閉めっぱなしにしないの!」と叱られる国もある。僕らの住むアメリカは後者だ。
だってドアを開けておかないと、使用中かどうか一目でわからないから。
「君らの両親には僕らが見えないし聞こえないんだもん。この間だって閉めてトイレにこもってたら……」
「そもそも人様の家のトイレにこもるな」
「そしたらどうなったと思う? 君らのお母さんが何度も何度もノックして、最後にドアを開けて叫んだんだ。『誰も入ってないじゃない!』って。きっと相当に我慢してたんだね、たったそれだけのことなのにカンカンに怒っちゃって。黙ってればいいのにカーラってば自分が閉めたって言いだして、お母さんがもっとカンカンに……」
「わかったわかった、もういいから好きなだけそこで開けてろ。あと二度と母さんの真似をするな」
「似てたのに」
「似てないしイラッとする。お前たまに変に声が高すぎるんだよ」
「それってもしかして自分のこと言ってる?」
バン! あらん限りの力でドアを閉めてやった。
この便所悪魔め! お前なんかトイレ駆け込み常習犯こと父さんの餌食になればいいんだ。悪魔に気づけない父さんの生太ももに座られてしまえ。
玄関から部屋に行くだけなのにどっと疲れてしまった。僕なんで帰宅するなりディスられてるの? あいつ僕が契約主だってこと絶対に忘れてるよね。寿命取るんなら取るだけの働きをちゃんとしろってんだ。
(にしてもあいつ、なんで一人でトイレにこもってたんだろう)
一体何が気に入ったのか、ベルフェゴールはやたらとカーラに付きまとっている。
カーラは家にいないのかな。でも今日は水曜日、カーラは午前中しか授業を取っていないはずだ。午後はまるまる空いてるし、レコードショップに立ち寄ってるとしても、もう帰ってると思うんだけど……。
「あれ?」
背後に何かの気配が立つ。振り返ればトイレにこもっていた減らず口悪魔が、僕の後ろをついてきていた。
「なんだよ」
「……」
「ついてくるなよ。トイレ入ってろ」
「……」
「ほら、ハウス」
「……」
なんなんだこいつ。急にだんまりしちゃってさ。煽りにも全然乗ってこないし、逆に気味が悪い。
妙に大人しくなった悪魔を後ろにくっつけて、階段を昇れば二階には寝室が並んでいる。
そのうちの一つ、ドアが開け放たれた僕とカーラの部屋から楽しそうな声が聞こえてくる。なあんだ、カーラは家にいるんじゃないか。
……でも待てよ。ベルフェゴールがここにいるってことは、話し声の相手は誰だろう。誰か他に帰ってるのかな。
「ただいま」
「ああチョロリー! おかえり、早かったな」
「ごきげんよう。邪魔してるぜ」
「見てくれチョロリー、ベルゼブブが遊びに来てくれたんだ!」
部屋に入るなり興奮気味のカーラと、チョコチップクッキーを摘まむクソ顔の悪魔に出迎えられる。
僕の疑問はあっけなく解消した。ベルゼブブが来てたんだ。
カーラを主人とする悪魔、暴食のベルゼブブ。僕とベルフェゴールの関係性と違って、カーラとベルゼブブはすこぶる良好だった。
カーラがベルゼブブをひどく慕っている、と言った方が正しいかも。今だってベルゼブブを見つめるカーラの表情がキラキラしてるし。
「二人で何してたの?」
「悪魔的にファッショナブルなオレたちのセンスに、更なる磨きをかけていたのさ」
「ベルゼブブが地獄のメンズファッション誌を持ってきてくれたんだ」
カーラが付箋だらけの雑誌を広げて見せてくれる。
この世のものと思えない文字はとても解読できなかったけど、載っている写真で雑誌の傾向はなんとなく察することができた。
いやにギンギラと目に痛い、肋が折れそうなセンスのファッション誌。カーラって意外にこういうのが好きなんだよね。
「これなんてどうだ? クールだろう!?」
「うーん……」
非常に残念ながらスパンコールびっちりのホットパンツを「クール」と捉える感性は僕にはなかった。なんなら他の兄弟にもきっとない。断言してもいい。
同意が返ってくると信じて疑わないカーラに、さてどう答えたものか。
「ベルフェゴールはどう思う?」
僕が答えあぐねている間に、カーラはひっつき虫悪魔にも同じ質問を投げかけている。
「オレはすごくカッコいいと思うんだ」
「全然。カッコよくないと思う」
カーラの問いを、意外にもベルフェゴールはすげなく切り捨てた。
「そ、そうか?」
「カーラには似合わない。良くないよ、それ」
「そうか……」
カーラの太眉がしゅんと下がった。それを喜ぶでもなく、ベルフェゴールはへの字口を貫いている。
あれ、珍しい。ベルフェゴールのことだからいくら自分の好みに沿わなくても、カーラの意見には同意するんだと思ってたのに。そうでないならからかい目的で、カーラの反応を見て楽しむか。
でも今日はどっちでもない感じだ。本当にこいつ、どうしちゃったんだろう。
「オレはよく似合うと思うぞ」
クッキーを食べ食べ、ベルゼブブが後ろから口を出した。
「本当!? オレに似合うかな!?」
「似合うともさ。だってこの服もマスターも最高にクールじゃないか。身につければクールとクールのかけ算で、マスターの魅力を最大限に引き出してくれること請け合いだ」
「そうか、そうだよな! ベルゼブブならそう言ってくれると思った!」
「そしてオレが着たらもっともっとカッコよくなると思う」
「ああ! ベルゼブブは元からものすごくカッコいいからな!」
「フフーン!」
部屋の一角できゃっきゃと話に花が咲く。この兄とこの悪魔、いっそ呆れかえるくらいに仲がいい。なんというか完全に二人の世界だ。
そしてベルフェゴールはと言えば、カーラに取り入るでもなく輪に入るでもなく、ぷいとそっぽを向いていた。
……なるほど? ベルフェゴールのやつ、ベルゼブブにカーラを取られて拗ねてるんだ?
カーラとベルゼブブって仲がいいし、気もセンスも話も合うからきっと今みたいに会話に入れなくなったに違いない。
おまけに目当てのカーラはベルゼブブに首ったけ。次第に部屋に居づらくなって、トイレに引きこもったと見た。
そしたら僕が帰ってきたから、なんとか部屋に戻ろうとついてきた。だって一人で仲間はずれにされるより、二人で仲間はずれにされた方がまだ楽だもんね。
いつも高圧的でろくに僕の言うこともきかないあのベルフェゴールが! 仲間はずれにされて拗ねてトイレに引きこもって、あげく僕を頼ってこそこそ後ろからついてくるなんて!
「……なんだよ」
「いいや別に」
「なんで笑ってるんだよ」
無意識に顔が笑っていたらしい。ベルフェゴールが不満げに顔を覗き込んできた。
(未完)