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    なんなの

    @honmani_nannano

    日本語 トテモ むずかしネ

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    なんなの

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    洋の胸ポケットに三のアクスタがある話

    【再掲】おにあいのふたり昨今、すっかり世間では推しという言葉が浸透し、誰もが気軽にお気に入りの人物やキャラクター、はたまた物でも場所でも何でも推し、と称するようになった。
    そして気が付けばそういった推しを持つ人々の趣味としての活動が推し活と呼ばれるようになり、今ではライブ一つ行くにも推し活としてカウントされるらしい。
    更にはこの推し活ブームに目を付けた多くの企業によって様々な推し活グッズが展開され、推しを連想させる推しカラーといった豊富なバリエーションの応援グッズから日常使いの出来る雑貨まで何でも御座れだ。
    しかも、ある研究所の調査報告によればこの推し活による経済効果はなんと驚きの六千億円以上らしく、これらの情報を聞いてもいないのにベラベラと一方的に語ってくれた同じバイト先のオタクくんは推し活によってオタクは心が潤い、経済も回ってみんなハッピー、そう締めくくったので、オレは愛想笑いをした。
    そんなわけあるかよ。というのがオレの正直な本音だ。
    何事も本人が楽しければそれでいいとは思うが、最近はこの推し活という言葉に縛られ、本来の楽しみ方を見失った人間が増えたように感じるのはオレだけか
    対象が何であれ本人が無理なく満足のいく形で楽しむのが一番いいだろうに、推すからには己の財力で推しを支えなくては、と必死な人間が増えたように感じる。
    オタクの中には推しの貴重な収入になるからと同じグッズを大量に買うのもそう珍しい行動ではないようで、件のオタクくんも推しメンの為に相当必死だった。
    推しがライブ会場などで直接交流の出来る距離が近いタイプであれば見返りもあるようなので頭ごなしに否定することはしないが、生活費を削ってもまだ足りない金を借金で補い、返済費用と新たな軍資金を稼ごうと深夜のコンビニで副業してまで推し活を続けようとする彼は一刻も早く推し活を卒業するべきだと思った。
    勿論彼は極端な例ではあるものの、この推し活ブームが続けば誰がいつああなるか分かったもんじゃあない。

    「その点オレの推し活と言えばまあ健全なもんだよな」

    ある日の休日、オレは電車内で隣に座る大楠へスマホ内の写真データを一枚一枚じっくりと時間をかけてお披露目しながらそう言い、なあと同意を求めたのに

    「なあ洋平、オレと出かける度にその話するけどお前の推し活だって大概だぜレベル百の奴と比較したら自分が霞むとでも思ってんのかベクトルが違うだけでお前もある種レベル百のオタクなんだから諦めろよ」

    と、オレを哀れむような瞳で見つめながらそう返され、ポン、と肩に置かれた掌から不必要な優しさを感じた。

    「人が折角推し活を満喫してきたばっかりなのに失礼なこと言うなよな。何だよ、ベクトルがどうこうって」
    「だからよお…確かになそのバイト先のオタクくんもヤバイけど、お前もヤバイよっていう超単純な話な」
    「オレもヤバイって何を根拠にそんな勝手なことを…」
    「いやいや何を根拠にも勝手にもねえの。お前それマジで言ってる今日一日自分が何してたか忘れたか」

    ヤバイヤバイと繰り返す大楠はどうやら本気で怯えているらしく、ヤバイの次には何度もマジかとオレの顔を覗き込むのでオレは少し言葉に詰まってしまった。
    今日一日、オレは何かおかしな行動をしただろうか
    あまりに大楠がヤバイと繰り返すので今朝からの行動を振り返ってはみたものの、思い出せるのは誰の迷惑にもならず、純粋に心から楽しめる推し活のみだった。
    朝九時に三井さんの実家前に大楠と待ち合わせをして聖地巡礼ツアーの記念すべき一枚目の記念撮影を行い、その足で三井さんの母校である武石中学校へ行き、校門前で記念撮影をすると三井寿を語る上で決して外せない恩師である親父と出会った総合体育館へ移動し、勿論そこでも記念撮影を行うと中学生の頃に三井さんが部活仲間と通ったと言っていたファミレスで遅めの昼食を取り、三井さんが好物だと言っていたクラブハウスサンドと共に記念撮影をしたあとは三井さんがグレていた頃にたまり場にしていたゲーセンやカラオケ、ボーリング場などを巡り、向かったあちこちで記念撮影をして三井さんが毎朝の日課としているランニングコースで優雅に散歩を終えた今は聖地巡礼ツアーの締めである我が湘北高校へ電車で向かっている真最中だ。
    …はて、非情に充実したこの推し活にどんな問題が
    しかも今から向かえばちょうどバスケ部の練習が終わる頃で、運次第では本人に会えるかも知れないのに

    「あー…ツアーから小学校を外したのはヤバかったかもな。でも小学校まで行くのは流石にまずくねえか」

    そこで一ヵ所、最後の最後まで今回の聖地巡礼ツアーに組むべきかを悩んでいた小学校の存在を思い出し、やはり小学校も外すべきではなかったか、と後悔した。
    けれど卒業生ですらない全くの部外者であるオレ達二人が小学校の校門前で記念撮影なんてしていたら不審者だと間違えられ通報されても文句は言えない状況だ。
    もしもそんなことになった場合、三井さんの聖地を穢してしまった罪悪感でオレは一生立ち直れないだろう。
    推すからにはマナーを守り、近隣住人の皆様のご迷惑にならないように節度ある行動を心がけるのは当然だ。
    如何に他者より金を積み、如何に他者より現場へ通い、如何に他者より目立ちたがる厄介オタクと違い、オレは立場を弁えているし、礼儀だってきちんとしている。
    それなのにどうやらオレは的外れな発言をしたらしく、大楠は露骨な溜息をつくと項垂れ、あのな、と始めた。

    「オレが言いてえのはそこじゃねえよ。って言うか何で中学校はOKで小学校がNGなんだよ。まあ、そこはもうどうでもよくって…問題はお前の推し活な推し活ってほら…アイドルとかアニメとかのキャラクターとかそういうのがメインだろだけどお前の推しってただの一般人のミッチーじゃん。それなのに本人に内緒でアクスタ作って勝手に聖地巡礼だってアクスタ片手にあちこち動き回るのってもう普通に恐い話だろ。本人が知ったら絶対泣く。あー可哀想。友人のよしみで黙って付き添ってくれるオレに感謝しろよな」

    オレの生き甲斐である大切な推し活を否定し、恩着せがましい言葉でまとめた大楠がオレに付き添って撮影のサポートしているのはオレに金を借りているからだ。
    その恩も忘れ、偉そうに講釈を垂れる薄情なこいつに一度オレの方こそ説教をしてもいいが、理解力が無いのではなく理解しようという意思の無い者にオレの推し活がどれだけ素晴らしいかを説いても時間の無駄だ。
    だがしかし、一つだけ忠告しておかなくてはならない。

    「大楠、お前がオレの推し活をどう言おうがそれはお前の自由だけどな…いい加減に覚えろ。アクスタじゃねえ、みったゃだ。みったゃ。ほら、一度呼んでみろ」

    そう言ってオレの推し活のマストアイテムみったゃを胸ポケットから取り出し、大楠の顔に近付けたのに奴は顔をそらし、頬を引き攣らせ、勘弁して、と言った。
    更にみったゃをオレの方へ押し返そうと腕を伸ばしたのでオレは慌ててみったゃを仕舞い、胸ポケットの上から撫ぜながらごめんね、恐かったね、と声をかけた。
    このアクスタ…ではなくみったゃはオレの人生を変えたと言っても過言ではないほど素晴らしいアイテムであり、今ではどこへ行くにも欠かせない大切な宝物だ。
    何より素晴らしいのは印刷されているのが三井さん自身の写真で、日頃から友人との写真に慣れているあの人はオレがスマホのカメラを向けるとまさかそれがアクスタにされるとは思いもせず無邪気な笑顔を向けた。
    元となる写真が手に入りさえすればあとは上手に写真をトリミングし、背景を透過し、印刷所のHPにある専用フォームを入力し、届くまでの期間は僅か一週間。
    そうして三井さんのアクスタ…改めみったゃをお迎えしたあの日、オレは初めて推し活の重要さを痛感した。
    以来オレは常にみったゃを胸ポケットに忍ばせて生活するようになり、どこへ行くにもみったゃが一緒に居るというだけで心が満たされ、不利な喧嘩もみったゃという守るべき存在によって心を支えられ、こうして休日に聖地巡礼をするまでにはQOLが爆上がりした。
    ちなみにみったゃと名付けたのはバ先のオタクくんによると最近のオタクは推しの名前にたゃの二文字を加える傾向にあるという情報を参考にしたもので、強者となると名前どころかたゃ、の二文字で呼ぶとのこと。
    オレの場合はオタクと言うよりは純粋に三井さんのファンというだけなのでミッチーという愛称をもじって閃いたこのみったゃというオレだけの愛称で十分だ。
    そんなオレの推し活事情を知っているのは大楠だけで、三井さん本人には勿論、花道にだって内緒にしている。
    無許可で写真を使用しているわけだし、同じバスケ部である花道が口を滑らせでもしたら一瞬で人生終了だ。
    あくまでも推し活は自己満足で成り立つものであって、公式に迷惑をかけたり不快な思いをさせたりは論外だ。
    そこまでマナーを徹底しているオレはファンの鑑とも言えるだろうに、暫く黙っていた大楠は顔を上げると

    「いつかお前が本人をみったゃと呼ばないか心配だ…」

    なんて言うので、有り得ねえよ、とオレは鼻で笑った。
    何度も言うが、オレはその辺の勘違いオタクとは違う。
    みったゃを本人に無許可で生み出したという点さえ除けばマナーの良さは言うまでもないし、そもそも推し活に至る全ての原動力は三井さんへの愛によるものだ。
    本人を困らせたくないからこそ極秘で活動し、今までに撮影したみったゃの写真は全て流出対策としてにスマホの中にのみ保存し、SNSへの投稿など以ての外。
    三井さんとみったゃのツーショットも本人にはバレないよう遠くから慎重に撮影し、悪用する気は一切無し。
    そもそもオレの推し活はみったゃの撮影がメインとなるのでTPOさえ弁えていれば誰の迷惑にもならない。
    公式様へのリスペクトを心がけるのは推し活の基本だ。
    そのオレが勝手に呼び始めたみったゃなどというオタクのような愛称で本人を呼ぶだなんてミスは絶対に有り得ないし、有り得てはならない…と、オレはオレを信じていたのに、どうやらそれは自惚れだったようだ。
    あろう事か、オレは本人をみったゃと呼んでしまった。





    事件発生時刻は十七時半過ぎ。湘北高校の校門前にて。
    本日のゴールである学校に到着すると狙い通り帰宅途中のバスケ部一同と遭遇し、運の良いことにこれから一緒にファミレスで食事をしないかと誘われたのだ。
    当然喜んで、と食い気味に答えたオレは大楠を花道に押し付け、さり気なく、自然に三井さんの隣に並んだ。
    そのままファミレスへ歩き出すと同時にオレは今日の聖地巡礼のスケジュールから三井さんの小学校を外した後悔と、そもそも母校を知らないことを思い出した。
    そこでさり気なく、自然に探ろうと話題を振ったのに

    「ところでさ…三井さんの小学校ってどこか教えてよ」

    と、言ったはずのオレの口は無意識にもいつもの癖で

    「ところでさ…みったゃの小学校ってどこか教えてよ」

    と、あまりにもナチュラルに本人をみったゃと呼んだ。
    すると全員が立ち止まり、暫くの沈黙ののちに全員が口を揃えてみったゃと聞き返した次には何故かオレと三井さんを円陣で囲み、少しの隙間もなく包囲した。
    すかさず噛んだだけだと言えればまだ良かったが己の有り得ない失態に狼狽えたオレは包囲される直前で不格好にもその場から逃げ出そうとし、動揺から足がもつれ、三井さんの足元にみったゃを落としてしまった。
    終わった。完全に終わってしまった。全てが終わりだ。
    そう絶望し、周囲の容赦ない視線を全身に浴び、いっそこのまま意識を手放した方が楽だと思った、その時。

    「………たゃ…っ」

    この状況で唯一口を開いた三井さんは足元のみったゃを拾い上げると感極まった声を出し、奇跡を起こした。
    なんと、おもむろにジャージのポケットを探った三井さんはそこから身に覚えのないオレのアクスタを取り出し、両手に二枚のアクスタを持って綺麗に微笑んだ。

    「みったゃ…オレとタキシードのアクスタ作ろ」
    「たゃ…アクリルブロックの注文も忘れるなよ」

    こうして、奇跡を喜び抱き合うオレ達に周囲は全く心の籠っていない不揃いの拍手を送ってくれたのだった。
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