【再掲】「点呼を取るぞ。いち」
「に」
「よし、全員揃ってるな」
深夜のファミレスにて。
ボックス席に向き合って座る俺と徳男は点呼を済ませるとお互いのスマホを取り出し、SNSを開いた。
こんな時間帯でもTLは賑わい、話題は様々だ。
ざっとスクロールした中にめあての人物の投稿は見当たらず、非公開設定のリストから確認すると最終更新は六日前のままだった。
アカウントそのものが作られてまだ一ヶ月足らずで、投稿数はたったの四件。
相変わらずの低浮上ぶりにがっくりと肩を落とし、何度もスクロールしてはこの瞬間に新たな投稿がこないものかと間抜けな更新音を鳴らし続けた。
そんな俺を哀れに思ってか、徳男は慰めるように三っちゃん、と優しく呼びかけてくれる。
心配させないよう大丈夫だと即答するものの、スクロールをする指は止められず再びシュポッと更新音を鳴らした。
「なあ、どうしたら水戸の更新が増えると思う」
「そりゃあ綺麗な景色を見たり、映えるような飯を食ったり…でも、そもそもアイツがそんなことをするとは思えないしなあ」
俺の質問を茶化さず真剣に悩む徳男は本当に良い奴だ。
他の連中、特にうちのバスケ部員なんて同じ質問をしたところで全員が全員お疲れさん、と片手を上げて足早に逃げ、流川の野郎に至ってはワンオン、の一言のみ。
どいつもこいつも人の悩みをまともに聞こうとせず、助言も何もあったものではない。
だからこうして俺は頼りとなる徳男を相談相手として呼び出したわけだ。
徳男の言う通り、水戸は綺麗な景色をわざわざ載せやしないし、映えそうだと飯にカメラを向けもしない。
そもそもSNSだって俺が誘って初めてアカウントを作ったくらいだ。
本人に関心が無い以上はどうしようも出来ない。
そう分かってはいるのに、やはり本人自ら発信するプライベートの情報を望んでしまう。
「もっとこう…これ食べたとかここ行ったとかあればアイツの好みが分かって話しやすくなるのにな」
「うーん…俺の目からはどう見ても三っちゃん大好きアカウントだよ。それも過激派寄りの」
「…徳男、何で俺がお前を呼び出したか分かるか俺にとって信頼できるのはお前ただ一人なんだ。だからいくら俺が哀れに見えたってそういうお世辞や社交辞令はやめろよな。次言ったら承知しねえぞ」
「ご、ごめんよ三っちゃん」
第三者の、それも徳男にそう言われて悪い気はしない。
けれどあまりにも現実離れした仮説は何よりも残酷な嘘となる。
だから強めに徳男を叱り、一瞬でも緩んでしまった頬の筋肉を引き締めた。
百歩譲って、俺や水戸を知らない全くの赤の他人が水戸のアカウントを見た場合、そういう風に見えなくもないかも知れない。
アイコンは俺とのツーショットだし、投稿された全ての写真には必ず俺が写り込んでいる。
ただしそれらにはきちんとした理由がある。
大前提として、水戸はSNSに関心が無かった。
だから今日こそ水戸とSNSでも繋がってみせるぜ、と決意した俺が勇気を振り絞って昼休みの屋上まで乗り込み、交換を持ち掛けた際にはごめん、やってないんだよね、と申し訳なさそうに肩をすくめていた。
そこで俺が露骨にしょげてしまったものだから優しいアイツはこれを機に始めてみようかな、教えてくれるでしょと続けてくれたのだ。
やったなミッチー、良かったなミッチーと騒ぐ外野を無視し、慣れない手つきでSNSのアプリのインストールを始めた水戸をサポートしたのは誰でもなく俺である。
アカウント名はシンプルにmtの二文字で、IDは水戸と俺の誕生日を並べたものとなった。
アカウント名はまだ分かるとして、どうしてIDに俺の誕生日を加えたのかと聞けば絶対に忘れないからだと当たり前のように笑顔で答えてくれた。
更にパスワードは俺の体重と身長も混ぜたらしい。
それだけでも十分嬉しいファンサなのに、驚いたことに水戸はアイコンに使用する写真をその場で一緒に撮ろうと誘ってくれた。
突然のチェキタイムに俺はパニックを起こし、青空をバックに撮ろうと手招きする水戸へ何度も両手を左右へ振って無理だと断った。
それなのに面白いことになってきたぞと囃し立てる外野共から強引に水戸の隣へ並ばされた挙句、連中と共に悪ノリした水戸は俺が逃げられないようしっかりと腰を抱き寄せた。
そうなると俺は硬直するしかなく、二年も年下の連中に野次られながら水戸とのツーショットを撮影されてしまった。
それがそのままアイコンとして使用されているだけだ。
いつ見てもスカした笑顔の水戸の隣で気恥ずかしそうに俯きがちな自分の姿が滑稽だ。
当然何度も撮り直しを求めたが水戸はこれで良いじゃんと笑うだけで、俺の要望に耳を傾ける気は一切無いらしい。
そういう少し意地悪なところも好き、というのは俺と徳男だけの秘密である。
次に計四件の投稿写真について説明する。
記念すべき初投稿はその日の部活終わり、皆と別れた後にたまたま出会った水戸とそのまま立ち寄ったカフェでのことだ。
水戸が言うには以前からその店のフラッペが気になっていたが中々男一人で入るには敷居が高く、桜木達とでは騒がしくなってしまうから付き合ってくれないか、とのことで、誘われた俺は飛び跳ねそうになる気持ちを抑えて頷いた。
水戸はシンプルな珈琲のフラッペを頼み、俺が選んだのは果肉の入った桃のフラッペだ。
割り勘で良いとは何度も言ったのに自分が誘ったからと水戸に奢られてしまい、申し訳ないと思いながらも一生の記念にしようと席に着いてからは何度もカップを撮影した。
すると正面に座っていた水戸がこういうのをSNSに載せるべきかと聞いてきたのでそれは個人の自由だと答え、水戸に判断を委ねた。
絶対に載せろ、今すぐ載せろ、さっさと載せろ、と必死に念じていたのも俺と徳男だけの秘密である。
俺の強い念が通じてか、水戸は一枚だけ撮影するとろくに確認もしないまま投稿した。
しかもコメントは何も無し。
そしてその直前に俺が投稿していた写真と自分の写真を見比べ、慣れないから上手く出来ないや、と眉を下げ照れくさそうに笑っていた。
その写真の詳細はと言えば慣れていないと本人が言うだけあってフラッペにピントが合わず、被写体となっているのはテーブルの奥側、つまり正面に座っている俺である。
とは言っても顔までは写っていないし、湘北のジャージだけで確実に俺だとは判断が難しい。
けれどしっかりと見ればテーブルの上へ乗せていた俺のスマホに付いている徳男お手製安西先生キーホルダーが写り込んでいるので分かる人が見れば分かるだろう。
偶発的なものであれ、俺は初めて水戸に撮影され、本人の初投稿の被写体となった。
それが嬉しくてたまらず徳男へ報告すると何故か徳男は共に喜びを分かち合うどころか青褪めて俺の背を摩っていた。
あれは何だったんだ。
その次。二度目の投稿は桜木達とタコパの材料費を賭けてボーリングで勝負をすることになったが久しぶりで自信が無いから練習に付き合ってくれないか、と誘われた。
アイツらにはバレないよう二人きりという条件に俺が断るはずもなく、何度もイメトレをして当日を迎えた。
グレている頃に遅くまで時間が潰せる場所は限られていたし、それなりに自信はあった。
なのに結果はオレの惨敗で、何を根拠に自信が無いと言ったのかは謎だ。
その際に水戸は頭上のスコアが表示されたモニターを撮影し、再び何のコメントも無しに投稿した。
相変わらず撮影は下手で、スコアよりもレーンにボールを放つ俺の後ろ姿がメインになっている。
これも俺個人と判断するには難しいが、球技は球技なので念の為に左足へサポーターをしていたから分かる人が見れば分かるかも知れない。
水戸と二人でボーリングへ行けたと報告する俺の話を徳男は慌てふためき、手負いのバンビの如く優しく抱擁してきた。
何のつもりだ。
三回目の投稿は水戸と俺の二人きりで行われたタコパでの撮影となった。
材料から飲み物まで全て用意したのに全員当日になって都合が悪くなったらしく、助けるつもりで来てくれないか、と誘われて俺は密かに自宅デートのつもりで向かった。
急なドタキャンとなったわりに材料は二人で適量くらいのもので、わざわざ俺が来なくとも水戸一人で頑張ればどうにか消費できそうだった。
それでも俺を誘ってくれたのが嬉しくてSNSへ自慢したい気持ちから大量の写真を何枚も投稿した。
それにつられてか水戸も専用のホットプレートに並ぶたこ焼きを撮影し、初めてコメント付きの投稿をした。
「味見を我慢した」と意外にも食いしん坊なコメントが実に可愛い。
写真はきちんとたこ焼きにピントがあっているものの、テーブルの向こうでたこ焼きを頬張る俺の横顔がボヤけながらも写り込んでいた。
三回連続の登場を徳男に報告するとどうしてか声にならない悲鳴を上げていた。
毎回毎回何なんだ。
最終更新となる四回目の投稿について。
これはつい最近行われた強化合宿を終えた足でそのまま水戸の家へ土産を持って行った際の投稿だ。
折角地元から離れたなら土産の一つくらいあっても良いだろうと土産屋に寄り、ウケ狙いに猫の顔の形をした一口サイズの煎餅を一箱購入した。
煎餅なんて年寄りくさいかと悩みもしたが水戸は予想以上に喜び、合宿終わりで疲れているだろうにわざわざ土産なんて嬉しいよ有難う、と大喜びしてくれた。
その上このまま泊まって行きなよと誘われ、風呂だ飯だともてなされてしまった。
初のお泊りだと浮かれたものの、疲労から気が付けば眠りについていた。
その間に水戸は土産を開封したらしく、一つだけ摘まんだ写真に「うまそー」と短いコメントを添えて投稿した。
素人ゆえの撮影技術によって奇跡が起き、熟睡している俺の目元が上手く煎餅で隠れている。
これも顎の傷を見れば分かる人には分かるだろう。
土産を喜ばれ、初のお泊りが嬉しくて徳男に以下略。
といった様々な偶然や事情があってのことで、水戸があえてそのように仕上げたアカウントではない。
初めこそ俺のワガママに付き合ってSNSらしい投稿を続けてくれたが、いい加減に飽きた頃だろうと諦めた方がまだ気が楽になれるかも知れない。
泊りを許されるほどの仲になれたのは確かだし、現状に甘えて欲を出すのも危険だ。
「におわせ牽制アカウントなんだけどなあ…」
「………何だよそれ」
「だってアイツ…あ、いや、何でも」
「言えよ、気になるだろうが」
ふとこぼした徳男の言葉が気になり、テーブルの下で続きを急かすようつま先で床を鳴らした。
におわせだの牽制だの水戸らしくない言葉はアイツの名誉に関わるのだから俺が訂正してやらなければならない。
そもそも写っているのはほとんど俺なのだ。
におわせも何もあったものではないだろうに何を言っているんだ。
「じゃあ見せるけど…三っちゃん、アイツの本性を知って悲しまないでくれよ」
「…何だよこれ」
観念した徳男はスマホを操作し、自分がメンバーになっているリストを開いた。
そこにはたった一つ。拳の絵文字がリスト名とされたものがあった。
しかも作成者は水戸ときたものだから俺は目を見開いた。
すぐに徳男のスマホを借りてリストを開けばメンバーに加えられた連中の投稿がずらりと並んだ。
そのどれもが俺と親しい奴らばかりで、水戸とは無縁の他校の生徒も含まれている。
それなのにどれだけ探しても俺のアカウントは見当たらず、自分だけが無視されている事実に視界が揺らいだ。
おかしい。どうして俺だけリストに加えられていないんだ。
SNSは俺が教えたのに。SNSは得意じゃない、あまり興味も無いと言っていたのに。
いつの間にリストまで使いこなせるようになっていたんだ。
それも、俺を無視してまで。
「お、俺だけハブられてるう…」
「そうきたかあ…違うよ三っちゃん、これはアイツの監視リストだから。三っちゃんと親しい人間に自分の投稿を見せつける為のリストでもあるんだってば」
「俺もリストに入りたいいい…」
「聞こえないかあ」
リスト名に拳の絵文字を使うくらいだ。
これはきっと生粋の不良である水戸がワル中のワルと認めた者だけが許されたリストなのだろう。
となると更生した俺が加えられる可能性は低く、無視された理由も分からないでもない。
しかし羨ましい気持ちは抑えられず、テーブルの下で激しく地団太を踏んだ。
こんなリストを作る暇があるなら湘北バスケ部のリストを作っても良いじゃないか。
おやすみbotとなっている流川は例外として、全員それなりに充実した投稿をしている。
俺の投稿を見ていて飽きないと言ったのは誰でもなく水戸本人なのにこの扱いの差はどう説明する気なんだ。
「三っちゃん落ち着いて。ほら見て、あの悪魔は俺達を監視しては三っちゃんに関する投稿のみいいねしまくってるんだよ。これがその証拠。ほら、水戸のいいね欄、全部誰かが投稿した三っちゃん関連のものだよ」
「俺は水戸からいいね貰ってないいい…」
あろうことか、徳男は完全なるプライバシーとも言える他人のいいね欄を確認するタイプの人間だった。
それに驚きもしたが、水戸が他人の投稿へいいねをしているだなんて現実を知ったショックの方が遥かにでかい。
お互いにフォローし合うようになって以来、水戸は一度も俺の投稿にいいねを押さなかった。
それはSNSという文化に疎い水戸だからこそだと信じていたのに、これもまた俺が無視されているだなんて信じたくもない。
どうしてだと自問するも答えは出ず、あまりのショックに嫌われているのではと不安にもなった。
和解したと勝手に勘違いし、距離感を見誤った俺へ遠回しに嫌いだとでも伝えているつもりなのか。
「なあ徳男、一生のお願いだからアカウント交換しないか絶対バレないようお前になりきってみせるし、水戸からいいね貰えたらすぐに返すって約束もするぜ」
「そうじゃなくて…そうだ、ちょっと見ててよ」
「………そんなの撮って楽しいか」
いつもの徳男なら任せろ三っちゃんと応じてくれるのに、流石にアカウントの交換は抵抗があるようだ。
話題を変えようと突然テーブルの上へメニューを置き、表紙だけを撮影するとコメントを付けずに投稿した。
それからお互いのスマホから徳男の投稿の動きを眺めていると、高嶋による「誤爆?」というコメントが一件ついた。
あとは同じ手芸趣味で繋がったらしいフォロワーによるいいねがいくつかつくだけで、それ以上は何も起きなかった。
時間にしてものの三分の出来事だ。
アカウントの交換は冗談…とまでは言わないにしても、そこまで本気で言ってはいないのだからそう強引に他へ気を反らそうとされると居心地が悪くなる。
「じゃあ三っちゃん、メニューを両手で持ってみて」
「…ん」
「………ほらこれだ」
「き、記念のスクショ…」
徳男の指示に従い、メニューを持てば正面から一枚撮影された。
そして再びコメント無しの投稿をしてから僅か三十秒もしない内に徳男のスマホへmtさんがあなたの投稿をいいねしました、というメッセージが表示された。
あちゃーとでも言うように掌で目元を覆って天井を仰ぐ徳男の異変を気にするよりも、突然の水戸召喚に慌てた俺は無断で徳男のスマホからその記念すべき瞬間をスクショで残した。
このデータは後で送ってもらおう。
第十四回水戸洋平十五歳攻略会議。今夜は中々白熱したものとなりそうだ。
どうせ明日は休日で、部活も無い。
いつもならお開きの時間をとっくに過ぎてはいるが、こんな状態で徳男を帰すわけにもいかない。
こうなれば夜通しでも会議を続行だ。
「三っちゃん、悪いが今夜はここまでだ。送ってあげるから一緒に帰ろう。ほら、すぐ立って」
「な、何でだよ…寧ろこれからだろ…」
「だったら場所を変えよう。例えばカラオケとか」
徹夜を覚悟したのに、早速徳男は帰ろうと急かし始めた。
それを渋れば場所を変えるよう提案し、辺りを警戒して頻繁に見渡している。
まるで肉食動物の気配を察知した草食動物のようだと思いつつも、カラオケはなあ、と更に渋ってしまう。
いつだったか、深夜のカラオケは治安が良くないので絶対に禁止、と水戸と約束をしたのだ。
例え徳男と一緒に居ても何が起きるか分からないからと念入りに釘を刺されているのでそう簡単に約束は破れない。
今夜のこの会議だって水戸から深夜のファミレスは禁止、と言われていないからここを選んだのだ。
その他は約束を破ることとなるので俺としては移動を却下したい。
ガラの悪い客が居るわけでもないし、移動する理由は無い。
「三っちゃんが水戸を好きなのは分かったつもりではいるけど…やっぱりアイツは危険だ」
「危険って…そりゃ喧嘩となると…ん」
無理矢理にでも移動させようと腕を引かれたが、それでも椅子から離れずにいるとスマホが通知で振動した。
すかさず確認すると水戸の新たな投稿を知らせるもので、これから夜食、というコメントと共にもうじき到着するファミレスの写真が投稿されていた。
しかも偶然にも俺達が居るこの店を外から撮影したようで、窓から見える店内にしっかりと俺が写り込んでいる。
つまり、ほとんど同じ敷地内に居るのではと思い、出入り口の方へ視線を向けると時間帯的に風呂上りで前髪を下した可愛い水戸が笑顔で片手を上げながらこちらへ向かっている最中だった。
「やあ、三井さんに堀田さん。奇遇だね」
まさかの好きピご本人の登場に言葉を失った俺を庇うように、徳男はぐひんっと泣きながらも懸命に以下略。