面白きこともなき周回を面白く高杉社長を書いてみようとした
途中で切れます
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あたりが焼け野原になったのを見届けてから、高杉は手近なカフェーへ入った。銅だか真鍮だかを叩いてのしたような看板に、甘たるい西洋菓子の名が焼き付けてある。店の名前なのだろう。食べたことはない菓子だったが、横文字の響きだけで十分に胸やけがする。引いた扉の蝶番はやけに重い。ベルが尖った音でちりんと云い、対して店員は、蚊の鳴くような応対で客を出迎える。
「二名様ですね」
お好きなお席へどうぞ、と言われて初めて高杉は、自分の後ろにもう一人居たのだと気が付いた。カルデアのマスターだ。白っぽい衣服と頬は煤だらけで、とてもじゃないが洒落たカフェーで一服する格好ではなかろう。人のことは言えないが。振り返る視界で、高杉は自分の髪の、ほどけて赤く、爛れたように黒いのをとらえた。こんな血でべとべとの人間を、よくまあ客として迎え入れたものだ。
「いらっしゃいませの前に医者だろ、普通。それか悲鳴」
「返り血だってわかったんじゃないかな」
「へえ。君の行きつけかい、この店」
「特異点に? まさか。でも血まみれの客なんて、めずらしくなさそうだから」
マスターが肩越しに外を振り返る。ドアにはめ込まれた摺り硝子からは遠くの閃光だとか、煙だとか、熱だとかが透けて見える。電燈がちかちかと頭上で文明を燃やすかたわら、店の内には銃弾と刀の跡が、さながら壁紙か床の模様の如くに刻まれ、陰影を作っていた。
「たしか五分と言ったよな。その間に珈琲は頼めるかい?」
「インスタントでもないのに難しいと思います」
「砲撃の時間を延ばしてもらおう」
「無茶言わないでくださいよ、社長」
「ハハ。もう社屋もつぶれてしまったけどな」
「それは」
いったい何棟目の社屋の話をしているのだろう。言いたげに言いよどむマスターへ、高杉はにっこりと笑ってみせた。いつのことだっていい。会社は事業と理念があればよく、登記場所や勤務地はどこでも、どうとでもなる。もっとも登記の手続きをするのは自分ではないだろうが。そこまで考えて、優秀な契約社員の悲鳴と、魂だけ置いていった恩師の言葉とが、耳の中をぐるりとした。吐きそうに気持ちが悪い。水も持ってこないのか、さっきの給仕は。
「行きましょう。これ以上はお店にご迷惑です」
「迷惑も何もあるかよ、どうせもうすぐ消えるんだぞ」
「ええ。だから珈琲なら戻ってからにしましょう」
美味しく淹れてくれるサーヴァントがいるんです。お酒は難しいけど、珈琲なら一杯付き合いますから。
マスターがそう言うと高杉はすうっと眉根を寄せる。
「知ってるぞ、ソイツ。僕と入れ替わりで周回へ行くんだろう」
「あれ。もう会ったんですか」
「いいや、だが食堂で諸葛亮孔明を名乗る謎の男と話した」
「なるほど。ちなみにそれ謎の男じゃなくて本物の孔明先生ですよ」
「なんだって?」
「はい、休憩おしまい」