無駄な抵抗――間違いない。
ヘクトールは自身の体に現れた諸症状に絶望していた。
明らかに上がっている体温。
荒くなる呼吸。
目の前にちかちかと眩しく散らばる星々。
これといって体調に不具合があるわけでもないし、デバフを受けるような戦闘もしていない。そうなるとこの症状の原因として思い当たるのはただひとつ。このカルデア内でまことしやかに噂がされている、サーヴァントの内蔵に存在しているという回路、「ときめき回路」の回転以外で説明することがヘクトールにはできなかった。まるで正解だとでも言うように、症状としては聞き覚えのない胸の高鳴りまで発症しだし、まして始末に終えない状況になり始めた体調に、ヘクトールは絶望を通り越して苛立ちを覚えていた。
ヘクトールは纏っている霊衣の上から自身の胸の上に手をおいた。徐々に高鳴りを増す動悸だけでもどうにかならないないものかと胸を強く押さえつけてみるも、痛みと、服の上からでも感じる激しい動悸が手のひらに伝わり、なおのこと症状を自覚させられただけだった。まるで、それが無駄な抵抗だと自身の体の中にある回路事態に嘲笑われているように感じ 、悔しさから掻き毟るように胸に当てた手を霊衣ごと握り締めた。
すべてはあの男。夏だか何だか知らないが、真新しい霊衣を身に纏い、やけにきらきらとしたオーラを放つ、生前自身の命を奪っていった男。ひとたびあの男を視界に入れると、感じていた体の変化が勢いをつけて増幅されていくように感じた。
――俺が、あいつに、ときめいているとでも言いたいのか……?
その自覚がヘクトールの中に生まれた瞬間、感じていた苛立ちが焦りへと変化する。
このことを、あの男、アキレウスに知られるわけにはいかない。自分がアキレウスにときめくことなどあってはならないことのなのだ。
他のサーヴァントに交じり、笑いあうアキレウスを視界に入れぬよう、ヘクトールは一人静かにその場を離れた。その背中を、獲物を見据えたような黄金の瞳が睨みつけていたのをヘクトールが知ることはなかった。