ミラーリング #1(カルデア編) じゃら、とマスターの手に抱えられた聖晶石が音を立てる。
「じゃあ、いくよ、マシュ」
「はい、先輩!」
そばでは、祈るように両手を組んだマシュが固唾を飲んで見守っている。
「今度こそ……今度こそ麻婆豆腐以外のものを召喚するからね」
「はい、先輩!」
「毎日毎日フリクエを回って……長かった……ようやくここまで……」
「はい、先輩! 今度こそ、きっと大丈夫です! 英霊のどなたかが、先輩の呼びかけに応えてくれますよ!」
「やっと集めたこの血と汗と涙の結晶……頼むよ! おりゃ!」
マスターは、虹色にきらめく石を召喚サークルに投げ入れた。
くあ、とオルタナティブのクー・フーリンはあくびをした。
血走った目で「石を集める」と言ったマスターに付き添い、数時間前までレイシフト先でひたすら獲物を狩っていたのだ。帰ってきてからはずっと寝ていたのだが、まだ眠い。
廊下をだらだらと歩いていると、向こうからスカサハとプロトタイプのクー・フーリンが一緒に歩いてくるのが見えた。
「あっ、オルタのオレ!」
プロトが手を振る。適当に「おう」と返事をすると、スカサハが顔を覗き込んできた。
「ふむ、随分と気が抜けた顔をしているな」
「さっきまで寝てたからな」
ふあ、と再びあくびをする。目に滲んだ涙を雑にぬぐう。
「ケルトの戦士たるものが、たるんどるぞ。どれ、今からこちらのセタンタに修行をつける予定だが、おまえも一緒に鍛えてやろう」
「いや、俺はいい」
「えーなんでだよ! 一緒に手合わせしようぜ!」
「キャスに呼ばれてる」
「へ、年食ったオレ? なんで?」
「知らねえ。なんか気になることがあるとかなんとか──」
「どええええええええええええええええ!!!???」
響き渡った大声に、三騎の顔つきが一瞬で変わる。
「今のは……」
「マスターの声だ」
スカサハがいち早く廊下を蹴った。その後について、プロトとオルタも走り出す。
「敵襲か?」
「それにしちゃ警報は鳴らなかったけど」
「マスターは召喚室にいたはずだが……ランサークラスの英霊を呼び出したい、などと言って──」
目にも止まらぬ速さで三騎は召喚室にたどり着いた。空気にたゆたう魔力の濃度に、サーヴァントが召喚されたことを察する。
「マスター! 何があった!」
煌々と光が漏れる部屋にスカサハが乗り込む。
「師匠! おまえらも」
「キャスターのセタンタ……? どうしておまえがここに。マスターは?」
「オレもあんたらと同じ理由。異変を感じて、それで──」
オルタのクー・フーリンは、ぐいと首を伸ばして部屋の中を覗き込んだ。
召喚サークルの前にマスターとマシュが立ち尽くしている。どうやら、マスターたちは無事だったらしい。では、いったい何が?
召喚サークルから光が漏れ出している。サークルの中央に人影が立っていた。間違いない。英霊だ。
「よう!」
ドン! と何かが床に打ち付けられ、オルタは目を細めた。棒のようなものだ。いや、あれは……槍?
「サーヴァント、ランサー! 召喚に応じ参上した!」
威勢のいい声とともに、人影は召喚サークルから足を踏み出した。光が薄れていき、姿がはっきりと見えてくる。
「嘘だろ」
隣でキャスターがつぶやいた。オルタも自分の目を疑う。
英霊は、目を丸くしたまま動けないでいるマスターを見下ろすと、目線を合わせるように体を折り曲げてニカッと笑った。
「ま、気楽にやろうや、マスター!」
硬直したマスターが、ちらりと目線を下方に向け、そして目の前の顔に戻す。
あまりにも見覚えのある赤色の瞳。さらりとした青い髪。どこかで見たことがあるような霊装。
「あなた、クー・フーリン?」
「なっ、オレまだ真名は名乗ってねえぞ!? え、なんでわかったんだよ。だって今までの聖杯戦争じゃ、そんなすぐには──」
言いかけて、ランサーのクー・フーリンはキャスターに気づいた。あれ? という顔になる。その隣のオルタに視線が移る。そして、その隣のプロトにも。
オルタは言葉もなくその姿を見つめた。
色こそ同じだが、自分たちよりも長いまつ毛。赤い唇。そして何より、存在するはずのない、胸元の膨らみ。
マスターがポツリとつぶやく。
「……女?」
カルデアに召喚されたランサークラスのクー・フーリンは、女性だったのである。