それっていわゆる「推しとオキニがカップルになっちゃったんだよな」
いつもの集まりの最中、叶が脈絡もなく口にした言葉に一瞬反応できなかった。 村雨と真経津はスッと表情を消し、俺を見ている。
「わりといい歳だし、結婚とかすんの? 事実婚? ご祝儀って3億あればいい?」
「なんの話だよ、なんの」
「さっき言ったろ、推しとオキニが俺より先に繋がってて、しかも知らねーとこで付き合いだしたからイラついてんだよ」
推しは確か村雨のことだ。オキニというのがわからないが、村雨と交際しているのは俺だ。村雨が本気で隠している本命がいるなら話は変わってくるが、今のところその気配はなさそうなので俺しかいない。
「叶さん酷いなー、お気に入りはボクもじゃないの?」
「晨君は別枠だよ。敬一君はなんつーかさー、いや晨君はわかるだろ? カラス銀行で口座作ってすぐやりあった相手なんだから」
「えー? まあ面白いなとは思っているけど、村雨さんほど熱烈じゃないよ」
「オキニってお気に入りってことか? ネット用語ばっかり使うな」
「はー、改めてくっついてんだと思うと面白さとつまんなさの喧嘩がすげー、やだー」
「真逆の感情じゃねえか」
こいつはそんなに情緒不安定だったか? 人間を見る目の大きさは類を見ない程だが、感情は安定しているような印象が強い。でもパン屋に行った時の夕方は村雨と三人でシリアスな空気になったな。服装からは連想しづらいけど真面目さもあるか。今の話題はべつに真面目じゃないが。
「つうかわりといい歳って……俺が二十六で村雨は二十九、叶テメーは二十八だろうが。相手いんのかよ」
「いない」
「いねーなら人の関係に口出すなよ」
「推しとオキニで友達じゃ〜〜ん…………気になるだろ!」
そういうものかと思いながら真経津を見ると、にっこり笑って首をかしげられた。こと人間関係に関しては無臭なこいつに伺おうとした俺が間違っていた。御手洗に関しても掬い上げないくせに後ろをついてくることに関しては放置というか許しているみたいだし、距離感のわからない奴だ。
「ガキもできねえんだからいいだろ、別に。大体日本じゃ男同士は」
「あっ」
「あ?」
「あ、やっとヒットした。そこかー」
何時の間にか釣りか格ゲーの話にでもスライドしていたのかと思いながら二人が見ている方向を見ると、能面のような顔をした村雨がいた。
「あなた、結婚は子供のためにするものだと思っているのか?」
「は? いや別に……したほうがいい場合のが多いってだけだろ。一般家庭の事は肌感覚じゃわかんねえけど」
「……子供ができない者同士だからといって別れるつもりはないな?」
「なんでそういう話になんだよ、今んとこお前といられればいいし……つうか臑に傷があるくせに育てるとか無理あんだろ」
村雨の話がわからない。死ぬ可能性のある物騒な賭博をやっている以上、できるものなら伴侶の位置が欲しいが、そうはいかないのが現状だ。ガキの頃は見た目のせいでガイジンなどと差別的な呼び方もされたが、出生届を出されたのも日本、育ちも日本だ。特別に書類を書いたりする必要などもない。だが男なので、特別なことが必要ないのに男の村雨と結婚ができない。
子供もいらない。臑に傷があることよりも、機能不全な家で育ったので、子供への接し方がわからない。尊重できる気がしない。責任の取り方なんか、金を出すとかメシを食わせるとかしか知らない。
「それは……ここにいる全員がそうだが」
「あはは、なんか噛み合ってない」
「てか全員そうだけど全員気にしてなくね?」
「そうだね。僕も遊ぶことが一番大事だし」
「お前はマジで人の親に向かないからやめとけ」
「えー、本気出せばなんとかなるよ」
普段はなんとかなってるもん、とタワマン高層階に住んで遊び道具ばかり買ってはすぐ飽きる男が何か言っている。というか今なんの話だ?
「二人ともこの際宣誓してよー、叶さんがすっごーく珍しく優しさ出したのにかわいそうだよ」
「はぁ?」
「推しの村雨さん、お気に入りの獅子神さんで、ちょっと複雑だけどベストカップル♡って思ってるんだよね?」
「え? 割れ鍋に綴じ蓋……いやイイ意味でな?」
片方が片方を補う的なそういうな? と、叶がフォローを入れてくる。本当に村雨や俺を推しとかオキニとか思っているのかこいつは。
「叶黎明はもう口を開くな」
「礼二くんこそ口開いたほうがいいと思うぞ。例えば指輪の号数とか」
「うるさいマヌケ」
「……は?」
「薔薇の花束を発注したとか?」
「マヌケ二号も黙れ」
「……えっと、村雨?」
叶と真経津に向かってメスを振り回す村雨の手を掴み、羽交い締めにしてから力任せに椅子に座らせ、ふざけた調子の二人の言葉の意味を問う。
「……今日、このマヌケ二人がアポ無しで来なければあなたに贈る言葉があった、それだけだ」
「それって……」
「ほう、愛の誓いか。神の前で存分にするといい」
聞こうとした言葉は、遅れて現れた天堂にブチギレた村雨の怒号の中に紛れてしまった。
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