攫われる前に「いい香りがするな!」
満開に咲き誇る桜を前にした千秋は、空っぽになった肺を春の香りで満たした。そんな千秋を横目に、薫は傍にあった木製のベンチへ腰を下ろす。
薫は今朝、予定していた仕事がスケジュール変更となり、急遽オフとなった。一日どう時間を潰したものかと宛もなく寮内を彷徨っていたところにどこからともなく現れて駆け寄った千秋は「羽風!今から桜を見に行こう!」と声を掛けた。眩しいほどに瞳を煌めかせた千秋に、薫は「そんな顔されちゃったら断れないね」と二つ返事で了承したのだった。思いがけず出来たオフに、思いがけず想い人からのお誘い。薫は首を縦に振る他無かった。
そうして訪れた桜公園は平日の昼間だからか、折角の見頃だと言うのに閑散としていた。静かな公園に、鳥のさえずりだけが響き渡る。心地の良い春の日差しは、数日前まで手放せずにいたコートもクリーニングを考える程に暖かい。
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