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    ゆりた

    rps小説の方

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    ゆりた

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    rps/🐸🦢🐹🐢/ウンジが記憶を失う話

    ユナの動揺.



    どこまでも続く廊下を足早に抜けていく。病院特有の閉塞感が身体にまとわりつくようで不安が募る。外来はとうに終了していて救急の受付から入ると目的の階を目指す、エレベーターのボタンを押すも待てなくて横の階段を駆け上がった。



    「お腹空いた……」

    頬を膨らませて眉を下げてそんなことを訴えてくるウンジは普段と変わらない表情をしていた。それでもベッドに横たわり打ったと聞いた頭にはガーゼとそれを固定するためのネットが被さっていて痛々しさが伝わってくる。

    「頭部外傷時は嘔吐の可能性もあり、本日は食事中止しますって書いてあるけど」

    と頭部外傷時の注意点と書かれた紙を読み上げて、念を押せば渋々納得された。左腕から伸びた管の先には食事の代わりなのか複数の点滴が繋げられている。右腕は三角巾で吊られていて折れてるって言ってた、結構なケガなのにけろっとした様子でこっちの心臓がもたない。

    「もらい事故だって聞いたけど」

    「憶えてないないけどそうらしくて」

    気づいたら病院でと笑っている、事故にあったと連絡をもらった時は本当に目の前が真っ暗になった。詳細は分からないけど車同士の事故でこの程度で済んで良かったのかもしれないと胸をなでおろす。

    「利き手使えなくて不便でしょ」

    「そうなのペットボトルも開けれないし、さっきオンマに買ってきてもらったのに」

    「水は飲んでもいいの?」

    了承の頷きを確認して、ベッドの柵に渡っているテーブルに載ったままのペットボトルに手を伸ばして開けてあげる。リモコンを操作してベッドの頭部分をさらに上げて、飲ませようと口元へ持っていくと笑われた。自分で出来るよと左手に奪われて、一口含んだと思ったらむせたようで唇から水が零れる。

    「どうしたの」

    「口の中切れてる」

    鞄からハンカチを取り出し拭くと傷に触れるのか眉を寄せられる。その表情に色気を感じてしまってあまりの自分の不謹慎さに呆れた。ウンジはあの子を選んだのに、ボトルを預かって蓋をキツく締める。これ以上溢れないように。

    「そういえばユナそれウィッグ?エクステ?」

    「何言ってるの」

    病衣を纏った手が指が伸びてきて髪に触れる。短い方がかわいいのにと髪を伸ばし始めた頃に散々言われた台詞を吐いて。冗談だとは思えない表情に胸がざわつく、事故の所為で混乱しているのかも。

    「オンニもう今日は休みなよ、私が付き添うから」

    相手方がいる事故だからとウンジのご両親は警察と話をしていて不在だ。留守を預かっている身としては早々に身体を休めてもらった方が良さそう。またリモコンを手に取り頭を下げていく。

    「あ、でも明日の診察終わって大丈夫なら退院できるし間に合うかな?」

    「何が?」

    安静にしていて欲しいから予定を中止してやろうと続く言葉を待った。

    「事務所行くじゃん」

    「ブレイブエンタ?」

    「4人で行くって決めたでしょ2月23日に、明日じゃん……」

    会話がかみ合わない気持ち悪さ、目を伏せて寂しげにする彼女をみて胸騒ぎが止まらない。今年の2月16日に契約終了した私たちは揃って事務所に行く予定などない。ウンジが言っている日付は逆走前に事務所に終わりを告げにいった日だ。

    「うちら解散するって伝えなきゃ」

    そう呟いて目を閉じたウンジに、何と返せばいいのか分からなかった。



    『病院入ってすぐ受けたやつ、頭のCTと今日のやつはえっとMRIは異常なしだって』

    ウンジの母親が病室でメモを見ながら医師が言ってたことを話してくれた。診察室に入れるのは家族だけで当たり前だけどもどかしくも思う、本人はまた別の検査へと看護師と共に行ってまだ帰って来ていない。

    『ユナちゃんが言っていた通りであの子本当に憶えてないのよ、逆走した後のこと』

    昨日はウンジが寝はじめた後に帰ってきたご両親に違和感の説明をした。予想していたけどいざそうだったと言われるとショックが大きい。彼女はあの短くて幸せだった夢のような時間を憶えてないのだ。

    『でも先生も珍しいけど無いことではないって、記憶喪失って言われてるけど思い出させないだけで憶えてはいるとかなんとか……ごめんなさいね』

    背中を痛いぐらいにさすられて自分が泣いてることに気づいた。謝られることもなくて、でもウンジのことを思うと胸が締め付けられる。

    『戻るかはっきり言えないって先生は言ってたけど何とかなるものよ』

    ウンジの明るさや前向きなところは間違いなく母親譲りだろうと鼻をすすった。私に出来ることは何でもしよう、いつも隣にいてくれて支えてもらった二年間を思い出してもらうために。



    「実家には帰らない、宿舎に戻るから」

    今日中の退院とは行かなかったけど週明けには退院出来そうだと病室に戻ってきたウンジが言い放った。昨日交通事故に遭って現在進行形で記憶障害を抱えてるひととは思えない。

    『あんた勝手に言うけどユナちゃんたちが大変でしょ!』

    頭を叩こうとしたのか振り上げられた手は行き場を無くし頬を抓っている。口の中も切れてるはずだけど間に割って入れないし、うちもそうだけど怒った母親を抑えることなんて難しい。

    「でもふとしたことで戻るかもしれないし、環境は変えない方がいいって先生言ってたもん」

    自由な左手で赤くなった頬を撫でて口をへの字にしているウンジを見て笑ってしまう。こうなったら頑固で絶対譲らない、思い出さなくても彼女自身は何にも変わらない。ウンジにはこれは困難でも何でもないのかもとふと思った。

    「私たちも一緒にいるので」

    「そうそうオンニたちもいるし」

    「ミニョンオンニはひとり暮らしだから宿舎にいないよ」

    「そうなの?あ、でもわたしたちもさすがにひとり部屋だよね?」

    二段ベッドがあったあの手狭な宿舎を思い浮かべてるだろうから、今の家については教えないでおこう。びっくりして思い出すかもしれないから。

    『もう勝手にしなさい、言い出したら聞かないんだから』

    呆れた様子でスマホを取り出すと誰かに電話する為なのか病室をそのまま出て行った。病室にまたウンジとふたりきりになる。

    「ブレイブガールズが1位になったって信じられない」

    ベッドに腰掛けたウンジが目を輝かせて呟いた。母親から逆走のことを聞いたのだろう、興奮しているのが手に取るように分かる。逆走前の記憶までしかないから当然の反応だろうけどいじらしく思う。

    「ミニョンオンニもユジョンオンニも夕方には病院に来れるって連絡来てたよ」

    「ふたりとも仕事だっけ」

    「そうテレビの撮影とカフェのオープン準備、すぐ行けなくてごめんだって」

    ウンジの一大事に駆け付けられないことをふたりとも嘆いていた。特にユジョンはひどかった地方ロケ中で抜けられないのにソウルに戻る、ウンジのもとに行くと電話の先で大騒ぎ。記憶のことはまだ言えてない、それこそ飛んできそうだったから。

    「オンニたち来たらうるさそう」

    「何か差し入れようかって言ってたから買ってきてもらう?」

    スマホを取り出してメッセージアプリを開いて返信内容を考える。ウンジの好きそうなお店のテイクアウトでもお願いしようかと画面から顔を上げた。

    「ねぇ充電器かモバイルバッテリー貸してくれない?」

    目が合ったウンジは昨日は持っていなかったスマホを持っており、暗い画面と割れた液晶ガラスを見せてきた。事故の衝撃の強さを目の当たりにしたようで少し身体が強張る。受け取って持っていたモバイルバッテリーに繋いだ。

    「オンニ暗証番号は?」

    電源が入ったスマホを返す前に左手だけじゃ打ちにくいだろうからと暗証番号を聞いた。スラスラと答えるウンジの素直さに2年前と同じであることを祈る。

    ロック画面が解除されて通知が溜まっているメッセージアプリを開いた。ウンジのスマホからユジョンやミニョンに返信してあげようと思ったから、トークの一覧を探す指が止まる。イダレソニョのあの子の名前の横に溜まった未読の数字、読ませたくないと思った。

    割れた液晶ガラスにスワイプしようとした指が引っかかる感じがして気持ちがささくれ立つ。【ブロックしますか】の文字が表示された液晶をみて、YESを押した。

    「ユナ?」

    「え、あ……何食べたいんだっけ」

    聞いてなかったのと笑うウンジが眩しくて目を見れない、出来心とはいえ最低なことをしてしまったと背中を嫌な汗が伝う。でも共演したことも何も憶えてないのだからあの子とは、イヴとは他人でしょ?そう自分に言い聞かせないと後ろめたさに逃げ出してしまいそうだった。


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