【雨クリ+くろそら】星たちの茶会「はい九郎先生、お土産ですー」
315プロの事務所、待ち合わせに現れた九郎に想楽は風呂敷につつまれた箱を差し出す。
中身は七夕にLegendersとAltessimoで行ったライブイベント先で購入した羊羹だ。
「北村さん、ありがとうございます。天の川を模した素晴らしい意匠ですね…。勿体無くて食べられるでしょうか」
北村の撮った羊羹の写真を見ながら、美しさに目を輝かせる九郎。
「でしょー?九郎先生こういうの好きだよねー」
「ええ、流石北村さんです。実は、私からもお渡ししたいものがあって……」
九郎がそっと差し出したのは、笹の葉や短冊をかたどった繊細な練り切り。
緑と白の意匠に、ほんのり金粉のあしらい。
並べてみれば、どちらも季節の彩りを映している。見つめ合ったふたりが、ふわりと笑った。
「笹の葉と短冊だねー?」
「はい、私も北村さんが七夕のライブをされると聞いてピッタリだと思いまして」
「ふふっ、考えることは一緒だねー?」
お菓子があるなら、もちろん——。
「もしよろしければ、これから一服……いかがでしょうか?」
*
「まさか事務所にこんな物が揃ってるとはな」
「ええ、以前も私と想楽は清澄さんに点てていただいたのですよ」
「はい。あくまで簡易ではありますが、皆様に気軽にお茶に親しんでいただければと…」
事務所のフリースペース。
畳が敷かれ、九郎に向かって正座で並ぶ想楽、クリス、雨彦。
静謐な空気の中に、抹茶の香りが漂う。
九郎の茶筅からシャッ、シャッ、と規則正しく立てられる音が、どこか心を落ち着かせる。
「薄茶を差し上げます…と言いましても、作法などは気になさらず」
差し出されたのは淡い抹茶の緑をたたえた一碗。
「結構なお点前ですー……美味しいお菓子とお茶を味わえるなんて、贅沢だよねー」
その隣で、クリスがうっとりしたように茶碗を抱えた。
「それにこの清澄さんの器の色、深い青が美しいですね!」
「この練り切り、この間のライブを思い出すな。流石の心遣いだ」
口々に感想を伝える3人の様子を九郎は心から嬉しそうに見つめる。
場に流れる空気は、ただ静かで、どこまでも澄んでいた。
蝉の鳴き声が遠く、窓の外の光はやわらかく揺れている。
*
茶会は和やかに進み、練り切りの笹の意匠を摘みながら、想楽は思い出す。
(前にクリスさんとお茶を点ててもらったときは正座で足がしびれて、しばらく立てなかったんだよねー……)
今回は時折足の角度を変え、組み直しながらやりすごす。
あの後、体重を一点にかけず足の血流を止めなければ良いですよ、と九郎の家で教えもらった。
だが、隣を見ると——クリスは美しい姿勢で話に夢中になっている。
(……あー、これはだめそうだねー)
*
ふっと息をついたタイミングで、九郎が畳へ手をつき、頭を下げる。
「本日は、ありがとうございました。皆さまに楽しんでいただき、嬉しいです」
雨彦たちも同様に畳へ手をつき頭を下げる。
「こんな所で清澄流のお茶が味わえるなんてな。ご相反に預かっちまったが、ありがたい」
「葛之葉さんにも味わっていただけて光栄です」
「またご一緒させてくださいー」
「はい、北村さんにいただいた羊羹もありますので、また」
羊羹、と聞きクリスは目を輝かせる。
「ああ!想楽があの時真剣に選んでいたのは清澄さんへのお土産だったのですね!」
「ちょっと、クリスさんー?」
「真剣に…ですか」
九郎と想楽がほんの少し赤面したところで、外からチャイムの音が響いた。
「そろそろ学生の皆様もいらっしゃいますね。それでは片付けを…」
そう言ってすっと立ち上がる九郎につられ立ちあがろうとしたのはクリスだった——が、次の瞬間。
「あっ……!」
クリスの身体がぐらりと崩れ、真横にいた雨彦に倒れ込んだ。
「古論!?」
「す、すみません……足が……っ!」
案の定、足が痺れてもつれたようだった。
なんとか雨彦が抱き止めて大事を逃れた。
「おふたりともっ……っ!お怪我は——」
「ああ、畳があって助かったぜ、清澄」
クリスごと倒れたまま、雨彦は微笑んだ。
「しびれちまったんだな?古論」
腕の中のクリスを覗き込み、どこか甘く声をかける。
「……ああ、お恥ずかしいです……」
同じ轍を踏んだ事を思い出し、クリスはその視線から逃げるように雨彦の胸へ顔を埋めた。
「いいや、役得さ」
雨彦の足がクリスの足をそっと刺激する——
「ふにゃっ……っ、そこ、今しびれてるのに……っ、あ、雨彦……!」
「お望みなら抱えて帰ってやったっていいんだぜ、人魚姫さん」
「も、もう……」
ほんのり赤くなった頬、濡れた視線。
九郎と想楽の存在を忘れてでもいるのか、2人の世界を作っている。
「…ご、ご無事で何よりです」
その様子を見ていた九郎が最も耳を赤くしていた。
想楽が呆れたようにため息をつき、ぽつりと詠む。
「お薄でも こい味のする お点前かー…」
「ふふっ…北村さんは…大丈夫ですか? 急に立ち上がると危ないので」
九郎がそう声をかけ、手を差し出す。
それに想楽は一瞬だけ考えたあと——にっこりと笑った。
「んー……ちょっと、しびれちゃったかもー?」
そのまま九郎の手をとり、身体をふわっと預けるように寄りかかる。
「き、北村さんっ……!?」
ごろん、と同じく畳に倒れ込んだかたちになり、九郎の顔が一層赤くなった。
九郎を下敷きにして乗りあげた想楽はイタズラが成功した事でご機嫌だ。
「きゅ、急にそんな……事務所で……っ」
「ふふっ。事務所じゃなければいいってことー?」
想楽が笑いながらささやく。
九郎の鼓動と熱はまるで茶釜のようだった。
*
「……なんかすごい音がして…ってうわっ!」
「ああっ!なんかこれ…!あれだよ!!プロデューサー!!バラエティ番組のツイスターゲームみたいだね!?」
音を聞きつけて上階からやって来たプロデューサーを押し退け、みのりがはしゃぐ。
その横から顔を出したのはピエールと恭二だ。
「ついすたー!台風?たのしそう!」
「発想が古くないっすか、みのりさん」
4人の男が小さな畳の上に絡まり倒れ込んでいる様子はいささかシュールな光景だった。
「ああっまるでゴンズイの玉のようになってしまいました…!」
「片付けなら俺がするからお前さんたちはソファで休んでな」
「足がしびれただけだよー?」
「ぷ、プロデューサーさん…!私たちはただお茶会を…」
——本日はお相伴ありがとうございました。