苦くて、甘くて。「あ。」
オレンジが前を歩く老婦人の持つ紙袋から、ころりと逃げ出して地面を跳ねるのを目にしてキースは思わず声をあげた。
「…っとと…おい、落ちたぞ。」
転がるオレンジを拾い上げて、キースは追うように声をかける。けれど、辿々しく杖をつきながら歩くその老婦人は立ち止まる事も、振り返る事もなく歩き続けている。
…聞こえなかったのか。追いかける足を少し早めて小さな肩を軽く叩く。するとその老婦人は驚いたようになぜか周囲を見回した。
「…あら、ごめんなさい。誰かしら?」
不思議そうにキースのいる方向の辺りを向く。が、その目は何も捉えてはいない。
キースはもう一度丁寧に声をかけ、今度はそっと肩に手を置いて自分の位置を知らせる。
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