卵料理と知らない彼と。「Quisiera unos huevos y café, por favor.」
猫が喉の奥で鳴くような聞き慣れたはずのキースの声が、知らない音で話すのに驚いて、思わず目を向けた。
「¿dos」
「Sí.」
無愛想に見える年老いた店の主人と、たったそれだけ言葉を交わすと、コーヒーカップを二つ持って俺の居るテーブルに戻ってきた。
「…スペイン語か。」
「んー…まあな。」
「……話せたのか。」
「少しだけな。」
「…そうか。」
この男とはもうそこそこ長い付き合いになるが、そんな話は聞いた事がなかったな。とほんの少し苦々しい気持ちでコーヒーに口をつけた。
「…初めて聞いた。」
「あー…まぁ。普段は必要ねぇし。」
「…どこで?」
「……まぁ、いいだろ。別に。」
せっかくの休暇なんだし、あんま気にすんなよ。と運ばれてきた卵料理に視線を移した。
「お、美味そうだな。適当に選んだ店にしちゃ上出来だ。」
「…そうか。」
はぐらかされたな。掘られたくない過去の話なんだろうとあたりはつく。綺麗な色をしたスクランブルエッグを口に運ぶ。
「…うまいな。」.
卵の焼き加減も、塩加減も丁度良い。思っていたより、良い朝食に身体が満たされる。
「¿es tu amante」
カウンターに代金を置きに行ったキースが、そう店主から声をかけられていた。
複雑な顔で戻ってくるなり、行こうぜ、ブラッド。と急かされて席を立つ。
店を後にして、少し歩けば海岸に出る。
朝の陽を浴びた海は、金色に輝いていた。
今ここに居るのは少しばかりのバカンスだ。短期の休みは取れたが日本旅行が出来るほどは取れなかった。せめて少しだけ二人で遠出をしたい、と提案したのはキースからだった。
ニューミリオンから少し離れた見知らぬ土地。暑くて、乾いた空気は不思議と心地が良かった。
「よかったろ。ここで。まあ、ホテルは安宿だけど。」
「…そうだな。お前について初めて知れた事もあった。」
「いや、あれは…別に…」
「恋人か?と聞かれていたな?」
そうだ、と言えば良かったのに。と笑ってやると、キースは不満そうに口を尖らせた。
いーんだよ、そう言うのは。といいながら、素足で波を遊ばせる。
相変わらず、そう言うところが不器用だな。いつまで経っても。
「…あ、そういやさっきのオヤジが、昼頃から街の広場でfiestaがあるって言ってたな。のぞいてみるか?」
「ああ。そうだな。」
楽しみだ。
と少しだけ歩を早め、俺はキースの手を繋いだ。