竜頭蛇尾-蛇のような男だ。
初めて会った時にそう思った。すぐに揶揄うように軽口を叩く様子にそぐわない常に相手を値踏みしているような、正体を探られるような執拗な視線。狡猾で、相手の出方を常に窺っている、その態度。
そんな男が、余裕をなくして自分を押さえ込んでいる事に何故か少しだけ、優越感を覚える。
「…条件は、全て受け入れる。と伝えた筈だ。コレもそのうちに入るのなら好きにして構わない。」
そう言うと、蛇は喉を鳴らした。
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「城」と呼ばれるその場所は、要塞か廃墟か紙一重のような、建築法などまるで無視され、滅茶苦茶に建て増しされた居住区と、一体幾つあるのかも何が売られているのかも把握しているものはほとんど存在しない、闇市のような商業地区が積み上がり、ひしめき合うように密集した周囲からは隔絶されたこの都市唯一のブラックボックスだ。
建物の外側には、ギラギラとしたネオンの看板がこれでもかと吊り下げられているが、通路一つ奥に入ろうとすれば足がすくむような湿気と悪臭に満ちた暗い場所が手招きをする。
相変わらず周囲からの正体不明の視線を身体中に感じながら、城の奥に現れた豪奢な扉の前にブラッドは立っていた。一目見ただけで仕立てが良いとわかるスーツとコートを身に纏い、眼鏡の奥に見えるルビーのような瞳は理知的な光を放っている。
「ブラッド・ビームスだ。」
朱色の豪奢な扉に向かってそう呼びかけると
「お〜。入ってくれ〜。」
と気の抜けた返事が扉の向こうから聞こえてくる。
「…失礼する。」
届いた返事の緊張感のなさに、やや眉間に皺を寄せながら、ブラッドが扉を押し開けたその先に取引相手の男は居た。
「…相変わらず、堅っ苦しそうなのは変わんねぇな。」
気だるげに部屋の正面の壁に据えつけられた見事な彫刻で飾られた寝台から身を起こし、ゆっくりと煙草の煙を吐き出しながらニヤニヤとした笑い顔を向けるその男に、多少の苛つきの色を滲ませながらツカツカと革靴の音を響かせてブラッドは近付き、口を開く。
「貴様のだらし無さと比べられる覚えはない。」
「…は〜…へいへい…悪かったよ。」
「キース…先日買い入れた品物だが…」
「…げ、なんか文句でもあったか?」
そう言ってキースと呼ばれた男が丸いサングラス越しに嫌そうな顔をすると、ブラッドはふ、と表情を緩めて言葉を続ける。
「いや…やはり、商売に限っては信頼が置ける。」
良い物だった、また頼みたい。とキースが腰掛けている寝台にドスン、と重い音を立ててケースが置かれる。
それを一瞥し、キースはうへぇ…と嫌そうにため息をつきながら煙草の灰を灰皿へ落とした。
「…アンタも、商売下手って言われねえか?…まぁ今回は
手間賃ってのもあるけどな。」
「…近辺の中国マフィアは軒並み大人しくなっていたな。 此方としても余計な抗争は望まない。…協力は感謝する。」
「まぁ、こっちも余計なモンが出回らないことに越した事はねぇからな。」
キースはそこまで言うと、深く煙を吸った後
「…で?」と白く烟らせながら目の前に立つブラッドに手を伸ばし、美しい指を覆う手袋を摘んで引き寄せるように手を引いた。するり、と手袋は抜け落ちてブラッドの手から離れる。露わになった指先をキースの長い指が這い回るように弄ぶ。その間も、キースの視線はブラッドを捉えて外される事は無かった。
「…たかが、茶の代金だけ置きに来たわけじゃねぇよな?」
キースがそう言うと弄ばれていた手が強く引かれ、次の瞬間には寝台に組み敷かれていた。
-蛇のような男だ。とそう思った。
人に慣れる事のないその男は、欲したものには執念深さを見せる。
「…条件は、全て受け入れる。と伝えた筈だ。コレもそのうちに入るのなら好きにして構わない。」
「……ふぅん。」
きっちりと詰められた襟元に長い指がかかり、緩く暴かれていく。冷えた指先が触れると、思わず息が漏れる。
……蛇に絞め殺されるのは、こんな感覚なんだろうか。
そんな事を考えた時、ブラッドはキースの顔を見上げ、視界に入れる。
「…契約破棄は、ごめんだからな。」
その蛇が何故、泣きそうな顔をしているのか。その理由はブラッドからは見当も付かなかった。