バースデーに贈る花イエローウエストの賑やかさは、時々見られたくないものを覆い隠してくれる。その点で、とても都合のいい街だ。
パトロール中、フェイスが「うわ」と嫌そうな声をあげたのを聞いて、横を歩いていたキースはなんとなくその方へ視線を移した。その先にある大型のデジタルサイネージには、見慣れたルベライトが一対。鋭く、艶やかにこちら側を見据えていた。それを見た周囲からは黄色い声があがっている。そりゃそうだ。画面の中のブラッドは普段からは想像もつかないほど大胆に胸元を見せ、「セクシーな雰囲気」を纏わせていた。
「はー……例のヤツか。こりゃまた…」
先日、香水ブランドのアンバサダーにヒーローが就任した。なんて旨の話があった。広告を見るに、ビアンキが嬉々としてブラッドをプロデュースしたことが伝わってくる。こんな機会でもない限り、普段のブラッドからは想像もつかない絵面だ。思わずキースは苦笑いをした。その半分は、コレを自分もやらなければならないことに起因しているのだが。
「……ん?」
その時、広告の中のブラッドを何となく眺めていたキースには何か引っかかるものがあった。…なんだ?…なにか…。しかし、思い悩むのも束の間。
「ちょっと、キース。」
早く行こう、と複雑そうな顔をしたフェイスに急かされ、キースはモヤモヤとしたものを頭の隅においたままその場を後にした。
「うーん……。」
パトロールを終え、期限ギリギリの報告書に向き合いながらキースは一人で唸っていた。街頭で見たブラッドの広告の事がずっとチラついているのだ。
あんな風に営業向けのブラッドを見るのは初めてでは無いし、恋人があんな姿を…みたいな青い気持ちも自分には今更だ。まぁ少しやり過ぎなんじゃねぇ?と思いはしたが、キースの頭の隅でずっと引っかかっている事は多分それとは違っていた。違っている事だけはわかるのだが、それがなんなのか、今だによく分からずにモヤモヤとしたままだ。
「んー………。」
「どうしたんだ?キース、そんなに悩んで…報告書を後回しにしてたのは自分なんだぞ?」
キースの様子に、ディノが呆れたように声をかける。側から見れば報告書の期限に苦しんでるように見えたのだろう。
「あー…いや、そうじゃねぇんだけどさ…」
少し心配そうに覗き込んでくるディノの後ろから揶揄うようなフェイスの声が飛んで来る。
「キースってば今日ブラッドの例の広告見てからずっとそんな調子だよ。」
ぼんやりしちゃってさ。と興味はないけどと言いたげに外したヘッドホンを付け直す。その様子を見たディノがまたキースの方に向き直る。
「そうなのか?あ、あの香水の!俺も見たかったなぁ!どうだった?」
とキラキラした顔でグイグイと詰めてくる親友を軽く手で押し返しながら、別にどうもこうもないとかわそうとするとディノがそういえば、と思い出したような顔で言った。
「あの企画が決まった時、プロモーションの4人と、最初のガストは割と急な撮影になったから大変だったって言ってたな。」
「…へぇ?」
「俺だったら急な撮影であんなにかっこよく出来ないかも。」
そう言ってフェイスの方に向き直り、迷惑そうな顔のフェイスにまで広告の感想を聞きに行くディノの背中を見送りながら、キースはずっと引っかかっていたモヤモヤの正体をやっと理解した。それを当の本人に問いただそう、とそう決めて完成した報告書の送信ボタンを押した。
コトコトと、鍋が音を立てている。中でのんびりとしたダンスを踊っているのはリクエストの肉じゃがだ。時々その火加減を見ながら、キースは湯むきしたミニトマトを白だしに漬け、すかさず大葉を刻む。サク、サク、コトコトコト、トントントン。小気味良いリズムがキッチンに響く休日。少し目を上げると、酒棚のガラスに映ったブラッドがリビングのソファで本を読んでいる姿が見えた。
「…なー…ブラッド。」
呼びかければ、ブラッドは返事の代わりに本から目を上げてキースの方を見た。鍋の火を小さくして、キースはそちらへ向き直る。
「あー…昨日、見たんだよ。あの広告。」
でっかいサイネージのさ、と言うとブラッドは
「ああ。サンクスーベニアの広告か。」
と思い出すように空中へ目線を向けた。特にキースに対して感想を求めるような事はしないが、多少その表情に気恥ずかしさが混ざったのがわかった。
「……アレ、いつ撮影したんだよ。」
「2週間ほど前だったはずだが。急な話だったからな…それがどうした?」
怪訝そうに見てくるブラッドのその胸元にキースは視線を滑らせる。
「…いいや?…ただ…」
そう言いながらキースの指が視線の後を追うように首元に触れ、ブラッドの着ているシャツの襟を開けていく。
「っ……おい、何を…」
顕になった胸元には仄かに紅く、花が咲いている。普段のブラッドであるなら絶対に見えない場所に。
「…大丈夫だったのか?コレ。」
付けるな、と言われればやらないが、そうでなければ見えないところくらい良いだろ。とブラッドを抱く度に咲かせた花をひとつ、ふたつ。指先で辿るとブラッドが少し熱の上がった息を洩らしてキースを睨む。
「つけるなって言わなかったろ、ここ最近。」
「…急な事だ。スケジュールを変更するわけにもいかなかった。」
「ふーん……?んじゃ、うま〜く消してくれたんだな。」
メイクか編集か知らねえけど。と揶揄いの混じった声色で言うと
「…ビアンキの『セクシーだからそのままにしたい』と言う提案で危うくニューミリオン中に見られる所ではあったがな。」
と苦々しい表情が返ってきた。ウヘェ、と思わず同じような顔をすると、お前のせいだ。と眉間のシワがもう一段深くなる。悪かったって、と降参のポーズを取りながらもキースは花の咲くその美しい首筋に顔を寄せた。
「まぁ、でも…」
少し薄くなった紅いその場所に吸いつき、刻むように痕をつけ直す。僅かに鋭い刺激に思わずブラッドが息を吐くと、にや、と笑ってもうひとつ。
「っ……おい……っ」
「…なぁんだよ、良いだろ?」
もう見せるような機会なんか暫く無いんだし、あったとしても今回みたいになんとかしてもらえよ。と制止も構わずまた唇を寄せようとすると
……グゥゥ……
「……腹が、減った。」.
多少気まずそうなその表情に、思わずキースはブハッと噴き出し肩を震わせた。いくら良い雰囲気に持ち込めそうだからとは言え、胃袋に抗議されたのでは敵わない。
「…わかった、悪かったよ。」
キッチンからは頃良く煮えた肉じゃがの香りがふんわりと漂ってくる。それは、ブラッドから誕生日のリクエストに食べたい、と要望のあった献立だ。これをおあずけは流石に暴君様の機嫌を損ねるだろう。
「とりあえず、メシにするか。」
続きは後で、とピリオド代わりに軽くブラッドの頬にキスを落とす。準備するから、とキッチンへと立ちあがろうとしたそのキースの腕がぐい、と強く引かれた。
「おわ?!」
バランスを崩して、座ったままのブラッドの上に覆い被さるように転ぶ。何すんだよ…と慌てて体を起こそうとするが、さらに強い力で引き寄せられ、首筋にチクリ、と微かな刺激が走る。
「あっ?!」
しまった、と思った時にはもうブラッドは満足そうに笑っていた。
「次は貴様の番だ。」
「…っのやろ……」.
メシの後覚えてろよ、とそう返すも完全なる負け惜しみだ。やれやれとキースは力の抜けた仕草でキッチンへと立ち上がる。
お腹を空かせた暴君様は、きっと嬉しそうな顔をするだろうな、と鍋の蓋を開けて肉じゃがの上出来加減に満足して、それからよく冷えたビールも出して…とディナーの準備を考えていると、後からブラッドが手伝おう。と追いついてくる。
それに「ん。」と軽く返事をしたあとに、肝心なことを言い忘れていたのを思い出す。
「…あ。ハッピーバースデー、ブラッド。」
「…今言う事か?」
そう苦笑いをしながらも、ブラッドは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、キース。」