冬のかおり。「う〜……さみぃ…」
ついこの間まで青々と茂っていたセントラルパークの木々の葉はすっかり枯れ落ちて、丸裸の枝が寒々しく揺れている。制服の上に羽織ったジャケットの襟をかき抱くようにして肩を縮こまらせながらそう呟くと、息は白い色に変わり空を登って消えていく。
冬が近づくと早朝のパトロールが年々堪えるようになっていくな、とすでにだいぶ先を走っていくルーキーと同い年のはずのルームメイトを遠目に眺めながらキースは煙草に火を点けた。
「おい。」
「うぉっ?!」
突然背後からした声に、驚いて持っていた愛用のライターを取り落としそうになる。振り向くと呆れたような顔をしてブラッドが眉を顰めていた。
「…歩きタバコはやめろと、何度言えば分かる。」
「あ〜…歩いてねぇって、ほら。」
トトン、とその場で足踏みをしてキースは足をきれいに揃え歩いてないぞ、とジェスチャーをしてみせた。それを見たブラッドはますます難しい顔になりため息を吐いて見せる。
「…もう少し上手い屁理屈を考えたらどうだ。」
「…反省シマス。…に、してもお前もこの時間からパトロールか。珍しいな。」
見慣れない時間に見るブラッドの姿を横目に、キースは煙草の煙を肺へと吸い込む。
「アキラ達は先に出ているがな。…会議の時刻が少し後ろ倒しになった。」
「ヒェ〜…そんでパトロールかよ、マジで仕事が恋人だなお前。」
今度はキースが眉間に皺を寄せて揶揄すると、ブラッドは少し頬を緩めて破顔する。ふ、と笑った息が白くなってそれもまた空に向かって消えていく。
「……もう、冬だな。」
息が溶けていった冬の空を見上げるブラッドの顔はどことなく、寂しそうに見えた。
「ほんと、寒くてイヤになるよな…。」
「…冬は苦手か?」
「……いや?あー…寒いのは、ちょっとな。慣れてるけど。」
少し言い淀んで、キースは言葉を探すようにブラッドが見上げていた空へ目を向けてから、少し笑って言葉を続ける。
「…昔は、寒いのが怖かった。それこそ死ぬかも、とか思う時だってあったしな。」
今は、全然。と短くなった煙草を携帯灰皿へ押し込んだ。「…さて、そろそろ追いつかねぇと。ジュニアがまた吠え出しちまう。」
行こうぜ、とブラッドの方へ声を掛けるとキースの肩にふわ、と暖かなものが触れる。思わず手で触って確かめると、マフラーだ。
「…少しは自らの健康にも気を遣え。体調を崩せば、任務にも差し障る。」
そう言ったブラッドの首には先程まで巻かれていたマフラーが無い。
「いや、これお前の…」
「構わん。…後で返しに来い。」
肩に掛けられただけのマフラーをきちんとキースに巻いて、その胸元をトン、と手のひらで軽く叩いて微笑んで「先に行くぞ。」とブラッドは颯爽と街へ歩き出していく。
「………サンキュ。」
巻いてもらったマフラーに顔を埋めると、ブラッドの香りで満たされるような感覚がして、思わず苦笑いをする。
「気合い入れて返しに行かねぇとな…。」
手土産にする夜食の献立を考えながら踏み出した足は、少しだけ軽やかに弾んでいるように思えた。