跡 久々に酒を飲んだら酔ったかもしれない。おぼつかない手つきで自宅の鍵を回して帰宅すると、ふわふわとした視界の中に真田が映る。
「あれ、真田ぁ、寝てなかったのかい?」
「もう24時をまわっているぞ。幸村。こんな時間に帰宅するとはたるんどる」
幸村は「すまない」と倒れ込むように真田に抱き着きつくと「心配して寝ないで待っていてくれたんだね」と言い、真田の唇にキスをする。真田の返事には間があったが、一言だけ「……ああ」と言う。そして、幸村を自身から引きはがした。
「……シャワーを、浴びてくるといい」
そう言うと、幸村を玄関に残してリビングへと入っていった。いい雰囲気に持ち込んでそのまま……と酔った頭で考えていた幸村は呆気にとられたが、真田の言う通り風呂場へと足を運んだ。
シャワーを浴び終わったころには少し酒気も抜けて、ふわふわの世界から現実世界へ戻りつつあった。もう真田は寝たか? と思ってリビングを覗くと、ソファに座っている後ろ姿が見える。
「どうしたんだい? 電気もつけずに」
そう言ってパチンと電気をつけると、真田は「……ああ」と一言だけ返事をした。
「真田」
「……ああ」
「夕飯は食べた?」
「……ああ」
「……何かあったのかい?」
「……」
真田がここまで幸村との会話で上の空になったのは初めてだ。相当な何かがあったのだろうと思い真田の座っているソファに近づくと、真田が大きな声で「今日は!」と言った。
「なんだい、真田。大きな声を出して」
「きょ、今日は……赤也と、食事ではなかったのか」
「うん。赤也とは久しぶりに会った」
真田は、「そうか……そうか……」と言うと、また黙り始める。
「幸村がそう言うのであれば、そうなのだろう」
そう言って、寝室に向かおうとした。どうも真田の様子がおかしい。スキのない男に見られがちな真田だが、実際はチョロくてスキだらけだ。もしかしたら自分の留守中に何かあったのかもしれない。そう思うと、幸村は真田のおかしい様子を追求せずにはいられなかった。
幸村は真田の手をつかむと、思いっきり自分の方に向かって引き寄せる。真田は一言「……離せ」と言うが、幸村が更に力を込めて手をギュッと握ると、大きくため息をつく。そして、ソファを指さして「まあ、座れ」と言うと、幸村が座るのを見届けて自身もソファに腰をかけた。
「……そろそろ手を放してくれないか」
「何があったのか、真田が話してくれたら手を離すよ」
真田は渋い顔をして言いよどむ。幸村はそんな真田の様子を見てさらに手に力をこめると、真田はあきらめたような表情で「さきほどまでは……」と話し始める。
「さきほどまで、ずいぶん楽しんだようだな」
「どういうことだい?」
本気で訳がわからないといった顔をしていると、真田はうつむいたまま幸村とは目を合わさずに続ける。
「赤也は、化粧をするのか?」
「……していなかったと思うけど」
「それではこれはなんだ!」
真田はいつの間にか手元に用意していた、先ほどまで幸村が着ていたシャツを取り出すと、ある一点を指さした。
「……あ」
「『あ』とはなんだ! 『あ』とは!」
真田の指した指の先には、ピンク色の汚れがついている。これについてはいくら酔っていたとはいえ、どうしてこのようなことになっているのか記憶があった。事情を説明を説明しようとした隙に、真田が「フン」と言ってソファから立ち上がって寝室の方に向かおうとする。寝室には鍵がついている。もしかしたら鍵をかけて籠城する気かもしれない。そう思うと今顔を合わせられるうちに話しておいた方がいいだろう。
幸村は真田に足をかけて体制を崩し、ソファに押し倒すような形で真田を拘束する。
「……何をする、離せ」
「今日は赤也に誘われた、そこまでは知ってるね」
幸村は、真田の耳元に唇を落とす。
「やめろ、幸村」
「行ってみたら合コンがセッティングされていてね、俺をダシに女性を何人か誘っていたみたいだ」
今度は真田の首元に唇を落とす。
「やめろと言っているだろう」
「そのうちの一人が酔ったふりをして寄りかかってきてね、そのときについたのだと思う」
真田の首元を甘噛みすると、真田の身体がびくっと反応する。
「……ッ、そのような戯言」
「ねえ、真田。俺の目を見て」
嘘を言っているように見えるかい? そう付け加えるが、真田は目を合わせないように瞑っている。
「真田」
幸村はそう言うと、真田の瞼をべろりと舐めた。そして何度か口づけをすると、真田は観念したようにおそるおそる目を開いた。
「すぐに話さなかったのは悪いと思っている。でも、心配するようなことは何もなかったんだ」
幸村はようやく目があった真田に微笑みかけると、真田は再びぷいっとそっぽを向き、言った。
「……第一、幸村。お前が隙だらけなのが悪いのだ」
幸村は思考が止まった。そして、「お前の方が!」と言いたいのを抑え、「それで?」と言って真田が続けるのを待った。
「……情けない話だが、俺はお前が女子と食事に行ったという事実だけで胸が張り裂けそうになる。お前の行動を制限したいわけではないのだが、頭がついていかんのだ。……幻滅したか?」
「そんなわけない、真田は嫉妬してくれたんだね」
真田は「たわけ、嫉妬など……」と口走る。幸村が真田の目をじっと見つめて「違うのかい?」と言うと、往生際が悪いと思ったのか「ああ、そうだ。俺は嫉妬したんだ」と言った。
「かわいい、真田」
そう言って幸村は真田を抱きしめる。真田のぬくもりに安心しきっていると、首にチリッという感覚があった。
「ふはは、はは、俺もお前に跡をつけてやった。これで易々と女子のいる場で油断できんだろう」
真田は誇らしげにそう言うと、「満足した、離せ。寝る」と幸村を押しのけようとするが、幸村のなかではぷつりと何かが切れた感じがした。
「ねえ真田。今日は夜更かししようか」