Episodeルシフェル×アレン
ルシフェル2
「はぁぁぁぁ、まぁたけったいなもん持ってんなぁ!」
神の国の国境沿いにある教会で酒を煽った神官の声が響いた。
リンゼは見せられたそれをしげしげと眺めた後持ち主に返す。
「それは中央教会のモンだ。それを持ってるってことは別にコソコソしなくても堂々と胸張って入国出来るさ。あーぁ、せっかくの金ヅルが…」
「…今金ヅルって言った?」
盛大に舌打ちしながら目の前で酒を煽る不良神父は放っておき、この間の天使から借りたクロスを眺める
そんな大層な物だったのか、知らなかった。
確かにこれを見せれば入れるとは言われたけれども教会だけかと思っていた。まさか入国まで出来るとは。
酔っ払いをその場に残し、堂々と入国する。
リンゼの言う通りクロスを見せるとすんなりと入国する事ができた。
それどころか今までにない歓迎ぶりである。
門番にまで「お待ちしておりました!」と言われ中に通されればVIP待遇もVIP待遇。
ふかふかのソファーで待っていれば、天馬の馬車が参りますので…となんだかいい香りのするお茶にお菓子、お腹は空いていませんか?やらなんやら…
「お、落ち着かない…」
自分はあの時の天使に貰った石で細工した物を渡しにきただけなのに…!
彼の困惑を他所にあれよあれよとVIP待遇のまま中央神殿まで辿り着いてしまった。あの時の庭園まで通されれば「こちらでお待ちください」と丁寧に頭を下げられる。
なんだ、なにが起こっているんだ。
「……!光の君よ!」
ふわっと周囲の神聖石が天使の翼に反応し光り輝く。その声は確かに以前出会った天使のもので空を仰いだ
「…………?………光…?、え?いや、ぇ、どなた??」
目の前にふわりと降り立ちアレンの手を握ってきた天使は嬉しそうにその瞳を和らげ美しい微笑みを浮かべる。
その顔は…何度見ても以前の天使ではなかった。
「あぁ、わからないのも無理がないよね…。目元の包帯を取ったんだ。君をしっかりと見たくて」
「いやいやいや、お顔……ていうかその前に体格??背伸びました??あぁ、でも髪はそのままですね…?」
以前出会った天使はそれこそ身長は高かったがもう少し華奢で、女性と言われれば納得してしまいそうな体格であったはずだ。
目の前の天使はどこからどう見ても男性であり、細身ではあるが程よい筋肉の付いた所謂イケメンである。
包帯を取ったからってこんな変わるはずがないであろう。本当に同一人物なのだろうか。
「背は…少し伸びたかもしれないな。こんな私は嫌い?」
「嫌いというか…えっと、本当に以前お会いした天使様ですか?」
手を握ったままコテンと首を傾げる様子はやはり天使らしく美しい。しかしやたらと距離が近い気がする。
「ふふ、自己紹介がまだだったね。私はルシフェル。この国の神子だよ。また会いに来てくれて嬉しいよ。光の君の名前を尋ねてもいいかい?」
「あぁ、アレン・クラウンです。………ん!?神子、様!?」
「ルシフェルで構わないよ。むしろ君には名前で呼んでもらいたいんだ。私も…その、アレンと呼んでも構わないかな?」
「えぇ……俺は構わないですけど…。流石に一般人のしかも人間が神子様を名前で読んじゃまずいんじゃないですか…??なんかこの間はすみません…。あれ?じゃあこれわりと大事なものなんじゃ…??」
手元のクロスを恐る恐る見る。
神の国の神子といえばこの国のトップだ。
ふとリンゼの言葉を思い出す…けったいな物を持っている、と。
………あいつ知ってたな?
酒クズウサギに恨みを送っていると、そんな思考を断ち切るようにするりと頬を撫でられた
「…そんな悲しいこと言わないでおくれ。光の君とは…アレンとは親しくなりたいんだ。どうか哀れな私に、慈悲をくれないか?」
何故だろう。すごく近い。
物理的にも近いがなんかいろいろと近い。
友達居なくて距離感がわからないのだろうか?それとも天使の方々はこれが普通の距離感なのか?
若干失礼な事を考えているとルシフェルは自然と腰を抱き寄せエスコートするように近くにあった椅子に座らせてくれる。
あっという間にお茶が用意されていて呆けている間に「口に合うといいんだけど…」と言いながらカップに紅茶を注いでくれる。
「…あ、俺が淹れ…「アレンは座ってて?」
国のトップに給仕をさせるわけにはいけないと思い慌てて立とうとすれば、唇に指を当てられ座らされる。
「…私と…仲良くするのは嫌だろうか?その…実はこういうのは初めてで、本で調べたんだ。親しい間柄では名前で呼び合う、と。また手を繋いだり、ハグをしたりするのだろう?」
少し不安そうにこちらを見てくる綺麗なオッドアイに嘘は見受けられず、本気で仲良くなりたいのだと伝えてくる。ここまで熱烈に言われたのは初めてだが彼の初めての友達作りを失敗させたくなかった。
「うーん………わかった。じゃあ2人きりの時だけでも名前で呼ばせてよ、よろしくルシフェル(手繋いだりハグはしないと思うけど追々教えていけばいいか…)」
名前を呼べば花が咲くような笑みを浮かべる。
ルシフェルの喜びに反応するかのように周囲はより一層輝いた。
「ふふ、嬉しいな。本当はいつでも名を呼んで欲しいのだけど…今は“まだ”2人きりの時だけ、ね?」
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なんだかんだとクロスを返そうとするアレンに「また来て欲しいから」と押し付け、次の約束を取り付ける
我ながら必死だ。
必死にもなる。あの日、名前も聞けずに去ってしまった光の君…アレン。
あの日以降、私の世界は光り輝くと同時に彼の居ない時間を持て余した。
光を浴びては思い出し、自然と微笑みが浮かぶ。
次に会えたらまず自己紹介をして、彼の名前を聞き…また、あの光のような笑顔が見たい。
彼の為ならばたとえこの世界を敵に回したとしても彼の笑顔を護りたい。神獣様に仕える天使として、個人に執着するのはタブーであろう。
そう頭ではわかっていても、私はもうあの光を手放せないのだ。
アレンを笑顔にしたい、護りたい、ずっとそばに居て、私の腕の中で安心して眠って欲しい。
光の中で笑って、私を救ってくれたように…万が一アレンが泣くような事があれば今度こそ私が救いたい…。
去っていくアレンの背中を見送った。
彼は無鉄砲なところがあるから心配だ。そっと加護を授け、笑顔でいてくれることを祈る。
「………すでに恋しいよ、アレン」
もう見えなくなった背中を名残惜しく見つめ呟く。
きっと…いやコレは、この想いは愛なのだろう。
私はアレンを愛している。
人の子であるアレンと、天使である私。
禁忌に近いことを知りながら想いは止める事など出来なかった。
天使は無性である。男でも女でもない。
ただアレンはどこに行ってしまうかわからないから引き留める力が必要だ。
何かあった時に護る力も欲しい。
それなら…男性体のが有利であろう。
そう認識したせいだろうか、少し風貌が男性寄りになってしまった。アレンの好みに合うと良いけれど。
髪型も変えてみようか?アレンは動きやすい、シンプルな物を好みそうだ。
髪を切ろうとすれば周囲の天使達に泣いて止められてしまったので、一本に縛るに留める。
瞳の色はアレンの好きそうな青。
もう片方はアレンと同じ新緑色。
次はいつ会えるだろうか?分かれたばかりだというのにもう考えてしまう。これは重症だ。
いっそこちらから会いに行ってしまおうか?
「アレン、アレン・クラウン。私の光。愛してるよ」
とはいえ神子はそこまで自由ではない。仕事もしなくては…早く終われば会いに行けるかも。
そう考えながら今日もルシフェルは祈りを捧げた