トンネル貫通初めは、寮長からの判を得るために訪れた時でさえ緊張していたローズハートの自室。だけど今は違う。時間を見つけては部屋に足を運んだ。律儀にノックをして来たことをアピールすることもあれば、あえて音を立てずにわずかに開いた扉に身体を滑り込ませてゆっくりと室内の床を踏む。軋んだ音が出ないよう慎重に。そして、机に向かって本を読んでいる丸い後頭部を見下ろしながら、ゆっくりと腕を回す。びくり、と肩をこわばらせたリドルだったが、こちらの姿を確認すれば肩を下ろして存外優しい声音で語りかけてきた。
「いらっしゃいデュース。驚いてしまったよ、透明人間になれるマントでも手に入れたのかい?」
「いえ。ただ音を立てないよう忍び込んだだけです。寮長を驚く姿が見たくて」
「まったく。キミは悪い子だ」
「でも僕のちょっとした悪戯なら、首をはねずに笑って流してくれますよね?」
「……言うようになったね」
流石に怒らせたかな?と心配になったデュースだったが、見上げてくる青みがかった影色の眼差しは柔らかい。デュースは屈んで、白い頬に向かってリップ音を落とせばころころと笑う声が鳴る。一人掛けの勉強机に備えられた椅子から、広々としたソファーへと移動し、恋人としての触れあいを楽しむ。触れて、唇を寄せて、耐えきれず笑い声が漏れだす。互いの間に流れる甘い空気を肺一杯に取り込み、より一層密度の濃い空気に切り替えようとデュースがリドルの服の下に手を入れようとしたとき。リドルが何かを思い出したようにマジカルペンを取り出すと、ポンと小気味のいい音と共に手の平にある物を取り出した。
てらてらと蛍光ピンクに光る筒。リドルが強く握ればぶよぶよと形を変える軟体動物のような形状。そして、片側だけぽっかりと開いた入口のような穴。
まさか、オナホールというものじゃないのか?同室であるエース達から聞いた下世話なシモ話で得た知識。なんで寮長が。というかこのタイミングで取り出した真意はなんだ。と疑問があふれ出すデュースに向かって、リドルはにっこりと綺麗な笑顔を浮かべていた。
「これの使い方を知っているのかい?」
「えっ?え、えぇまぁ……」
「それなら都合がいい。デュース、これをボクの前で使ってみてくれないか?」
「えぇ!!??……いやです、ぜっったい嫌です」
かわいくて汚れた欲なんて僕以外の前でだったら知らないだろう恋人の前で、オナニーするための道具知ってますと言うのは気まずくて、歯切れの悪い返事をしたのに。まさか実践してくれなんて回答が投げられるだなんて。デュースは断固拒否した。恋人がいるのに、一人で致せなんて無慈悲な命令を下すだなんて。むごい、あまりにもむごすぎる。餌を前にした犬がひたすら待てを言われているかのような心地。ローズハート寮長は僕のこと嫌いになったんですか?!と膝の上に乗っている寮長の背に泣きついた。ハート型の癖っ毛がおろおろと揺れて、不慣れな手つきで頭をそっと撫でられる。少しだけ落ち着きを取り戻し、向こうの言い分をじっと待つ。
「……すまない、突然おかしなことを言ってしまって。その、恥ずかしながら、これがどういう類で使用する道具なのか検討がつかなくて。もしも未知の魔法道具だとしたら、この目で見ておきたいんだ。ボクのお願いなら、聞いてくれるよね?デュース」
「ぐっ……。叶えてあげたいのは山々ですが、目の前の恋人を放って自慰できるほど僕の心は強くありません」
そうか、と残念に項垂れるワインを煮詰めた赤い髪とハート型の癖っ毛。ちくりと罪悪感が心臓を突き刺す。寮長と比べて聡明じゃない頭を必死に捻るデュース。
「……そうだ! 使ったことがないなら、寮長自身が使ってみればいいじゃないですか!」
「……詳しく教えてくれ」
デュースのとんでもない発言に怒るどころか、名案だと言いたげに耳を傾けるリドル。恋愛だとIQが下がってしまうと話を聞いたことがあるが、学年一位の頭脳を誇るリドルでさえ、対象内のようだった。