鈴の音が聞こえて真子は動きを止めた。
『……姫』
聞き慣れない固い切袴の声に、鞘を持つ手に力が籠る。『普通』の人間である真子にも分かる、何か得体の知れないものが近くに居る気がする。
また聞こえた鈴の音に今度は後ろを振り返る。
「──っ?!」
蒼いコートをはためかせて『それ』は其処に立っていた。
新しいヒーローが誕生した。
その話に修羅王丸は然程に興味は抱かなかった。全国津々浦々に流浪している身としては、各地で新しいヒーローの誕生は時折耳にするので珍しい事ではない──三年の間に立て続けにヒーローが誕生するのは珍しい事ではあるが。
そのヒーローがどんなものか、ヤバイ仮面がそのヒーローに挨拶がてらに一戦交えた様だが、そのヒーローについては『普通』と評していた。
「一般人がコスプレして、ヒーローごっこする映画あったじゃん?あんな感じ。あれがこの先どう変わるか……まぁ、見ておいてやるか」
どうやら、件のヒーローを育てる気でいるらしい、相変わらず面倒見の良い男だ。
興味は無いが、社長のヤバイ仮面がわざわざ挨拶に行ったのだ。外部相談役としてもその新人の顔を見に行っても問題ないだろう。そう思い、修羅王丸は彼女の下へと訪れたのだ。
膝が震えている、彼女の焦りが此方まで見てとれた。
それでも、視線を逸らさずに己と向き合っている事に対しては評価出来る──柄を握る手に力が込みすぎているのは減点ではあるが。
(ならば、踏みつけてみるのも一興……)
修羅王丸が鯉口を切る。
彼女の肩が大仰しく跳ねる、鯉口を切る音で何をしようとしているのかは分かる様だ。
ゆっくりと見せつける様に、彼岸之花の柄に手を掛ける。
踏みつけた後に彼女が立ち上がるか、そのまま地に伏せてしまうのか。それを見定め様とする修羅王丸の前を鮮やかな橙が現れた。
「フクオカリバーさん!?」
彼女を庇う様に前に立つフクオカリバー、その両手に流炎と巻嵐が握られている。
修羅王丸は眉を寄せる。近くに他のヒーロー達が居ないのを見計らったのだが、どうやら場を離れただけだったようだ。けれどフクオカリバーに急いで来た様子はない、相も変わらず掴み所のない飄々とした空気で其処に立っている。
「ダメだよ修羅王丸。この子じゃ、君の相手には荷が勝ちすぎる」
フクオカリバーが口を開く。
穏やかな口調で己を嗜める、そのフクオカリバーを修羅王丸は鼻で笑う。
「ほう……ならば、某方が余の相手をしてくれると言うのか?」
そう言いながら修羅王丸は彼岸之花を抜くが、フクオカリバーは流炎と巻嵐を構えないまま。
「勿論──と、言いたいけど、此処じゃ人が多すぎる。場所を変えよう」
「……行く先は?」
「君に任せるよ。近くで人の来ない場所、知ってるでしょう?」
小首を傾げるフクオカリバー。こいつの言う通りにするのは癪ではあるが、人の多い場所にて死合いしている所に水を刺されるのは迷惑この上ない。
修羅王丸は溜息を吐くと彼岸之花を鞘に納める。
興が削がれてしまいそうになるのを堪えて背を向け、手早く印を結び空間を繋げる、後ろで声が聞こえたので背中越しに目を向ければ、少女がフクオカリバーを引き止めようとしているのが見えた。しかし、当のフクオカリバーは引き止める少女を宥めて此方へとやって来た。
「お待たせ!」
「……待ってなどおらぬ」
修羅王丸はさっさと繋げた空間へと潜るのを、フクオカリバーは追い掛けて潜った。
繋げた空間の先は人気の無い河原、後ろでフクオカリバーが「夕飯前には帰れそう」と暢気な事を言っている。
このまま置き去りにして帰ろうか、という考えが頭を過ってしまっている修羅王丸にフクオカリバーが声を掛けた。
「彼女に何をするつもりだったか、見当はついてはいるけど……まだダメだよ、君に踏みつけられたら今のあの子では折れてしまう」
振り返れば、フクオカリバーが流炎と巻嵐を構えている。どうやら、向こうも漸くその気になってくれた様で修羅王丸は彼岸之花を抜く。
「まだ、とは……随分とあれを甘やかすのだな」
「甘やかしているわけじゃないよ、まだ君を相手にするには彼女に覚悟が足りないだけ。それに──っ!」
フクオカリバーが地面を蹴って距離を詰めて斬りかかる、修羅王丸は難なく刀で双剣を受け止める。
「君だって、新人相手だと面白くないだろう?」
鍔迫り合いの中でフクオカリバーが言えば、修羅王丸の猩々緋の瞳を細める。
力任せに鍔迫り合いを押し切って軽く後ろに飛び構え直す。
あの『普通』と評されたヒーローがどのように成長するか、興味は無かったが見届けてやろうと思うぐらいには湧いた。