閑散とした夜道を並んで歩く。歩く人は嶺二と蘭丸以外に見当たらず、時折聞こえる虫の音が、忘れかけていた風情を思い起こさせる。日中の茹だるような暑さが嘘であったかのように、深夜は若干の涼しさが肌をかすめた。
嶺二はふと足元に違和感を感じ、目線を落とすと、スニーカーの靴紐が解けていることに気づいた。その場で屈み、靴紐を結ぶ。数歩歩いた先の蘭丸が、止まった嶺二に気付いて、その場で立ち止まり振り返る。靴紐を結び終え、立ち上がり、前に立つ蘭丸を見る。街灯をその身に受け、銀の髪はキラキラと輝きを放ち、何気ない立ち姿は、マスクやキャップで姿を覆っても、オーラを隠しきれなかった。それが良いのか悪いのかは、この時の嶺二には関係が無かった。
「スポットライトみたい」
「あ?」
マスクとキャップの合間から見える鋭い目が、嶺二を見つめる。嶺二は街灯に指を指すと、蘭丸はその指の指す方に顔を上げた。
「カッコいいってこと」
蘭丸はマスクの奥で鼻で笑い、踵を返す。その瞬間を、嶺二は呼び止める。
「ねえ、踊ってよ」
「何言ってんだ?」
「ほらぁ、よくストリートダンサーが道端でダンス踊って、SNSとかにアップするやつあるじゃん。ぼくも踊るから、ランランも踊ってよ」
「動画撮るってか?」
「モチ」
夜風は時に、非日常的な感情を連れていく。開放感に抗えないと、この胸は踊り出す。ここは、二人きりのダンスホールとなった。
「曲は?」
「夜だし、チルめにこんなのどうかな?」
蘭丸のワイヤレスイヤホンに共有された音楽は、今日みたいな夜にぴったりなメロウなサウンド。街灯のスポットライトが、蘭丸を照らす。音に任せて蘭丸は身体を揺らす。音を楽しみ、身体はそのメロディやリズムを奏でるように、しなやかに靡き、弾く。くるりと回り、ワン、トゥー、スリー。音楽の変わり目とともに、蘭丸は嶺二の元へと駆け寄り「変われ」と合図をする。嶺二は、持っていたスマホを蘭丸に預けて交代をし、街灯のスポットライトへと入る。
「君の夜はぼくだけのもの、なぁんてね」
そう言って蘭丸に指を指してから、同じくイヤホンから聞こえる音楽に身を任せ、踊る。アップライトベースの波のような音に合わせて、身を翻し、頭上からのスポットライトを全身に浴びて、身体を揺らす。音楽は絹の糸のように繊細で、それを手繰り寄せるように、掴む、そして放つ。夜風を包み、そしてまた、あなたへと届ける。
嶺二はダンスを止め、同じタイミングで動画を撮り終え、スマホを返す蘭丸に向かって笑みを向ける。
「いいよね、たまにはこういうのも」
「ああ、悪くねぇ」
一瞬のダンスホールは、まるで夢の中であったかのように、夜風と共に消え去った。メロウなサウンドは、その余韻を心に残した。