『あ、もしもしランラン? いまぼくんち?』
「ああ」
『ほんっっっとにごめん! なぁんか渋滞食らっちゃってさぁ、遅くなりそう〜』
時刻は20時を少し過ぎた頃だった。普段なら、帰りが遅くなる連絡など、こまめに連絡はしないし、したとしてもメッセージを残す程度。しかし、今日は嶺二が電話で蘭丸に連絡をした。「渋滞」と言っているように、嶺二は車を運転しながら電話をかけている。特別約束をしたわけでは無かったが、今日は夜の早めの時間から二人で一緒にいれたら……なんて話をしていた。蘭丸はカーテンを開けて、外の様子を見る。ベランダに出て、少し遠く見える位置に打ち上げ花火が上がっているのが見えた。
「花火、始まってんぞ」
『うわーーーん、せっかくランランと一緒に見て、夏を感じたかったのにさぁ』
数日前に花火大会の案内を見た二人は、この会場なら嶺二の家のベランダからでは見れるのでは? と言ったのが事の発端だった。そして予想通り、蘭丸はベランダから花火が見えるを確認して、電話の向こうでウダウダと声を上げる嶺二の声を聞いている。
『……ったくもう、事故かなあ。まったく進まないんだよぉ』
「あれじゃねぇの? 花火会場ちけぇ道通ってねぇか?」
『……それだ』
「馬鹿かよ」
蘭丸はベランダの塀に腕を置いてもたれかかり、遠く見える打ち上げ花火をぼんやりと見ていた。距離はあるものの、高く上がる花火はしっかりとその円や色を確認できる。特等席では無いながらも、人混みや人目を気にしないで花火を楽しめるぐらいには最適な場所だった。
『花火、ベランダから見えてる?』
「ああ、しっかり見える。早く帰って来ねぇと、終わるぞ」
『そうだよねえ……あ、ちょっと前が進んだ』
蘭丸の電話越しに嶺二の車の走行音が聞こえる。そして、少ししてから電話越しの音に変化があった。
『あ! 花火!』
道を進んだ嶺二の車は、花火の見える位置に進んでいたようだった。
「そっちからも見えるか?」
『うん! 今の花火、特に大きかったことない? ベランダからも見えた?』
「おう、でけぇやつな。……今のやつ変わった形してなかったか?」
『見えた見えた! なんかブーメラン? みたいな形のやつ?』
「それだそれ」
電話越しに同じ花火を見ていることに、二人はふと笑みが溢れる。まさに同じ空の下、なんてベタな情景。電話越しの嶺二がけたけたと笑い声を上げる。
『はやく君に会いたいな』
思わず声に漏れ出たであろう、電話越しの本音を耳にして、蘭丸は口の両端を上げる。冷蔵庫の中には、この日のために嶺二が事前に用意した缶ビールが残ったままだった。ビールだって、花火だって、二人で過ごすことだって、何も今日が初めてというわけではない。ただ、今日の二人の時間が楽しみだった。ただ、それだけ。
「ああ、早く帰って来ねぇと、てめぇの分のビールも飲む」
『そ、そんなぁ! まぁたベロベロのランランを介抱するの?』
「そっちかよ」
電話越しに聞こえる嶺二の笑い声が、少しずつ遠くなる花火の音に混じった。