だから、好きじゃない雪が降り積もった街スノーフル。普段は気候的な意味でも足を運ぶ事はないのだが、この街でしか買えないとある品を買ってきて欲しいと主から頼まれたメタントは、珍しくもその街にやってきていた。
ふっ、と目に入ったのは密かに思いを寄せる一人の女の子の姿。声を掛けるか否か少し迷ったが、話したい気持ちが勝り、その子に急いで駆け寄った。
「奇遇だね、子猫ちゃん。」
「メタント!こんにちわ。どうしてスノーフルに?」
久し振りに会う彼女は、背丈が伸び、顔立ちもすっかりお姉さんになっていて、髪も肩くらいの長さまで伸びていた。リップ、チーク、アイライン、どれもそこまで濃いものではなくほんのりと乗った化粧も彼女の顔にあっているな。と、メタントは思った。
「こんにちわ。ちょっと買いたいものがあってね。本当は寒いし苦手なんだけど、アルフィーに頼まれたんだ。」
「ふふ。ホットランドは、スノーフルと真逆だもんね。」
「そうなんだよね。子猫ちゃんは?お化粧も洋服もいつになく素敵だけど、お目当ては例の彼かな?」
意地悪な問い掛けに、一瞬焦るような表情を浮かべる彼女にほんの少しだけチクリと心が痛む。ナチュラルメイク、青色のワンピース、誰が言わなくても分かる。彼に少しでもよく見られたいと、身なりを少しでも綺麗に整えたいというのは恋する女の子の特徴で、彼女も例外ではないという事だ。
「ありがとう。でも、えぇっと、なんというか、待ち合わせしてて。」
えへへ、と照れくさそうな笑みも悔しいほどに可愛らしい。その笑みが自分に向けられるものであれば‥そんな卑しい言葉をぐっと飲み込みながら、会話を続ける。
「ふふ、デートの約束かな?」
「ううん、デートというか、その。近況報告かな?これからグリルビーズで話すんだ。」
「‥そうかい。」
まぁ、それを一般的に“デート”というのだが。
友達同士で話をするためにバーに赴くことも確かにあるだろう。しかし、異性同士でそれはやはり。そこまで考えて、虚しくなる自分に気づいたメタントは不意に首を小さく横に振った。
「メタント?」
「え、ぁあ、ごめんね。まぁ、何はともあれ楽しんでおいで。」
「うん、ありがとう。‥ほんと、デートなら良いんだけどな。」
悲しげな声で、目で。
呟くような、小さな声で。
無視すれば良いのに、メタントはつい聞き返してしまう。
「と、言うと?」
「!ご、ごめん。声に出てた。」
ハッとした顔をしながら、慌てて口を抑えるフリスク。本音を言うつもりも、愚痴をこぼすつもりも無かったのだろう。それでも、気不味そうに彼女は俯いて黙り込んでしまう。
「ふふ、大丈夫。少し時間はあるんだろう?良ければ聞くよ。君が彼のことで苦戦してるのは、何となく察してはいるから。」
「ありがとう。ずっと、伝えてるんだ。好きって。でも、迷惑なんだと思う。返事ははぐらかされてばっかりで。だから、諦めようって何回もそう思う度にね、今日みたいに誘ってくるの。たまには一緒に食事でもどうだ?って。そんなの断れないし、期待しちゃう。サンズは私の事、どう思ってるんだろう、なんて。でも今日もいつも通り話してサンズが仕事の時間になってどこか行っちゃうんだと思う。なんて、ね?えへへ。ごめん、変なこと言って。」
「分かるよ。諦めなきゃいけないって思っても、そんなの無理だよね。」
今にも泣きそうな彼女を目の前に、この腕を広げて、ぎゅっとして抱き締めてあげたくなってしまう。勿論それは、彼女が望んでいることではなく、そんな事をしてはいけないのだが。
「いっそ、ボクに乗り換えるのは?」
「え、メタント?」
顔を上げ、ハテナを浮かべたフリスクがじっ、とメタントの顔を見つめる。
「君のこと、幸せにしてあげるよ。」
「あ‥。ふふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ。」
元気づけてくれてるんだな、と解釈したフリスクは優しくしてくれるメタントににこりと笑顔を向ける。けれど、メタントにとって今のがただの元気づけなわけもなく。誤解されてしまったことにほんの少しだけ顔を曇らせた。
「子猫ちゃん。これでも、ボクも本気なんだ。」
「え、?////」
「ね、そんなにサンズが良い?気持ちに応えてくれない男性より、確実に幸せにする男性の方が断然良いと思うんだけど。駄目かい?」
あまりにも真剣な告白に徐々に耳まで真っ赤になっていくフリスクに、顔をぐっと近づけて、真剣な表情のまま彼女を更に見つめる。答えなんて分かっているのに、どうしてこんなに意地悪な質問をしてしまうんだろうな‥なんて考えながら。
少し間が空いてから、彼女はバツが悪そうにしつつもその口をゆっくり開き、メタントに対して深く頭を下げた。
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、それでも今の私はサンズしか見えてないから、メタントに失礼になっちゃう。だから‥。」
「ふふ、一途な女の子はやっぱり魅力的だね。」
「メタント‥。」
彼女がそんな簡単に心変わりをする訳が無い。
出会ってから今まで、密かに見守ってきた。
ずっと、ずっとだ。彼女は報われない思いを抱え続けながら、彼を思い続けてきたのだ。そんな想いをこんな一瞬のことで覆るなら、きっと彼女は想い続けることもしなかったと思う。だから、この恋に勝ち目はない。
「困らせてしまってごめんね。これからも君とは良い友人関係を築けていけたらと思ってるよ。」
「‥うん、勿論。」
ほんの少し戸惑いつつも、フリスクがこくりと頷くことにホッと安堵し、差し出した手とそれに応えてくれた手で握手を交わす。
「さ、そろそろ行っておいで。今日は良い返事が貰えると良いね。子猫ちゃん。」
「うん、ありがとう。」
重ねた手にグッと力が籠もる。
少しだけ困り顔のフリスクに苦笑いを浮かべながら、メタントはその手をスッと離した。
「行ってらっしゃい。」
「行ってきます。」
背を向け、彼の待つグリルビーズに向かう背中が遠く、小さくなっていく。お店に入るまでを見送って、メタントはくるりと反対方向に身体を向ける。
「あぁ、ほんと。キライだな。」
たった一言、キライなヤツに向けて嫌味だけをその場に残して、本来目的であったお使いを再開させるのだった。