妖怪サッカーやろうぜ一 繰り返される人生について
意味を考えたことがあるか。死んで、生まれ変わって、また別の誰かとなる意味を。そしてまた死に、別の誰かへ。どこかの小動物はここのつの命をもつだとかなんだとか。では、人間はいくつ。己に残された残機は、どれほど。
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中島環生は動かせるようになった新しい肉体の感度を確かめた。はいはいからの掴まり立ちを通り越して、立ち上がり、走り回り、飛び跳ねる幼児を、今回の親ははらはらと見守っていた。そして、いやに発達の早い──早すぎる我が子に育児書を捲った。転がって柔い頭蓋骨が歪まないか不安がった親に、ぬいぐるみ(みつばち)のガードを背負わされても、環生の突進は止まらない。
──これは確認だ。これから先、生きている意味があるのかという、大切な。もし男でなければ、もし思った期間に生まれ直していなければ、もし身体に不備があれば。すぐにでも命を絶ってリセットするつもりでいた。なぜならそれらの場合、十年から二十年ほどで強制リセットが行われるから。
最初の環生について、今の環生が覚えていることは少ない。男だった。そしてサッカーをしていた。ブルーロックというプロジェクトに呼ばれて、入寮テストで脱落して、帰宅途中に、確か、事故のようなあれそれで死んだ。「痛い!」と叫ぼうとして、産声を上げた。
次の環生も男だった。その環生はサッカーをしなくて、というか確か引きこもりで、夕方の報道番組でブルーロックプロジェクトについて知った。これ、参加したことがあるぞと思ったところで、心臓が変な動きを始めて死んだ。「苦しい!」と叫ぼうとして、産声を上げた。
その次の環生は……確か女だった。初めての女体に不気味さを感じて、また引きこもりになった。また報道で件のプロジェクトを知り、以下同文。
さらにその次の環生になると、生まれ直す理由を考えられるようになった。相変わらず引きこもり気味だし、食も細かったが、一度目のようにサッカーを始めてみた。一度目が一番長生きをしていたから。そのときの環生も女だったけれど、サッカーが鍵になるのならやってみる価値はあると思った。これ以上鼓動がおかしくなった感覚で「お、死ぬぞこれ」と察するのは懲り懲りだったから。けれど死んだ。
なのでその次の環生は、ブルーロックプロジェクトに参加するためにサッカーをした。幸いにも男だったし、プロジェクトからも参加要請の手紙が届いた。手紙ってこんな感じだったなと眺めながら、考える。プロジェクトが男女混合であれば前回の環生も参加できていたかも。女だったから参加資格がなくて前回の環生は死んだのかも。環生にとって、女に生まれるのが最悪のパターンだと認識した瞬間だった。人の成長はとてもゆっくりで、ブルーロックプロジェクトに参加するまでに十数年の月日がかかる。参加できずに死んでやり直しが発生するならば、女に生まれることは時間の無駄でしかない。ただでさえ成長するのには時間も金もかかるから。なぜ生まれた瞬間から走り回れないのか。それができれば、ブルーロックプロジェクトの開始も早まるかもしれないし、もう少し時間を短縮できるかもしれないのに。結局、一次選考で脱落して、その環生は死んだ。今までで一番長く生きることができた。
それから環生は何度か死んで生まれてを繰り返した。女に生まれることで意味もなく十数年生きることになったり、日本以外に生まれて意味のない十数年を生きることになったり、身体に不調があってどうすることもできずに十数年経ったりした。ブルーロックプロジェクトの開催時期とずれて参加できずに死んだりもした。プロジェクトを完遂しても、ワールドカップに出たり出なかったり、出ても優勝できなかったりして死んだこともある。そんな人生を十数回繰り返して、環生は生まれて直ぐ──と言っても一年はかかるが──に自分の肉体の精度や性能を確かめるようになった。生きる価値ありと判断できれば人生続行。不備があったらどうにかして中断。無駄な数百年を生きてきた環生は、そのへんの判断が尋常じゃなく早かった。
「たまちゃん、ご機嫌ね」
「ン!」
与えられた柔いボールを抱えて、無邪気な幼子がわらう。
今回の環生の肉体は、当たりだった。
──繰り返される人生について、意味を考えたことはあるか。環生は否が応でも考えた。死んでも死んでも終わらない人生について、果たして、意味は、目的は。
ブルーロックに参加すること、それを完遂してワールドカップで優勝すること、そして長すぎる生に終止符を打って、もう生まれ変わることのないように。
環生にとって、名前はセーブデータの別に過ぎない。今の人生のセーブデータが「環生」であるだけで、環生が自分だと認識する名前は存在しない。魂に刻まれた名前が多すぎて、どれを呼ばれても反応するし、どれを呼ばれても「おれかな?」と考え込む。