1分でいい太守様は今日も忙しく民衆に囲まれながらも人々の意見を聞き、街の見回りをしていた。
「ヴリトラ様!」
「ヴリトラ様、ごきげんよう」
「ああ、変わりないか?」
「えぇ、この前ウチの息子がーー」
そんな民の小さな話も聞いているのがヴリトラ様である。
俺は奴と鍛錬すべく手合わせを願い、浜辺へ向かう途中だった。
何故浜辺かって?魔法人形の精度をニッダーナに見てもらいたいだのなんだの言っていたことだけは覚えてる。
ラザハンの街中を大人の魔法人形で歩くとどうなるか……予想はしていたが想像以上に住民達が奴を囲んでいた。
次第に人集りが出来てくる。対して奴は民の言葉は宝だとか言って言葉を遮らない。
今に始まった事ではないが、毎回ああやって足止めを食らうと正直参ってくる。
仕方ない、と一歩退いた場所で腕を組み、壁に凭れ掛かって話が一息つくのを待った。
にこにことしながらたまに相槌を打っている奴に俺は正直腹が立った。
「おい」
「ああ、すなまい、もう行こうか」
「いや、1分でいい」
手を引っ張り、レンガにヒビが入った裏路地の奥に連れ込んだ。
これは、俺の我儘であり、嫉妬だと自覚している。
全く、なんて醜いのだろう。
「ヴリトラ」
「すまない、待たせてしまった」
八の字の眉に上がる口角。
まるで聞き分けのない子供をあやすように頭を撫でてくる。
今までに俺の頭を撫でたことのある奴なんて片手で数えきれるほどの人数だ。
奴にとってはケツの青い赤子なのかもしれない。
それもそれで腹が立つ。
悔しくて、1人の大人だと分からせたくて片腕で俺よりもいくばかりか大きい身体を抱きしめた。
人通りの裏路地だ、どうせ誰も来ない。
「どうしたんだ、拗ねているのか?」
「黙ってろ」
魔法人形なのだから、体臭なんてしないのに、首筋に鼻を埋めてすう、を鼻から匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす。
角に吐息を優しく無意識に吹きかけて胸を…ヴリトラの目を服越しに撫でた。
「……っ、エスティニアン、」
その触れ方で感情を察したのか、名を呼ばれた直後、顎を掴まれて唇同士が重なった。
食むように唇が動き、リップ音を鳴らす。
その艶かしい音に目を開けるとヴリトラと目が合う。
あいつ、キスの時も目を開けているのかよ、デリカシーのないやつだと心の中で考えていると、見透かされたかのように後頭部を掴まれて舌が侵入してくる。
ぴちゃぴちゃと水音が次第に大きくなる。
離せとばかりに奴の胸元を手で押すと、紡ぎあっていたお互いの口元からは裏路地に差し込むわずかな光で輝くように見える糸を引いた。
「はぁっ、……すまない」
「いや……俺が悪かった」
なぜこんな事になったんだ……?
ああそうだ、ヴリトラを独占したくてたまらなかったんだ。
俺自身が信じてやれていないせいなのか、人たらしの奴のせいなのか。
俺の腹の中でドス黒い何かが渦巻いていた。
「なあ、もう一度……いいか?」
その言葉を聞いた太守様はまたもや口角を上げてご機嫌の様子であった。