君の心のいちばん柔らかい場所。 反抗的で生意気な俺と違って、弟は死んだ父親に好かれてた。
家族には暴君でしかなかったあの男は、YES以外認めないクソ野郎。そりゃあ、大人しく言うことを聞く弟の方が、俺より扱いやすかったに違いない。
父さんの機嫌が悪くなるのに、どうして兄さんは言うこと聞かないの?
たまに弟はそう聞いてきた。俺は親父のいいなりになりたくない、て言ったら、不思議そうな顔をしてた。
いつも「理解できない」て態度だったな。
ほんとは、弟にも自分の意志があったんだろうけれど。
反抗する俺を見て、感情殺してロボットになった方がいいって、思ったのかもしれない。その方が殴られなくて済む。
弟をあんな風にしたのは、俺だ。だからいつも罪悪感が消えないし、申し訳ないと思う。
弟は、自分勝手に生きてる俺のことは嫌いなのかもしれない。
でもだからって、俺俺へのあてつけで、あいつに手を出したなら許さない。
俺の大事なあいつはな。そんな理由で、てめえが軽々しく扱っていい男じゃないんだよ。
「杏寿郎、だいぶ酔っ払ってるな」
「…君らのせいだ」
「どうして?」
運転しながら、彼は意地悪そうに聞き返してきた。こっちと違って完全に素面なのが(呑んでないから当たり前だが)憎たらしい。
目の前で兄弟喧嘩、しかも自分が原因かもしれないが気まずくて言えないあの状況。
手持ちのシャンパンをひたすら呑む以外に何をすれば良かったのか、誰か教えて欲しかった。
「君、なんであんな、煽るようなことを言ったんだ?」
「なんでだと思う?」
「質問に質問で返すばっかりだな」
杏寿郎はイライラしながら睨みつけたが、彼は何一つダメージを負っていない。その余裕しかない態度に余計腹が立つ。
「君は兄をからかったのか、俺にあてつけたのか、どっちだ?」
「杏寿郎への嫌がらせ。兄さんはバカじゃないから、とっくに俺たちのことは気付いてるよ。アンタは隠したがってるけど、そんなの無駄。それを教えてただけ」
「ふざけるな」
「失礼な。俺はいつも本気だよ」
彼はそう言って、自宅とは別方向にハンドルを切った。急な左折が、酔った頭に響いた。そんな杏寿郎を他所に、彼は片手で器用に、ナビをセットした。履歴から拾っていたのは、近場のシティホテル。
「…なあ、どこに送る気だ?」
「こないだ、二人で行ったとこ」
人の意見も聞かないで、今夜はホテルに連れ込む気らしい。先日二人で行ったのは、高層階の広いセミスイートで夜景が綺麗な部屋だった。
「セックスするだけなのに、あんな高級なとこに行くのか?君、効率悪いの嫌いだろ」
「ミニバーで呑めるし、ラブホなんて気持ち悪くて使いたくない。それと」
信号待ちで、助手席にその整った顔を向けながら、彼はまた意地悪そうに言った。
「自宅じゃないし、シーツはかなり汚すつもりだから。覚悟して」
頭痛と期待が一気に襲ってきて、杏寿郎は頭を両手で抱えた。
通常の通話は繋がらないし、LINEメッセージも送ってみたが、返事はこない。弟が管理している画廊のインスタにDMしようかとすら思ったが、雛鶴に「無駄ですよ、出ないものはいくらかけても出ません」と言われて宇髄もさすがに諦めた。
「きっと煉獄さん、今ごろは送り狼され…て!いったあ!」
「須磨ぁ!」
「いたぁい!まきをさんがぶったあ!」
「静かにしなさいよ、二人とも」
三人のやかましい会話を聴きながら、宇髄はため息をついてスマホをソファに放り投げた。どうにもイライラが止まらない。
「なあ、お前ら。やっぱりあいつら、デキてると思うか?」
宇髄の質問に、彼女たちは突然ピタリ、と言い合いをやめた。そして、かなり気まずそうに。
三人とも黙って頷いた。
サイドテーブルでスマホがやたらうるさく鳴っていたが、彼は煩わしそうに一瞥しただけで、ソファに放り投げて無視していた。ちらりと画面が見えたが、どうも宇髄からのようだ。
気にはなったが、杏寿郎はそれどころではない。さっきから耳と、首やうなじを交互にしつこく愛撫されていた。ベッドの上で、後ろから抱え込まれて手は腕ごと掴まれて動かせない。こういうとき、体格の差がモノを言う。
耳を軽く甘噛みされて、抑えきれない声が部屋に響いた。穴や窪みまで舌でいいようにされる。自分のはしたない喘ぎ声が止まらなくて、杏寿郎は恥ずかしさに気が狂いそうだった。
彼に開発されて知ったが、耳やら首をいじられるのに自分は弱いらしい。そんな所に性感帯があるなんて、彼に抱かれるまで知らなかった。
水分を摂って、シャワーを浴びた杏寿郎からはアルコールは抜けていた。けれど部屋のミニバーでウィスキーをロックで三杯立て続けに飲んでいた彼は、逆に酔いが回っているように見える。そのせいか、今夜は愛撫が執拗だ。
前も触って欲しくて腰がうずうずしているのに、知らないフリをされている。ペニスからは透明な液体が先走っていて、首筋もうなじも彼の唾液で濡れていた。
もどかしい刺激で、身体がぐずぐずに蕩けている。なのに肝心の場所は触ってくれないから、杏寿郎はたまらず口に出した。
「も、もうッ…さ、触って、」
「何を?」
「ま、まえ…」
「前の、どこ?」
「ここ、…」
言いながら、彼の手を取り、自分のペニスを触らせるくらいには、杏寿郎は限界だった。恥ずかしいし生理的な涙が出る。けれどもっと気持ち良いことを知っているので、それも我慢できた。
「どうして欲しい?言って」
「ひっ…う、こ、擦って、強く」
「うん、それから?」
「なか、なかも、いじってほしい…」
「指で、掻き回してあげようか」
「…して」
「もっと大きいのは?いらないの?」
「ほしい」
「いい子だね」
途端に強く掴まれ激しい扱かれて、杏寿郎は簡単にイッた。白い液体は勢いよく飛び出て、シーツと腹を汚す。さっきも、彼の車の中で出したばかりなのに。
けれどそれき羞恥を感じる間もなく、達したばかりの体をうつ伏せにされて、首に這わせた舌が背中をつたう。見えないせいか、それが余計にゾクゾクする。そして彼は今度は言ったとおりに、杏寿郎の吐き出した精液まみれの手で、後ろの入り口をいじってきた。最初だけは優しく、あとは強引に。
兄に似た、あの長い指先が恥ずかしい場所に入ってくる。最近慣れてきたようでまだ慣れない、震えるほどの快楽。
「ねえ、」
耳元に唇を寄せながら、彼は囁いた。兄によく似たあの声で。
「兄さんは『杏寿郎』って呼ばないよな」
「…あ、んッ!よばな、ひッ!あ、あんッ!」
「呼ぶのは、俺だけ」
後ろから身体ごと覆い被され、身動きがとれないまま、杏寿郎はされるがままで喘ぐしかできない。
手はベッドに押さえつけられて、指先は的確に前立腺を刺激してきた。枕には、はしたなく涙と涎がついてる。でもそれを恥とか思う以前に、麻薬染みた強烈な快楽で頭は真っ白だ。
そのうち指は抜かれて、予告通りもっと大きくて太いものが当てられた。意図せず、全身が大きく震えて、指では届かない奥の奥が疼く。
「杏寿郎」
最中に欲情を含んだ声で名前を呼ばれると、残り少ない理性は吹き飛ぶ。いつもは抑揚の少ない、穏やかな喋り方なのに、今は熱を感じた。
彼には言わないが、その様は兄にそっくりで、彼ではなく兄の方に抱かれているんさじゃないかと、錯覚しそうになる。
「ねえ、たまには俺の名前、呼んでよ」
突然、甘えた子どものように、大きな身体の彼がそう言って懇願してきた。途端に感じる現実と、罪悪感と。それと。
その時に胸をよぎった感情を持て余したまま。
杏寿郎は、小さな声で彼の名を呼んだ。