恋人ねむっているときの恋人にキスをするのが好きだ。
クロードの恋人は大変初心なので、ねむっているときにしかキスできない場所がたくさんある。たとえば、まぶた。たとえば、 顎先。たとえば、手首の内側。そういう、目を開けているときの彼女が慌てたり逃げたり半泣きになったりしてなかなか触らせてくれない場所にくちびるで触れるのは、背徳的で、かなりぐっとくる。
休日の朝に布団を両足ではさんでムニャムニャ言っている彼女の足首に、キスをする。
午睡でこっくりこっくりしている彼女のつむじに、キスをする。
旅の途中の宿で、人気のないスペースで疲労のあまり完全につっぷして睡眠を満喫している彼女の髪のすきまからのぞくうなじに、キスをする。
ねむっているときの恋人にキスをするのが好きだ。
それらはすべてあくまでも彼女が知らないうちにやっているつもりだったのだが、なんと実は、バレていたらしい。
その夜、部屋で一緒に夕飯を食べた後、ベッドで猫のようにごろんと寝転がって本を読んでいた彼女が突然クロード、と神妙な口調で呼んだ。
「……あのね」
「どうした」
「あの、なんか、………やりすぎ、じゃない……?」
「何が?」
おもむろに起き上がって何故かベッドの上で正座した彼女は、何かを言いかけて口をつぐむのを数度繰り返しーーそうしてクロードの視線に耐えられなくなったらしく両手で顔を覆い、「……キス……」と蚊の鳴くような声で言った。手で隠し切れずに見えている耳が赤いのがあまりにもかわいい。
「気付いてたのか」
「そりゃあ気づくよあんなにされたら……」
ごにょごにょと語尾が消えていく。
ベッド脇の椅子に腰かけていたクロードは相変わらず赤いままの恋人の耳を眺めて楽しんでいたが、顔が見たくなったので颯爽と自分もベッドに上がった。軋む音にぎょっとした彼女が顔を覆っていた両手を外し、慌て始める。
「えっなに、なになに」
「何だろうな」
にっこり笑って顔を近づけたらばふっと手で顔を抑えられてしまった。へえ。
「わ……私の話聞いてた?」
「聞いてた聞いてた」
口をふさぐ手のひらをれろ、と舐めると「わあ!」と悲鳴が上がった。
「ゆ、油断も隙もない………………!」
赤面半泣き状態でクロードから逃げようとする彼女がキスを許してくれる場所は、本当はまだとても少ない。寝ているときなら、と思ってしていたたくさんのキスを、彼女が本当は起きていて許してくれていたのだと思うと、どろりとした欲望と悦びで体中が満たされてしまう。
「俺はいつでもお前には油断してるし隙だらけだよ」
顔を寄せて囁くと、ぐっと言葉に詰まった彼女が身を引いた。クロードはこうして恋人に迫るのが好きだが、その度に彼女が自分の顔と声に弱いということを再確認できて、大変気分が良い。迫られてたじたじになるかわいい泣き顔を間近で見られるのも最高だ。ニッコリしていたが、思いついて、さらに熱っぽい声を付け加えてみた。
「……だからお前も好きにやっていいんだぞ?俺が寝てるときに、好きなところにキスしても」
「しない!しません!」
「なんで?」
枕で叩いてくる彼女に笑いながら問うと、攻撃が止まった。枕を抱きしめて下を向き唇を噛んだ彼女が、小さな小さな声で、とんでもない答えを放つ。
「……だって、私……クロードが起きてるときに、クロードの目見ながら、したいもん…………」
あまりのかわいさに数秒意識が止まってしまったが、クロードは彼女の手首を掴み、すぐさま仰せのままに従った。
ねむっているときの恋人にキスをするのが好きだ。
でも、起きているときの恋人にキスをするのは、もっと好き。